17 宿泊 2
売国奴として討たれた兄のせいで騎士団から追放された令嬢騎士レイシェル。
そんな彼女の前に最強を自負する転生者にして霊能者・ノブが現れ、秘宝探索の旅へと誘う。
レイシェルが旅立つ前夜、卑怯な裏切り者が彼女を襲ったが、それはノブに撃退された。
いよいよ二人の旅が始まった、その最初の村で――。
ノブが道を行きながら宿を物色する。
「大型の運搬機が停められる宿はあそこしかなさそうだな。今夜はあそこに泊まろう」
そう言って、大きな広場の隣にある宿に目をつけた。
広場には二、三機のケイオス・ウオリアーが停められている。町の物か、旅の冒険者パーティの物か。ともかく乗り物を停めるスペースがあるという事だ。
ノブ達がスイングドアを潜って宿に入ると、カウンターの親父さんが声をかけてきた。
「いらっしゃい。部屋はお一つで? それとも二つ?」
「一つだ」
当然のように言うノブ。
「えっ!?」
驚くレイシェル。
「なにか?」
彼女の態度は合点がいかぬようで、ノブはそう訊いた。
その肩でジルコニアが「キシシシ……」と笑う。
「お嬢サマは色気づいた事考えてんな? 夜の合体訓練は程々にしてくれなきゃあ」
「そ、そういう事を考えてはいませんわ!」
慌てて抗議するレイシェル。顔を赤くしながら必死に訴える。
「つまり、夜襲を警戒して同じ部屋に泊まるわけでしょう? わかっています、それぐらいは」
レイシェルとてガデア騎士団で集団生活はしていたが、当然、その時は女性寮をあてがわれていた。
婚約者が同団体にいたからといって同室で暮らすわけがない。
二人の兄と一緒に寝ていた時もあったが、齢十になる前の話だ。
その言葉を背に……ため息一つついてから。
ノブは宿の親父に料金を支払っていた。
――三人は鍵を渡された部屋に入る――
荷物を置いてベッドに腰掛けるレイシェルとノブ。
「お、ベッドは二つか」
ニヤけるジルニコア。
「当たり前ですわ!」
きつい目で睨むレイシェル。
しかし部屋の中にカーテンの類等は無い……となると、着替え等は?
ノブが軽く指をふった。青い煌きが宙を舞うと、ノブのベッドから毛布がふわりと浮き、幻影の膜に重なる。
「【テレキネシス】――念動力で物を動かす呪文だ。これでカーテン代わりを作っておこう。操作しなければ明日の朝までは持続させる事もできる」
(あら、気を遣ってくださいますのね)
てっきり目を逸らす程度の対処だろうと思っていたレイシェルは心の中で感謝する。しかし疑問が一つ。
「ノブの掛布団が無くなってしまいますけど?」
「マントを寝具にすればいい。旅用の装備だ、そういう使い方も想定している物を選んでいる」
カーテンの向こうから、ノブは当然のように答えた。
それから程なく。宿の主人が入浴用の道具を部屋に持ってきた。
桶、壺に入った湯、焼けた石の入った難燃繊維の袋。それらを置くと物も言わずに主人は引き上げる。
これらで体の汚れを洗い落とすのが、この世界での安宿の「入浴」である。
桶に湯をはり、レイシェルは鎧と衣服を脱いだ。
白い肌が露わになる。きめ細かく滑らかな肌は淡く輝くかのようだ。
日頃の鍛錬もあり、その身に無駄な肉などほとんど無い。生まれもっての体格なのか、胸と臀部ははっきりと出ており、そこは女性の肉体である事を主張してはいるが。
それを見下ろし、天井近くでジルコニアがニタニタ笑っていた。
「忘れたかもしれないけど、ノブには透視の呪文もあるからな? 物理的な壁に意味ねーぞ」
「そ、そんな心配していませんわ。そういう事をする人ではありませんもの」
ほのかに紅くなりながらも言い返すレイシェル。
ノブの呆れたような声もカーテンの向こうから届いた。
「無論だ。ジル、つまらない事を言う物じゃない」
ふわりと降りてきてレイシェルの頬をつつくジルコニア。
「つまらんてさ。お嬢、ちょっとがっかりしてね?」
「しません!」
ギッと歯を剥いて、レイシェルは断固否定した。
というわけで入浴はつつがなく終了。
健全な物語なので、ノブとレイシェルは灯りを消してそれぞれのベッドへ潜り込む。
そして健全に就寝。
なのだが――
――その夜、レイシェルはまた夢を見た――
王子様達をモニター越しに見る自分になる少女。
映し出される、幾人もの王子様。彼らは星の海で出会い、共に力を合わせ、そして別の王子様達と……
戦っていた。
星の海に火花が舞い、戦火が渦巻く。
(え? 思ったよりハードというか……バトル要素強めですのね?)
驚きの中で目覚めるレイシェル。
これまで垣間見た前世の記憶より情報が増えているが、それ故に思わぬ所まで見えたようだ。
(どうなっているのかしら? そもそも前世の夢なんて、忘れた頃にたまに見る事がある程度でしたのに……)
頻度が上がり、深度も増す。
それが気になるせいか。窓の外にはまだ星も月も輝いているというのに、眠気が覚めてしまった。
と、レイシェルは物音を聞く。
カーテンの向こうで――ノブが立ち上がる気配と微かな音。
(え? え? 真夜中に、何を? ノブが不埒な事をするわけが……と、トイレかしら?)
身を強張らせて息を潜めるレイシェル。
隣の様子を緊張しながら窺っていると――
ノブは部屋の戸まで歩き、静かに開けた。
部屋にごろりと転がり込む者が一人。村人にしか見えない若い男だ。
「え? 誰?」
思わず身を起こすレイシェル。
そんな彼女に驚いた様子もなく、ノブは振り向いて平然と答える。
「さあ? それを今から探る所だ。つい先ほどから扉の向こうでこちらを窺っていた、この男の思考を。体の自由は呪文で既に奪ってある」
【パラライズ】――生物の体内酵素を変質させて麻痺毒を作りだす呪文。抵抗できなかった者は声一つあげる事はできない。
持続型の魔法には戦闘中だけ効果を発揮すれば良いと数分しか続かない物も多いが、この呪文は治療措置を施さない限り、数時間……術者の魔力次第では一日以上効果が続く。
「盗聴犯か、盗人が機会を伺っていたのか。本当に刺客か。それは確かめればわかる」
ノブが男を冷たく見下ろして言う。
ジルコニアがレイシェルの肩に停まり、ギザ歯をむきだして笑った。
「覗くのがお嬢のパイパイじゃなくて出歯亀の脳内たぁ、いまいち冴えない話だねぇ」
あくまで健全な物語なのだ。
設定解説
・この世界での安宿の「入浴」である
この世界インタセクシルにも汗を拭き垢を落とすという知識はあり、入浴という概念はあるが、ちゃんとした風呂となると少ない。
温泉の湧く地の宿。大きな街の浴場。水の豊富な地方の城、貴族の屋敷、神殿。入浴のために設けられた風呂場があるのはそれらぐらいである。
それ以外の場所では、川や湖で水浴びをするか。或いは大きな桶に湯を入れて火なり魔法なりで保温し、それを使ってタオルで体を拭くかだ。
レイシェルの実家ほどの貴族なら、身を浸せるほど大きい「浴槽」用の桶もある。
しかし宿場町の宿屋程度となると、桶、湯、保温のための熱した石。それらを部屋に持ってきてもらうのがせいぜいである。
その場合は互いのいる部屋で裸になる。部屋の中にカーテンや仕切りなども普通は無い。




