9 我家 1
売国奴として討たれた兄のせいで騎士団から追放された令嬢騎士レイシェル。
そんな彼女の前に最強を自負する霊能者・ノブが現れた。
彼はレイシェルを探索の旅へと誘う。
彼が求める秘宝とは――?
「うぉうぉうぉ……」
聞き苦しい慟哭が響いていた。
レイシェルはノブを連れて実家へ帰りついた。
彼と出会った森から国境を越え、さらに丸一日。美しい城下町を湖畔から見下ろす、強く美しく大きな城へと。
両親はそこで彼女を待ってくれていた。
嗚呼、懐かしの我が家。
「おかえりなさい、レイ。婚約破棄は残念ですけど、貴女が無事に帰ってきて、少しほっとしています」
レイシェルの母、ライラ=クイン。長いストレートの銀髪に切長の瞳の、華やかではないが静かな美を湛える女性。
三十半ばになっても若々しく美しい自慢の母は、帰って来た娘を抱擁する。この公爵夫人は、家の苦境にありながらも毅然としたふるまいを凛として崩さなかった。
「うぉうぉうぉ……すまん、すまん、何もかもワシが悪いのだ……」
一方、床に転がっている男は泣きじゃくるのみ。
歳をとっても背は高く頑強で、豊かな長い髪に立派な髭の、本来なら凛々しかったであろうその男……かつていくつもの戦場で手柄を立てた、クイン公爵家騎士団の騎士団長だった男。その腕と人柄を認められ、先々代の公爵に娘を与えられ婿入りした男。
レイシェルの父、シーザーである。
「儂の劣等な血が混ざってしまったから、誉あるクイン公爵家がこのような無残な事になってしまった。先々代様、天国から裁きの雷で儂を撃ってください。儂は生きていてはいけなかったのだ……」
伏して泣き続けるシーザー元公爵。
「どうせなら顔見せボスに自爆特攻する係になって役立ってくれよ」
ニマニマ笑う妖精ジルコニア。
「母様……医者には診せましたの?」
困り果てるレイシェル。
「二、三人呼びました。時間以外に薬は無い、納屋にでも入れておけばどうか。食事を与えるかどうかはご自由に。皆そう言いましてね」
表情を崩さずに言うライラ夫人。
「まぁレイシェル殿の旅に反対されないなら、僕としては助かりますが」
冷静に言うノブ。
ライラ夫人はノブと妖精へ目を向けた。
「私は反対ですがね。娘が危険な旅に出る事は、やめて欲しいと思っています。どんなに意義と意味のある事でも、子供の命がかかるのは親として受け入れ難い事なのですから。なぜレイが必要なのかはさっき聞きましたけど」
ノブが旅の間にレイシェルへ、そして今ここでライラ夫人へ教えた、旅の目的。
それはこの世界でも最高峰の秘宝、神蒼玉を手に入れる事だった。
ジルコニアが口を歪めて笑う。
「こちらが在処を知っているブツは一つ。240年前の魔王を討った勇者パーティの戦士、ダイザックの血を引いてて、クイン家に籍を置いている人間でないと封印が解けない物なんだわ」
頷くノブ。
「現時点ではレイシェル殿しか封印を解けません。彼女の兄弟は既に亡く、ご両親ともにダイザックの血脈ではないとの事ですから」
レイシェルの父・シーザーは入り婿である。
そして母・ライラは産みの母ではない。
そのライラ夫人は溜息をつく。
「その場所を賢者トカマァクの弟子であるノブ殿が知っている、と。にわかには信じがたい話ですね」
言われたノブはマントの影から背嚢を取り出し、中から巻物を一つ取り出す。
「それを証明するため、我が師から手紙を預かっています」
羊皮紙の巻物を渡され、ライラ夫人はそれを広げた。しばし目を通し――
「……なるほど。我が家にしか伝わっていない事が書いてありますね。賢者トカマァクが、240年前の英雄ダイザックから聞いたという事ですか」
頷くノブ。
「ではレイシェル殿をお預かりします。彼女の同意は既に得ていますので」
「母様。クイン家の名誉を再び取り戻せるチャンスです。一命を賭してやり遂げます」
決意みなぎるレイシェル。
しかしライラ夫人は大きな溜息をついた。
「この期におよんで家名など……レイはもう別の生き方を考えても良いのですよ?」
「そんな! 母様!」
抗議の声をレイシェルはあげたが、ライラ夫人は憂鬱な顔で窓の外を見た。
設定解説
・両親ともにダイザックの血脈ではない
レイシェルの父・シーザーはクイン家の元騎士隊長。
数々の武勲を立てた事が認められ、クイン家の一人娘を娶らせてもらえた。
その際にクイン家に入り、家長の座を継ぎ、数年前に息子(長男)へその座を譲った。
ライラはレイシェルの養母にして継母。
生母はレイシェルを産んですぐに亡くなり、クイン家遠縁の親族から嫁いできた。
本人は子供に恵まれなかったが、レイシェルとの関係は良好。
レイシェルにとっては物心ついた時すでにライラが「母親」だった事もあり、血縁を意識した事はほとんど無い。