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93/114

93 師匠 5

売国奴として討たれた兄のせいで騎士団から追放された令嬢騎士レイシェル。

そんな彼女の前に最強を自負する転生者にして霊能者・ノブが現れ、秘宝探索の旅へと誘う。

長い旅の末、二人は数々の仲間とともに封印の地へ到着した。

ノブの兄弟子を名乗る老魔術師・マスタージェイドをも撃退した一行。

彼らはノブの師匠、世界有数の大賢者トカマァクの居住地へ向かった――。

 大賢者トカマァクのダンジョンには()()がある。高い岩山の中に造られているので、最上階から山頂に出られるようになっているのだ。

 山頂には占星術のための東屋(あずまや)が設けられている。

 そこで昼間から空を、周囲に広がる山並みを眺める者がいた。


 ノブである。


 ダンジョンの中からジルコニアが飛んできた。

「一人でこんな所にいやがったか」

「一人で居たかったからな」

 そう言って、ノブは妖精の方へ目を向けようともせず、柔らかい日差しの中を冷たく風が吹き抜ける山並みを見つめていた。


「なんか考え事でもしてんのか」

 そう言ってジルコニアは側の手すりに降り立つ。

 彼女にちらとノブが目をやった。

「ジル。お前は僕の事をどこまで知っていた?」

「なーんも。私がここに来たのは十年前だぞ。それより前の事なんか知るわけねーって」

 妖精はそう言って肩を竦めるだけだ。


「そうか。師と話していた時、ずっと黙っていたから。全て承知なのかと思った」

 ノブが言うと、妖精は手すりに座って足をぶらぶらさせる。

「そんなに気にしてんのか? 自分が母親の胎から生まれたんじゃないって事を」

「いや、別に」

 短く、はっきりと。ノブは答えた。


「ほう? んじゃ悪党の手先から生まれた事か?」

「‥‥少し、割り切れなくはある」

 妖精の次の問いには、一瞬言い淀んでから、しかしはっきりとノブは答える。


「少しか。んじゃワーグラの誘いを蹴った事か?」

「それはそうして当然だ。今でも兄弟子に協力する気は無い」

 妖精の次の問いは、はっきりとノブは否定した。


「だったら何も悩む事ないじゃねーか」

 妖精は笑った。にんまりと、歯を剥きだして。


 ノブは‥‥再び山並みへ目を移した。

「人には魂がある。霊魂とも呼ばれる物だ。存在は魔術により証明されている」

「突然、なんだ?」

 怪訝な顔をするジルコニア。



 ノブの語った通り、この世界において魂の存在は確認されている。

 治療の魔術や不死系モンスターについて、調べ、研究するうちに自然と確認されたのだ。


 亡霊系のモンスターの発生と、その退治方法を調べるうちに。

 切断された部位に強力な回復魔法をかけても一個の生物に戻らない理由を探るうちに。

 魔術師が自我を物品に宿らせる魔術を編み出そうと研究するうちに。


 分裂して増殖する能力を持つ魔物など、ごく一部の例外を除き、同じ()が別々に存在する事は、この世界には無いのだ。



 そしてノブは呟く。

「僕の元になった男は死んだ。僕はその男じゃない」

 遠くの、悠久の時を経た山並みを眺めながら。

「なら‥‥僕の魂はどこから生じた? 僕は、何だ?」


「おいおい、ノブ‥‥自分の本質について悩むとか、そりゃ十代の青少年が通り過ぎる事だぞ? それを今さら‥‥」

 ちょっと呆れるジルコニア。

 すると‥‥「フッ」とノブは軽く笑った。

「僕が造られたのは19年前のはず。なら僕はまだギリ十代だ」

「おおっと、そうなるか?」

 冗談めかした調子を見て少し安心したか、ジルコニアもまた歯を剥きだして笑った。


 そして‥‥ノブの笑顔に、どこか空虚なものが混じる。

「それに今まで悩む事も無かった。どこかの世界から事故で流れ着いた孤児であり、偉大な師から学び、人類に味方して任務を請けて果たす。それが僕にとって当然であり、はっきりした道だったからだ」

 その目が再び、ジルコニアに向けられた。

「だが出発点が違ったとはな‥‥」


 ノブは調子を取り戻した、と思いきや、そうではなかった。

 その事実にジルコニアは戸惑ってしまう。

「出発点だけじゃねーか。別にトカマァクも嘘ついてたわけじゃねーし」

 なんとか、妖精はそう言った。

「ああ。だが真実に気づかないように、でもある。それも僕が余計な事を気に病まないようにという配慮からだろうと、それはわかりはするんだが」

 ノブは自分の掌に目を落した。


「僕は僕の元になった男を知らない。その男の記憶も無い。だから悪の手先になっていたと言っても、何をしてきたか知らないし、罪悪感も贖罪の義務も感じない。僕はあくまで僕だ」

 そう断言はした。

 そこに迷いや疑問は無かった。

 だが、ノブの疑問は別の所にあった。

「その僕が、怪しげな実験で偶然生まれた生き物に過ぎないらしい。もしかしたら、僕は本当に『生き物』でしかなくて‥‥僕だと思って考えているこの思考さえ、細胞の何かしらの反応でしか無いのかもしれない」


「自我の定義にまで踏み込む気か? 霊能者(サイオニック)から哲学者にクラスチェンジでもするのかよ」

 ジルコニアがよくやる、茶化すような言いぐさである。

 だがいつもと違い、精一杯の無理があるのは、彼女を知る者なら誰でもわかるだろう。


 だが話はそこまでだった。

 アラームの音が、ダンジョン内から二人の所まで響く!

 それは敵の襲来を告げる警報なのだ。


「このタイミングで敵襲ってな‥‥」

 うんざりした顔のジルコニア。

「こちらが黄金級機(ゴールドクラス)を完成させるのを待つわけもない。当然だな」

 そう言うと、ノブはダンジョンの出入り口へ走った。

設定解説


・魔術師が自我を物品に宿らせる魔術を編み出そうと研究するうちに


魂を装備品に宿らせ、それが壊れない限り不死身になったり、装備した他者を乗っ取ったり‥‥といったアイテムが存在する。

魂がそこに有るという事は、完成した瞬間に元の肉体は魂が抜けてしまうという事になるわけで、アイテム完成直後に死んでいるのではないか。

となると肉体の無いアイテム「だけ」になってしまうわけだが、装備して動く最初の体はどうやって調達したのか。予め意識を奪った奴隷でも用意して「1時間経ったらこのサークレットを装備しろ。な?」と命令しておくのか。意識を奪ったせいで数も数えられない状態に陥っていたらアイテム完成直後から大ピンチであるな。

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