10 我家 2
売国奴として討たれた兄のせいで騎士団から追放された令嬢騎士レイシェル。
そんな彼女の前に最強を自負する霊能者・ノブが現れた。
彼はレイシェルを秘宝探索の旅へと誘う。
だがレイシェルの母はそれに反対のようだった――。
「この期におよんで家名など……レイはもう別の生き方を考えても良いのですよ?」
「そんな! 母様!」
抗議の声をレイシェルはあげたが、ライラ夫人は憂鬱な顔で窓の外を見た。
広く美しく、様々な花や観葉植物が生垣を造る庭園を。
「貴女が帰って来る少し前、王から使者が来ました。クイン公爵領を天領に……国の物にしたいと。見合った額を支払う用意はあると。引き継ぐに恥じない人物を新たな領主にしたいと……」
そして寂しそうに微笑む。
「あの子……ディーンの裏切りで、スイデン国は一歩間違えば滅びましたからね。その咎でお家取り潰しでもおかしくないのに、寛大な処置だこと」
ディーン=クイン。レイシェルの兄の一人、王国を裏切り魔王軍に最高機密を渡した騎士。その名を口にする時、夫人の端正な顔が僅かに苦痛で歪んだ。
ジルコニアがニタニタと笑った。
「事実上、潰すんじゃん。ブッ壊れても修理費払えばOK、なんて物でもあるまいにさ」
その言葉に、前領主シーザーがまた「おぅおぅおぅ……」と泣き声をあげる。
ライラ夫人は静かに頷いた。
「この国の王の名でそう申し出があったという事は、もうこの国にクイン家は不要……いえ、邪魔だという事。そんな家の名のために命を賭ける事を、母は正しいと思いません」
そこから、独り言のように声が小さくなった。
「このような言葉、亡くなった奥様……レイシェルの産みの母が聞いたら、許さないでしょうけど」
レイシェルが物心つく前に、彼女を産んだ母は亡くなっている。己の従妹にあたるその女性に申し訳ない気持ちがライラに無いわけではなかった。
母親の言葉に、レイシェルは唇を噛んだ。
けれど毅然と言い返す。
「クイン家はここまでかもしれません。けれどただ落ちる一方で終わるのは納得いきませんわ。新たな道で生きよというなら、母様、魔王軍を討つための神宝を人の世に齎すための旅を私は選びます」
「ではライラ殿。娘さんを預かります」
ノブが言うと、ライラ夫人は小さな溜息をついた。
「本人の意思で決めた事なら仕方ありません。伝説の賢者トカマァクの弟子……その力で私の娘を、残ったただ一人の子を守ってもらえる事。それを祈るだけです」
そう言われたノブは小さく頭をふる。
「魔王軍もすぐに妨害をしてくるでしょう。安全とは最も縁遠い旅です。僕自身でさえ志半ばで倒れるかもしれない。しかし……」
そこでメガネを指先でクイクイと弄った。
「僕は賢者トカマァク最新最後の弟子にして地上最強の霊能者。その全能力をもってレイシェル殿をお守りいたしましょう」
レイシェルも胸をはって言う。
「母様。行ってまいります」
もうライラ夫人も反対派しなかった。
「わかりました。武運を祈ります」
――こうしてレイシェルは旅に出る事となったのだが――
出かけようとホールを通った時、一人の騎士が何人かの家人を連れてレイシェルを引き留めた。
振り返るレイシェル。
「あら、ドーネル=フレーメ。どうしましたの?」
「レイシェル様。支度もいろいろあるでしょう。出発は明日の朝でよろしいかと」
軍服に身を包んで礼儀正しく言う若い騎士。大人しそうで武人というより文官のような雰囲気がある。
彼の言葉で、レイシェルは少し考えた。
「そうですわね……」
食料や衣類の準備、ケイオス・ウォリアーの整備や運搬方法。
それらが必要なので、確かに今から始めては真夜中になってしまう。
それなら準備は家人に任せ、明日出発するのが正しいのだろう。
レイシェルはノブへと振り向く。
「ではノブ、せめて今夜はゆっくり休みましょう」
ノブは黙って頷いた。
家人達やホール内を、横目でちらちらと眺めつつ……。
設定解説
・賢者トカマァク
240年前に魔王を討った勇者パーティにいた賢者(クイン家の先祖ダイザックも同じパーティ)。
絶大な魔力をもち、彼に使えぬ呪文は無いと言われている。
魔王を打倒した後、岩山の奥に居を構え、外界との接点を極力小さくしながら魔道の研究を続けている。
240年前を最後に彼自身が戦いに出る事は無くなったものの、何人もの弟子を育てており、いずれも各時代の魔王との戦いで重要な役割を果たしてきた。
歴代の魔王にはトカマァクへ刺客を放った者も多いが、それら全て返り討ちにあっている。




