69 暗躍 9
売国奴として討たれた兄のせいで騎士団から追放された令嬢騎士レイシェル。
そんな彼女の前に最強を自負する転生者にして霊能者・ノブが現れ、秘宝探索の旅へと誘う。
道中で数々の仲間を加える二人だが、絶体絶命の危機に陥る。
なんとか脱出した一行は戦力を増強。新たな力で追っ手を完全に打ち砕いた――。
暗雲の下に、煤け、ひび割れ、穴の開いた尖塔がある。戦いによって無残に砕かれた尖塔が。
尖塔だけではない。砦全体が同じような有様だ。はた目には廃墟としか見えないだろう。
これが以前はコノナ国最強と謳われたガデア魔法騎士団の砦だと、誰が信じるだろうか。
だがこの砦には、まだ住人がいるのだ。
騎士団を制圧した魔王軍が、新たな拠点として使っていたが故に。
しかしその住人達は動揺の直中にあった。
無敵を誇る彼らの大隊長が軍勢を引き連れて出撃し、戻ってこない。それからもう何日も経っている。
隊長自身は気まぐれな所もあり、予定が変わるのは珍しくはない。
だがそれならそれで遣いの者が戻って来る。
何の音沙汰もないなどとはこれが始めてだった。
大隊長下の親衛隊、彼らの反応は様々だった。
砦で待機する者達がいる。不透明な状況に苛々する者もあれば、仕事をサボって遊び呆ける者もある。
ゴブリンやオークなどの下級の魔物は、命令がこないままなので好き勝手にしている。
寝て動かない物、倉庫の中を食べ漁る物。砦から勝手に出撃する物までいた。もちろん略奪のため人里へ行くのだが、半分ぐらいは防衛の兵に倒されて戻ってこない。
砦は今、無法地帯であった。
そんな中、独りだけ明確な目的を持つ者があった。
帰還したマスタージェイドである。
そんな彼に注意を払う者はいない。彼に何か訊きに来る者もいない。
そもそも彼の事を覚えている者など、今の砦に何人いる事か。
マスタージェイドは自室に篭っていた。
しかし沢山の書物が詰まった本棚と、奇怪に歪んだ護符や装飾品の並ぶ棚、様々な薬液の瓶が置かれた机――それらに囲まれた空間ではない。
その隣にある部屋にいたのである。
隣にある部屋の、巨大な魔法陣の中心に。
異様な光景だった。
部屋のあちこちで、人の頭ほどの水晶玉が台座に置かれている。そこから透明な管が伸び、魔法陣の中央にいるマスタージェイドの体に接続されているのだ。
水晶玉は脈打つように明滅し、管の中を何か――気体なのか液体なのか定かではない――が通って老人の体に送り込まれている。
魔法陣の中央で、全裸のまま水晶玉から送られる何かを受け続けるマスタージェイド。
じっと目を瞑ってはいるが、時折その目を見開くと、何やら呪文を唱える。
何語なのかわからない、奇怪な言葉だ。普通の魔法ではない。どこか狂気じみた、うわ言のようでもあった。
そしてその度に、周囲の水晶の輝きに変化が生じる。輝きの強さが変わる物、色が変わる物、明滅の間隔が変わる物‥‥。
老人の体のあちこちに、光が染み込んでゆく。
干からびた体が、時折、不気味に脈打った。
奇怪な儀式が続く中、薄暗い部屋の中に、羽ばたき飛来する物が現れた。
窓も無いのに飛んできたそれは、目玉にコウモリの翼が生えた奇妙な魔物だった。
それはマスタージェイドの眼前に来て、目の中にどこかの景色を映し出す。
目を開け、それを見る老人。目の中に映された、夕陽に染まる山裾とその側の川をしばし眺める。
やがてマスタージェイドは再び目を瞑った。
またしばらく、水晶玉から送られる何かを受け続ける。
水晶玉の一つが、光を失った。
別の水晶玉からも光が消える。
一つ、また一つ、また一つ・・・・。
全ての水晶玉が消え、部屋を暗闇が満たした。
その中でぼんやりと光が灯る。
マスタージェイド。彼の腹部で何かが輝きを帯びていた。
老人は立ち上がった。
もう一度覗き込むと、片手で目玉の妖怪を払った。
目玉は陽炎のような揺らめきを残し、消えてしまう。
老人は魔法陣から大股で出て、床に脱ぎ捨ててあった緑のローブを纏う。
闇の中、衣を纏う老人の体に変化が起こった。
老人は――老人ではなかった。
レイシェルもノブも知らない。
最大の敵がここに誕生した事を。
戦いの旅はなおも続く・・・・!
設定解説
・半分ぐらいは防衛の兵に倒されて戻ってこない
0.5体=体が半分ちょんぎれた奴、と解釈すれば端数は切捨である。よって放っておけばどんどん半減していき、最終的には0になって全滅する。
やはり本隊からの補充が無いと、敵地近くの砦はいずれ全滅する事となる。
なおゴーズが健在の時は、部下の誰かが「ずいぶんやられましたね」と言う度にゴーズ自身が「じゃ適当に補充要請かけとけ」と許可してくれていたのでなんとかなっていた。




