表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

2:立ちはだかる扉の向こう側




 いくら気候がいい時期とは言え、夜はやはり冷える。私は、いま私のかたわらに立っている護衛が親切に肩に掛けてくれた厚手のショールをまといながら、塔のそばで待機していた。


 塔の中ではなく、塔のそば、外側で、である。


 脱走防止の処置は一切施さず、ただこうして監視役を1人付けているだけで罪人()を放置するとはどういう了見だろうか。そんな考えが頭に浮かんでは消えを繰り返しているけれど、ここにいる誰もこちらに構っている余裕はないらしい。


「おい、もっと明るくできないか! これじゃ手元がよく見えん!」

「無茶を言うな! こっちの魔力はもう限界なんだよ!」


 なぜなら、塔の扉が開かないからだ。


 鉄扉の真ん中あたりを横一線に走る()()()()には、これ見よがしに大きな錠前が取り付けられている。それをどうにかこじ開けようとしているのは、護衛団の面々、そしてなぜかノースレイク家の侍従たち。


 壁を壊そうともしていたけれど、玄関口以外の塔全体を魔力のバリアが覆っているせいで傷ひとつ付けられず、ついさっき諦めたところだった。


 とにかく、みんな一緒になって頑張っているのだけれど、どうもうまく事は運んでいない様子だ。


「ねえ、どうして魔術で灯りをともす必要があるの? 魔力を温存したいなら、普通に火を焚くとかなさればいいのではないかしら」

「おお! さすがリーチェ様、頭の回転がお早いですなぁ! おい、松明の準備を!」

「本当に素晴らしい提案でございます。お嬢様が知力でご協力なさるなら、我々は行動力で手助けいたしましょう。お前たち、馬車からカンテラをありったけ持ってくるのです!」

「かしこまりました!」


 皆が試行錯誤しているところに、部外者のリーチェが口を差し挟み、それを必要以上に賛美する。くだらないことでいちいちああして盛り上がるせいで、静謐なはずの空間はまるでお祭り騒ぎのようなカオスに支配されてしまった。


「ああ、もう……」


 苦々しい感情で濁った体内の空気を入れ替えるように、小さくため息をつく。


 いい加減、あのバカ騒ぎを見るのが苦痛になってきた。いつになったら終わるのか、そもそも終わらせる気があの集団にあるのか。


 そんな思いを、私は気付かない内に表面化させてしまっていたのかもしれない。


「あの、公女殿下。表情がずいぶんお辛そうに見えるのですが……」

「え」

「もしかして、まだお寒いのでは?」


 監視役の護衛がそう声を掛けてきた。確かにあの混迷状態を寒々しくは感じているけれど、彼がそういう意味で尋ねたわけではないことは分かっているので、私は静かに首を横に振って答えた。


「しかし……良ければもう一枚、羽織るものを準備いたしますが」

「必要ありません。私への心配は無用ですから、あの有象無象を手助けなさったらどう?」


 どうやら、開錠する、ということは諦めたらしい。さっき壁を崩すために使っていた巨大ハンマーを再び持ち出し、今度は鍵を破壊しにかかっている集団をあご先で指し示す。


 彼は小さく首を振り、残念そうに苦笑いをして扉の方に目を向けた。


「僕が行っても無駄です。あの方法ではきっとうまくいきませんから」

「……他にやり方があるというの?」


 わずかな期待を込めて、彼を見上げる。でもそれは次の瞬間すぐに裏切られることになった。


「この監獄塔には幽霊が住んでいるのでしょう。きっとその幽霊が扉を閉ざしているんですよ」

「……」

「霊の呪いを解かない限り、あれはぜったいに開かない。解呪する特別なアイテムを見つければ、あるいは……」


 絶妙にちがう。


 嬉々として持論を展開しているその護衛から視線を外し、私は深々とため息をついた。


「塩と水を持ってきて」

「えっ」

「リーチェが市場で買って私に寄越した、聖ジニ地方の天日塩がいいでしょう。その袋半分を、樽いっぱいの水に溶かすの。水樽を運ぶくらいの腕力はあるわよね?」

「あっ、はい。すぐにお持ちします」

「私の元に持ってこなくていいから、あの扉に思い切りぶっかけてきてちょうだい」

「ぶっ……かけるのですか?」

「ええ。全体をびしょ濡れにするくらいの勢いで、思いきり」

「わ、分かりました」


 困惑した表情でそう言うと、彼は首を傾げながら馬車の方へと向かって行った。


「どうしますか、団長。やはりもう一度、石壁の一部をぶち破る方法を試してみるのも手かと」

「うむ、そうだな……。いったん休憩を挟んだら、この塔の脆そうなところを再度探してみることにしよう」


 団長と呼ばれた男性の号令で、交代でハンマーを振り下ろしていた筋骨隆々の男たちがバラバラとその場を離れていく。錠前をこじ開けようとしたり、力技で押し破ろうとしたり。無駄とは言え、労力を惜しまずに働いたことに関して心の中で労いを述べつつ、私は静かにリーチェの元へと向かった。


「お姉さま、このドアはだめですわ。びっしりと貼り付いた錆に阻まれているのか、あれだけの男衆が力を合わせても鍵は壊れないんですもの。この場所はもう諦めて、もっとロケーションの良いところで監禁されません?」

「それもいいかもしれないけれど、諦める前にまず私の言う通りにしてみて」


 さっさと私を塔に放り込み、さっさとこの大車列を引き上げてほしい。そんな思いを叶えるべく、リーチェの耳元に口を寄せて、扉を開ける方法をささやく。


「私は一応これでも罪人の立場だし、前に出るのはまずいと思う。だからあなたが発案者だという(てい)で指揮を執ってほしいの」

「それは構わないけれど……そんな方法で本当に開くの?」

「まあ、やってみなさいな。万が一開かなければ、別の手段も考えているから」


 私の提案を聞き終えたリーチェは、さっきの護衛同様、首を傾げて訝し気に私を見つめていたけれど、考えるのが面倒になったのだろう。


「みんな、集合! 扉を開ける方法を思いついたわ!」


 すぐに思考を切り替え、そう元気に声を上げた。







 結論から言うと、扉は私の作戦通りにうまく開けることができた。


 まずは、錠前と鉄扉全体に施された封印魔術……のなれの果てのような瘴気の除去だ。かけられた当初はおそらく、高度な技と知識のある魔術師の力がないと解除できないような代物だっただろう。でも年月が経ち過ぎてただの瘴気となり果てた今なら、わざわざ魔術を使わなくても海塩水で浄化できるのでは、と踏んだのは正しかった。聖なる力が宿るというジニ地方産の塩を使ったのも良かったらしく、効果はてきめんだった。


 鍵はハンマーの一振りで簡単に壊れ、その勢いで、すっかり腐食しつくしていたかんぬきも一緒に折れてくれた。あとは鉄扉が開く動きを妨げるかのように貼り付いた、この分厚い錆を落とす必要がある。


「私が合図を出したら、みんな一気に水をかけてちょうだいね! さあ、いくわよ!」


 リーチェが鉄扉の前に仁王立ちになり、手をかざす。彼女が得意とする火の魔術が放たれ、扉はゆっくりと温度を上げていった。


「……足りないわね」


 私はそっと後ろに下がると、温度上昇の不足を補助するために、リーチェの魔力の流れを密かに操作した。


「すごい、一気に火力が上がった! さすがノースレイク家……!」

「エルゼ様が魔術において優秀なのは周知の事実だったが、リーチェ様もこれほどの技術をお持ちだったとは……」


 魔術兵の2人がそう囁き合う言葉を耳にしながら、その瞬間が訪れるのを待つ。錆に覆われて生気を失っていたような鉄扉の表面が、強く熱されたことによって赤く輝き始めた時。


「今よ!」


 私が伝えた”その瞬間”をちゃんと見逃さなかったリーチェが、そう声を張り上げる。と同時に大量の水がかけられ、急激に温度を下げた扉から水蒸気が凄い勢いで吹き出した。


「怯まずに水をかけ続けて! だいじょうぶ、保護膜を張って熱風から守っているから!」


 リーチェの言葉に、後ろに下がりかけていた最前線の護衛や侍従たちはその場に押し留まり、後ろの列から運ばれてきた水樽を力強く受け取った。


「リーチェ様万歳!」


 保護膜を張っているのはもちろん私だけれど、誰もそうとは思わなかったらしい。リーチェを讃える言葉と共に、扉へ水がかけられていく。水蒸気があたりに立ち込めて視界が不明瞭になる中、私は状態を確認するために鉄扉をじっと睨みつけるように見つめた。


 急速な加熱と冷却によって、錆にはわずかなクラックが生じ始めていた。そのクラックが鉄扉に貼り付いている錆全体に行き渡ったところを見計らい、私はリーチェの元に早足で向かった。


「リーチェ、手を扉にかざして」

「は?」

「いいから早く!」


 私が珍しく強い語調で言ったためか、リーチェは一瞬怯んだ様子を見せたけれど、すぐにうなずいて手のひらを扉の方へと向けた。


「おお……!」


 ため息交じりのどよめきが起こったのは、まるで神の祝福かのような光の粒が、みんなの頭上へと降り注がれたからだ。


 ただ霧のようになっていた水蒸気を急速冷却し、氷の結晶へと形を変えたものが、月の光を受けて煌めいているだけなのだけれど。


「こ、これは……まさかリーチェ様が?」

「なんと美しい……。淀んでいた空気が浄化されていくようだ」


 誰もがその神秘的な光景に目を奪われている隙を狙って、私は鉄扉に小さな衝撃波を与えた。鉄扉が揺れ、それに伴って錆がバラバラと剥がれ落ちていく。それにいち早く気付いたのは、先ほど私の監視役として付いていたあの護衛だった。


「呪いが解けていく……!」


 感動したように叫びながら塔の方を指さし、周囲はその動きにつられて鉄扉へと視線を集中させた。


 錆の落ちた鉄扉の表面に施される飾り鋲、ツタの形状を模したロートアイアン。その美しい佇まいはきっと、過去の大戦で活躍していた当時の姿そのままなのだろうと思った。


 でも、この姿を見られるのはあとわずか。このまま放置しておけば、扉は先ほどよりもひどい錆で覆われていき、やがてかんぬきや錠がなくとも開かなくなる。


「みんな、扉を力いっぱい押し開けるのよ!」


 リーチェの号令により、筋肉自慢たちが慌てて扉に駆け寄り、一気に押していく。鉄扉が内包する熱から人体を守るために、熱さを相殺する冷気を含んだ空気のベールを張り巡らせつつ、微弱な反発力をベールと鉄扉の接触面に施して……


「すごい、開いたわ……」


 轟音を上げながら動き始めた扉を見上げ、驚いたように呟くリーチェ。そのそばを離れ、わずかに生まれた扉のすき間から、私は体を捻るようにしながら中へと飛び込んだ。


「扉から離れなさい!」


 今度は私が声を上げる。押し開ける力から解放された鉄扉は、元の閉じた状態へと戻っていく。


「ちょっと、お姉さま!? いったいどういう……」


 リーチェの声は、再び錆をまとい始めた鉄扉によって完全に遮断された――という経緯があっての現在。


 ずっと密閉状態だったにもかかわらず、塔内の保存状態はあまり良くないようだ。こうして床についた手で表面を撫でるだけで、石床らしきものの組織が崩れて砂状になっていく。


「きたない」


 小さく呟いた声はあちこちに反響し、”言葉”という形からただの雑音へと変化していった。その過程で一瞬聞こえた不純物。私が発するはずのない低い音程の笑い声は、どうやら塔の上の方から響いてきているらしい。


「噂の”幽霊”さんかしら」


 この呟きに対する応答はなかった。さっきのノイズはただの気のせいだったのかもしれない。でも、噂の真偽をこの目で確かめてみてもいいのではないか。何せ、私には潰さなければいけないほどたっぷりの暇な時間があるのだ。


 床に散らばる砂をかき集めて両手いっぱいにすくい上げ、こぼさないようゆっくりと立ち上がる。暗闇の中では何も見えないけれど、私の目はこの砂のすべてを見透かすことができるから問題はない。私は手のひらの中にある砂粒一つひとつに魔力を込め、不純物を丁寧に剥がしていった。


「元は良い質の石材だったのね。思ったよりもきれいな形状をしているわ」


 ため息が聞こえる。もちろん私のものではない。今の”石鑑定”に感心してくれたのか、それともまるで見当外れだったからバカにしているのかは分からないけれど、私の言葉に反応を見せているのは確かなようだ。


「ここにあるものだけじゃ、こないだのロイヤル・ボールのようにはいかないけれど……」


 砂を砂として形成している組織の並び。それらに私の魔力を慎重に差し込み、組み替えていく。絡まった糸をほどくように、そしてそれを編み上げて複雑な紋様を描くように。整え、固定し、余計なところは切り捨てて。それを何度も繰り返した結果、”砂だったもの”は、まばゆい光を放ち始めた。


「すぐそちらに向かいますからね。正体を暴かれたくなければ、この塔から立ち去りなさい」


 塔のてっぺんに向かってそう呟く。これにも応答はない。


 そんな無反応状態から「望むところだ」という意志を感じた私は、光る砂を載せた手を自分の前にかざし、歩くときに起きる空気抵抗に任せながら空間にまき散らしていった。砂粒一つずつに付けた反発する力のお陰で、それらはすぐに地面に引かれることなくゆったりと辺りを漂っている。


 周囲の状況をゆっくりと確認したいけれど、まずは上階にいるらしい幽霊を見に行かなければ。妙な笑い声やため息を不定期に響かせる諸悪の根源を叩き潰さない限り、私に静寂と平穏は訪れない。そんな使命感を胸に、長く上へと伸びる螺旋階段を上って行く。


 最上階の部屋に幽霊が住み付いているなら、きっと何人たりとも立ち入らせないよう、厳重に閉じられているのだろう。そんな風に思い込んでいた私は、その入り口の前で立ち止まった。


 鍵は、ない。封印魔法も施されていない。ただ、石を積み上げただけの壁が立ちふさがっているだけだ。


 階段を上りながら、開錠の方法や封印魔法を解く方法なんかも考えていたのに、これでは拍子抜けである。


「ちっとも面白くないし、この空間をこれ以上汚したくないのだけれど」


 私はため息交じりにそう呟くと、強い衝撃波を壁に与えた。完全に力任せの突破方法を選んだのは、ただの八つ当たりでしかなかったけれど、どうやらそれは功を奏したらしい。


「なんじゃ。お主なら絶対に()()()で壁を破ると思って、即席の罠を仕掛けとったんじゃがの。まさかそのような乱暴な手で死を回避するとは、恐れ入ったわ」


 崩れた壁の向こうにあらわれた小さな部屋には、ふわふわの何かが浮遊していた。八の字を描いたり、上下にはねるように移動したり、そのふわふわはせわしなく動いている。


「……ホコリ?」

「違うわ! 失礼なおなごじゃな!」

「ああ、それじゃ……喋るホコリですか」

「それでもホコリには変わらんじゃろうが。ようやく迎えが来たと思うたのに、儂をゴミ呼ばわりするようなヤツが現れるとは……」


 ふわふわは、幻滅したと言わんばかりに萎びてしまった。なんだか面倒な性格をしていそうだし、罠を仕掛けるような危険思考の物質だけれど、きちんと住み分けすれば大した害は与えてこないだろう。そう結論付けた私は、どうやら拗ねているらしい喋るホコリは置いておき、手に残った光る砂を室内に撒いて部屋の様子をじっくりと確認した。


「きたない」

「まだ言うか! 良いかおなご、儂は”ホコリ”などではなく、先の大戦で卑怯な手によってここに封印された偉大な」

「お掃除しましょう。話をするのは、その後です」


 私の提案に、それまでぴょんぴょんと跳ねまわっていたふわふわはぴたりと動きを止めた。


「いやじゃ」

「だめです」

「もう幾年もこの空間で過ごしてきたから、この状態の部屋に愛着がある。だから、掃除もかたづけも絶対にいやじゃ」

「だめですってば。こんなに汚いところじゃ、ゆっくりお茶もできないでしょう」


 手始めに蜘蛛の巣を取り除くところから始めようか。それとも、朽ち果てて原型を留めていない書棚の本の片づけが先? いや、でもやっぱり……


「まずは、ホコリから払っていきましょうか」


 私の何気ない一言に、ふわふわだったものは急にとげとげした球体に変わった。


「つまりそれは、儂を排除するということじゃな? ふん、望むところだ! こんな姿になったとは言え、魔術での戦闘に儂が後れを取ることはないぞ!」

「あの、その理屈ではあなたがホコリであると認めることになりますけれど」

「……あ」

「よろしいのですか?」


 とげとげがしょんぼりと萎びて、元のふわふわに戻っていく。また拗ねているのだろうか。でも今のは私に非があるとは思えないし、フォローする必要はないだろう。


「……アルド」

「え?」

「儂の名じゃ。今はそれしか思い出せんが、儂を呼ぶなら”ホコリ”ではなく、アルドと呼んでくれ」


 かくして始まった、私とアルドの監獄塔生活。


 清潔で快適な生活空間を求める私と、この汚空間に愛着を覚えてしまったアルドとの攻防戦は、この先長く続くことになるのである。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ