第20話「また」
嫌な予感が的中しなければいい。
お願いだ、その通りにならないでくれ。
平野を襲ったのがレイじゃありませんように。
ただその1つの思いだけを抱えながら自転車を漕いでいた。
途中にある信号を無視したくて仕方がない。
歩いている人を避けるのが面倒でならない。
今、雨野にとっては本当に邪魔でしかなかった。
今までで1番早く公園に着いたかもしれない。
息を切らしながら、自転車から降りて公園を見た。
そこには出会った時と同じぐらいの場所に白いパーカーを着た人が立っている。
フードを被っていて髪は見えないが、雨野はそれがレイであると確信していた。
「レイ…?」
振り向いた時、彼女が手に持っているものに気がついた。
角度的に気がつくことが出来なかった、その手に持っているもの…包丁だ。
よく見ると、白いパーカーの上に赤いシミが付いているのが分かる。
予感は的中してしまったようだ。
平野を襲ったのはレイだった。
「レイ、本当に平野を刺したの?」
声を出さずに、下を向いたままレイは頷いた。
「なんでそんなことしたの?」
「分からない…あなたが傷ついた表情をしてた。ただそれだけだった。私が照らしてあげれるって思ったの。あなたにしてあげられることは全部するつもりだって。そう思った時にね、あなたを苦しめるものなんか無くなればいいのにって、そんな考えが生まれちゃったの。気がついた時には、もう…」
レイの声は震えていて、泣いているんだろうなと雨野は思い、それを確かめるためにフードを取ろうとした。
しかしその手はレイに拒まれてしまった。
「馬鹿だよね。あなたが好きだからって言い訳にならないのに、人を刺すなんて。ごめんね。さぁ、早く行って、私が愛される資格なんてない。」
「待ってよ。そんなこと勝手に決めるなよ!」
また手を伸ばした時、さらに強く弾き返されてしまった。
「なんで!」
顔を強く振り、雨野の方を向いた勢いで彼女のフードが取れた。
雨の中で、やっと顔がハッキリと見えた。
その顔は悲しみがハッキリと読み取れる。
「なんでこんな私のことをまだ愛そうとするの?私もこんなことするまではあなたに愛されたいって思ってた。
でも、今は思ったままに行動してしまった馬鹿になっちゃったんだよ?
その時に思ったの。私といたら、あなたは不幸になるって。だから離れようとしてるのに、ここで会うのが最後にしようと思ってたのに。
どうして…」
彼女はその場で崩れ落ちた。
包丁は手に握ったまま、両手を顔に当てて泣いている。
雨野は彼女にそっと近づき、しゃがんでハグをした。
「レイはさ、僕の心に光をくれたんだよ。
僕も知らないうちにレイの光、太陽みたいな存在になれてるって思ってた。
レイが僕のためにしてくれたことなんでしょ?
確かに方法は間違ってたかもしれない。気持ちだけで十分だったかもしれない。
レイは僕の上に降ってきた幸福の雨みたいなものなんだよ。雨には色んな受け取り方がある。それを幸福か不幸かを決めるのは僕だよ。」
「私のこと、まだ好きなの?」
「当たり前でしょ。」
「バカ…」
彼女が手に持っていた包丁が地面に落ちる音がした。
その直後強く抱きしめられる。
「ありがとう。でも、私は人を殺した。死刑になるかな。」
「レイ。平野は死んでないんだよ。だから、懲役はあると思うけど、レイが出てくるまで待ってるよ。今、レイにできることは罪を認めて、償うことだよ。
大丈夫、出てきて、なんと言われようと僕はレイと一緒になるから。」
再び抱きしめる強さが上がった。
胸の辺りで彼女の声が聞こえる。
泣いているのが分かった。
何も言わず、抱きしめ合う時間が過ぎていく。
だが、そろそろ時間のようだ。
「もう警察を呼ぶから、巻き込まれないように離れてて。」
「ここにはいるよ。大丈夫、見つからないように見守ってるから。」
「ねぇ、ちゃんと戻ってきた時に、またフウちゃんって呼んでもいいかな?」
「うん。待ってるよ。何年でも、何十年でも。」
数分後、警察のパトカーが到着した。
レイはそこに乗せられ、連れていかれるのだ。
物陰からそれを雨野は見ていた。
心が穏やかだった訳ではないが、覚悟を決めたからなのだろうか、落ち着いていたのだ。
とあるものを見るまでは…
パトカーに乗せられたあと、レイは曇った窓に何かを書いていたのだ。
『ありがとう。』
覚悟を決めていたはずだった。
彼女が出所してくるまで待つという覚悟をしていたのに、その文字を見た時、またもや雨が降ってきたのだ。
その雨は目から頬をつたい顎まで来ると下へと落ちていった。
そのあと、公園は静かになった。
聞こえるのは雨の音だけ。
普通ならあんな危ない女と一緒になりたいと思うことはない。
でも、雨野にとってはかけがえのない人なのだ。
愛は時に過ちを犯す。
それでも、愛していたいというのはその人の自由。
誰かに動かされるものじゃない。
愛する人が間違いを犯した時、それを愛せるかどうかは自分にとってどれだけ大切かによる。
理由が愛であるのなら償わせて許してやることはできると思うのだ。
雨野は誰もいなくなった公園の真ん中に立ち、また踊ってみる。
感情は悲しみが強いが、彼女を最後まで愛するという覚悟を決めた強さも帯びている。
愛する人が連れていかれてしまったというのに、前に踊った時よりも気分がよかった。
今なら涙も雨が流してくれる。
これから雨が降る度にレイのことを思い出しては悲しくなったり、待ち焦がれたり、愛そうという気持ちが1層強くなったりするのだと思う。
雨野は誰かに言った訳でもなく、1人雨の中でこう言った。
「雨が好きだ。」




