8話 「いいゾ~これ」
パン、パンという乾いた音が木霊する。
「く……! 大丈夫です姉上、もっと激しく――」
俺の言葉は最後まで紡がれる事はない。
パァン!
返答の代わりに今までで1番強いビンタがとんできた。尻に。
「…………」
姉上はというと、死んだ魚の様な目をしながら俺をスパンキングしている。
その顔からは一切の感情を感じられず、無表情だ。
その代わりと言ってはなんだが、音を聞きつけ様子を見に来たメイドたちが、1人、また1人と見てはいけないものを見てしまったように両目を塞ぎ踵を返していく。
そんな中、2人のメイドがやってくる……。
ガン見だ。ガン見している。
「ベル様がとうとう……」
その片割れ、メイドのアイラが肩まで伸びた栗色の髪を悲し気に振りながら、およよ、と地面に膝をつく。
アイラはおっとりとしたとても優しいメイドだった。その為、よく俺の悪戯の餌食になっていた1人でもある。
「……ベル様がおバカなのは分かっていた事でしょう? それよりも私はティナ様も同類だったという事にショックを受けているわ」
聞こえているぞ。
黒色のポニーテールが不安気に揺れる。
俺が悪戯をする度にゴミを見るような目をする事で定評のあるメイドのアイリスはそう言うと、アイラの肩を抱き、元来た道を引き返していく。ゴミを見る様な目で俺を睨みながら。
俺と仲良しな2人のメイドがそう言うのだからやはりこの修行は体面上あまりよろしく無いらしい。
まぁ、俺も理解はしていたさ。
けれど、俺の持つ力を試すにはこうするのが1番手っ取り早いと思ったのだ。
そしてそれは間違いでは無かった。
『クエスト《女の子と熱いスキンシップをとろう》の達成を確認。スキル【硬化】を習得しました』
計画通り。俺は自らが望むスキルを手に入れた。
「師匠、一旦ストップで」
パン、パン、パン。
音は止まない。
ならばと俺は頭の中で手に入れたばかりの【硬化】を発動する。
すると――。
「いったぁぁい!」
姉上は手を押さえながらそう言うと、怒った顔で頬を膨らませる。
「ちょっとベル! あなた硬化魔法使えるじゃない!」
「いいえ、師匠。どうやら俺は硬化のスキルが使えるようになったようです」
「え? スキル?」
俺がそう言うと姉上は「コイツ何言ってんだ?」と言わんばかりの疑いの目を向けてきた。
「あのねベル。お姉ちゃん言ってなかったけど、スキルっていうのはいわば天啓。そうおいそれと使えるようになるものじゃないのよ?」
「そうなのですか?」
「ええ。だってそうでしょ? 簡単にスキルが使えるのなら、そもそも魔法なんてもの今頃とっくに廃れてしまっているもの。人々はスキルの代用として今まで魔法技術の発展をしてきたのよ」
何となくだが理解できる。今回俺が使ったのは【硬化】だが、他にも沢山の便利なスキルがあるのだろう。確かにわざわざ奇跡を求めて魔法の鍛錬を続けるのが馬鹿らしくなる。
……と、言う事はだ。もしかしてスキルって滅茶苦茶便利なのでは?
俺の見立てではこの声が出るスキルは<より多くのスキルを獲得できる>可能性を秘めている。表示されているクエストをクリアするとその条件にあったスキルが手に入るという訳だ。
いや、それだけじゃ無い。
おい、お前。俺の声が聞こえるか?
俺がそう念じると――
『回答、聞こえています』
やはり返答が返ってくる。
人工知能のようなものがこのスキルには備わっていると考えるべきだ。
ならばと俺は質問をしてみる。
お前はスキルなのか?
『回答。その通りです』
お前の名前は?
「……スキル【賢者】です」
少し間が開いたがスキルは俺に名を名乗った。
「師匠、【賢者】というスキルを知っていますか?」
俺がそう問うと、姉上は少し不機嫌そうな顔をした。
「ベル、もしかしてお姉ちゃんの事バカにしてる? 当然じゃない。スキル【賢者】といえば大昔に暴虐な龍王を討伐した勇者が持っていたとされるスキルよ。おとぎ話にもなってるんだから知らない訳ないじゃない」
俺は知らなかったのだが。
だが、どうやらこの【賢者】というスキルはとんでもなく優秀なスキルであるらしい。
賢者、か。かなり賢そうな名前だ。ならばと俺は1つ問いを投げかける。
では賢者よ。俺が兄上に恥じないよう成長するには何をすればいい。
『回答、獲得済みのユニークスキル【野獣化】を使用し、魔力限界が来るまで動き続けてください』
本当に教えてくれるとは思っていなかった俺は少し動揺する。
だがそうか。そういえば俺は最初に【野獣化】なるスキルを獲得していた。
恐らくはスキルに慣れつつ魔力を使い続け、さらに魔力量上昇を図る狙いがあるのだろう。
筋肉でいうところの超回復だ。
『肯定します』
指針は得た。ならば後は突き進むのみ。
「師匠、僕はこれより走り込みに移ろうと思います」
俺がそう言うと姉上はどこか悲しそうな顔をしながら頷く。
そんな顔をする必要はありません。何故なら俺はスキル【野獣化】で――
「そう。頑張りなさいベル。けれど希望はまだ捨てるには早いわよ。私も1週間、対策を考え――」
ダッシュ! 猛烈なスピードで俺は大地を駆ける。
どうやら意図せずにスキル【野獣化】を使用してしまったらしい。
それにしても何てスピードだ。大地を踏みしめる毎に猛烈な力が地面に伝わり膨大な推進力となって返ってくる。
『ユニークスキル【野獣化】によって身体機能を大幅に強化しています』
身体機能の大幅な強化……つまり筋力も心肺機能も底上げされているという事か。
しかし、このスキルを使うのは恐らく2度目だ。前回使った時はそれこそ1瞬で気を失った筈なのだが。
『回答、前回、魔力限界で昏倒した際に、魔力限界値をアップデートしました』
なるほど……。
俺は神アロエが言っていた事を思い出す。
魔力は筋肉、鍛えれば……。
「強くなる!」
しかし、超回復を望んで魔力を枯渇させるのが目的であれば、【野獣化】と同時に【硬化】も使った方が効率が良いのではないだろうか。
『……肯定します』
なるほど。賢者とはいえ、必ずしも最適な方法が分かるという訳では無いらしい。
事実、このトレーニングは魔力消費が大きければ大きい程、1週間後の結果が変わってくるのだから。
『…………』
賢者は何も答えない。どうやら図星らしい。
それから俺は毎日スキルを使用しての走り込みを続けた。
魔力限界の度に気絶し、回復したらまた走るの繰り返し。
知らぬ間に、メイドたちの間で館名物バカ走りなんて呼ばれていたらしいが、俺は着実に自分の力が高まるのを実感していた。
そうして、兄上から与えられた1週間が終わる。
とうとう明日、俺は兄上とむつみ合うのだ。
次話は書き上がり次第投稿いたします。




