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堕落と失望

確認したところ、本来の5話を飛ばして投稿していました。本来の5話は本日投稿いたします。申し訳ありませんでして。

「さて、君の番だ。待ってたんだろ。早くやりなよ」


 説明を終えた後、スタッフたちはコナタのVR料理の準備を急いでするように言った。


 言う通りにするのはすっきりしなかったが、立ち尽くしていても意味はない。コナタは部屋に置いてあるST1を起動。ヘッドギアをスタッフたちに渡して、5人でVR空間へと入った。


「どうぞ」


 4人を座席に座らせ、料理を出す。彼らとの料理と少しでも比較するために出したものはステーキだった。


 スタッフたちは出されたものを念入りに観察する。

 肉を裏返してみたり、どれくらい細切れにできるか切り刻んでみたり玩具のように扱い、食材に向けてするものではなかった。


 最後にぐちゃぐちゃにした肉を食べて飲み込む。


「ふうん」

「食べれるな」

「普通」

「わあ、すごいすごい。これで満足かい?」

「さあ、このシステムの概要とこれを使った仕事の方針を相談しよう」


 それだけだった。

 4人は短い感想を終えて、VR空間から出て行った。


 コナタは自らの決断を心底後悔した。近江やその両親の熱意ある説得に動かされたが、彼らはあくまで上から指示を出す人間であり、作る側ではないのだ。


 そして、自分と協力するはずだったスタッフは大外れ。相手のやる気はなく、これではコナタ自身ですら熱意が下がる。こんなことなら誰にも知られず一人で頑張った方がマシだった。


 気軽に承諾した覚えはなかったが、時期尚早だったのだ。もし、こんなことがあったら今度はしっかりと考えようと思った。


「どうでしたか?」


 現実で待っていたのは怖い笑顔を見せて待っていた近江である。彼女からすればコナタのVR料理を見せてがっくりと項垂れるスタッフたちを想像していたのだろう。


「彼のシステムを基にこれからは作っていくことにしました」


 スタッフの一人が返答して、予想とは違う反応に近江は面食らう。

 彼らは一人として自分や両親が衝撃だったコナタのVR料理に反応があまりにも薄かったのである。


 また、ここに来てから今まで、近江からすればスタッフたちは変だった。二人が来た時から見下したような態度を取り、どれだけ煽っても軽く流される。それだけなら良いが、受け流し方に卑屈さがあった。


 加えて、自分たちがまるで当事者ではないかのような無責任感がある。


 コナタのVR料理を評価して、これからは自分たちの作ったものから全て変えてしまうようだが、そこに葛藤や悩みは一切ない。


 近江はコナタの手を無理やり引いて、スタッフから遠ざけた。


「山県くん、この人たちおかしいよ。彼らと一緒に働いていちゃいけない」


 VR料理の活動にスタッフたちが携わってくことが、近江にはVR料理を汚す行為に思えた。


「今日はもう止めましょう。貴方たちの今回の行為はしっかりと父に報告させていただきます」

「うわ、パワハラだ」

「何ですって?」

「パワハラだって言ったんですよ。父の威を借る娘といったところでしょうか」


 どうにかして状況を好転させたい近江だが、空回りしてしまう。

 自分には縁がないパワハラという言葉で怖気づいてしまった。まさか、大人に自分がそんなことを言われるなんて。慌てた彼女は事態を収拾してくれる人間がいないか目を泳がせた。


 スタッフたちは自分の敵であり、仲間と呼べる人間はただ一人。しかし、自分と同じ少年が場を収めることは難しいだろう。


 と思っていたのだが、


「どこまで失望させれば気が済むんですか?」


 コナタは冷たい視線でスタッフたちに問いかけた。


「腐っても貴方たちはヴイスの職員でしょう。一流と呼ばれる企業の一員ですよ。それが、窓際部署に入れられただけで落ちぶれすぎだ」

「窓際部署?」

「彼らの専門は恐らく違う。成果が上げられなくてここに来たんだろう。成功させたら利益は大きいが、失敗しても損失が少ない味覚部門の開発に」


 コナタからすれば、どうして味覚部門が未発達だったのだろうかと近江の両親の話を聞いて不思議だった。ゲームの世界で料理を食べられたら良い機能ではないかと。


しかし、ゲームの機能という面では決して代用がきかないものではない。回復アイテムであれば今の主流になっているVRゲームのように注射器や包帯のアイテムにすれば済むだけだし、現在メジャーなゲームであろうRPGやアクションゲーム、アドベンチャーゲームやFPS、TPSといったものに味覚は極論必要ない。


 それらがなくてもそのジャンルのゲームとしては成り立つのだ。


 VRゲームとして、まずはゲームの根幹になるものが製作において優先されるはずだ。そうして、副次的な要素は後回しにされたのである。


 そもそも、一企業の部門のスタッフがたった4人だけというところが不自然だったのだ。


 要するに、彼らは左遷されてここに来たのだ。右も左もわからない部署に入れられて、熱意もなく今日まで仕事をしてきた。無気力になってしまう訳である。


「そうやって見下して気分がいいかい、天才山口君」


 スタッフたちは言わば口だけが達者になってしまった人間なのだ。話をするだけ無駄。改善できる能力もコナタには備えてはいない。

 コナタを排他する彼らの姿勢も見限る理由としては十分だった。


「山県ですよ、私は」

「そんなこと、どうでもいいだろ」

「……もう来ません。どうやら、ヴイスのやり方と私のやり方は合わないようだ」


 何も見いだせない一日だったと、コナタは近江を連れて部屋を出た。


 スタッフたちは引き留めようとはしない。彼らにとってはどうでも良いことなのだから。


 無言で出口へと行こうとするコナタを近江は申し訳なそうにしてついて行く。


「……ごめん」

「何で近江さんが謝るの?」

「……ごめん」


 謝罪されて、コナタは返答に困った。

 近江はヴイスの一員として謝ったのだろうが、彼女は部外者だ。責任を感じて謝ることはない。


 怒りの矛先は、目の前の近江よりも彼女の親に向けられた。


「ねえ、近江さん。君のお父さんって味覚開発部門と深い繋がりがあったの?」

「どういうこと」

「お父さんが味覚開発部門の現状を知っていたとして、俺に協力しろってことなら酷い話だろってこと」


 近江の顔は一層険しくなった。彼女の気分を害したいわけではなかったが、あの惨状を見せられては愚痴の一つでも言いたくなる。きっと、近江の父である仁志は携わっている部署が離れていたのだ。


 だから、成果が滞っているということだけしか知らず、スタッフの熱意や環境が杜撰なことを把握していなかった。悪く言えば、確認を怠ったのである。


 反面、良く言えば信用していたのだ。成果が出ていないだけで味覚開発部門の人間は頑張って働いているのだろうと。


 結果は最悪だった。コナタですらあり得ないというほどに。


「ごめん」

「だから良いって。独り言だと思って気にしないで」


 味覚開発は暫く上手くいかないだろう。ゲームにおいてさほど重要でもないし、VRゲームで料理が食べられる日はまだ先の話のようだ。


 そう考えていると、すれ違ったスタッフに声をかけられた。


「ちょっといいかな、君」


 呼び止められた理由もわからず、一旦は立ち止まるコナタ。


「はい、何でしょう」

「見たところ学生だね。今日はどうしてここに?」

「味覚開発部門に協力してほしいということで来ました」

「なるほど。そう言えば、噂になっていたような、いないような。もう、終わったのかい」

「はい、今帰るところです」


 世間話をして、後一言二言で話は終わるだろうと思っていた。


 しかし、初老の男性はコナタではなく近江を見て何かを察する。


「あまりに上手くはいってないようだね」

「そうですね。見解の違いでどうにもなりません」

「そんなものかい。私から見ると、もっと深刻のような気がするが。詳しく話を聞かせてくれないか?」


 先ほどのスタッフとは違い、目の前の人物は紳士的だった。

 自分の会社のスタッフの悪口を言われて良い気分はしないだろうと、できるだけ大らかな表現でコナタは不平不満を彼に話してみる。


「今回の仕事は、私の想像していたものと違いました。それで仕事と私情をどうしても割り切れないというか」

「それは君が悪いということじゃないか。大人の世界では割り切って働くのも大切だ」

「そう、なんでしょうね」


 表現が上手くできず、自分の悪い部分だけを言ってしまった。コナタも話だけ聞いた男性の忠告を素直に聞くしかない。


 そんなコナタを庇うように、近江は男性に訴えた。


「違います。山県くんは悪くないんです。悪いのは味覚開発部門のスタッフたちなんです。彼らの意識の低さは我慢できるものではありません」


 近江の言葉に男性は驚き、彼女の身の上と詳しい話を聞いた。


「君もこの子の友人かな」

「はい。私は近江隆乃。ヴイスで働いている近江仁志の娘です。父が会社に彼を紹介しました。私は案内役と言ったところでしょうか」

「……ああ、隆乃ちゃんか⁉ それで、うちのスタッフが彼にどんなことを?」

「とにかく上から目線でやる気がなかったです。自分たちが作ったものをただ見せびらかして、山県くんのVR料理を全然評価しようとしない。それなのに、自分たちよりは優れているから全てシステムを移し替えようとしていました」


 自分のスタッフの悪口を言われて、男性は随分と悲しそうな顔をしていた。近江の感情を隠さない意見はそれだけ心に響いたのだ。


「そこまで近江さんの娘に言われれば何か手を打つしかないな」

「ええ、よろしくお願いします」

「わかった。少し待っててくれ。時間を空けてこよう」


 男性は今日のうちに対応しようと、自分の予定を変更までしてくれた。近江の父の会社での権威はかなり高いものらしい。

 彼は去ろうとする前に、二人に『松阪承』と書いてある名刺を差し出した。


「改めて、私はこういうものだ」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます。私は山県固屶です」

「近江さんと山県さんだね。覚えた」


 どうやら、一日はまだ終わらないようだ。

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