7話 「かなり挑戦的じゃないそれぇ?」
「やっぱり防御魔法にしましょう」
姉上はパチパチと音を立てて燃える大木だった残骸を、感情の無い瞳で見つめながらそう提案してきた。
「それがいいと思います」
何が起こったのか未だに理解できていない俺はその提案に飛びついた。
いや、むしろ願ったり叶ったりだった。
防御魔法……読んで字のごとく、恐らくは耐久力に関する魔法だろう。
まさに俺が求めていた魔法と言っても過言ではない。
「……その前にベル。少し待っていて」
そう言って姉上は力の無い足取りでふらふらと元来た道を引き返していく。
「……スクワットでもするか」
俺は姉上が戻ってくるまでの間、来たる兄上との熱い夜を想い浮かべながらスクワットをして時間を潰した。
無論、姉上が水晶玉のようなものを持って戻ってくる頃には、くの字スクワットになっていた事は言うまでも無い。
そして――
「嘘でしょ……」
姉上がかつて見た事も無い顔で絶句する。
俺がした事と言えば姉上に言われた通りにバスケットボールぐらいの大きさの水晶玉に触れただけである。
……触れただけである。
そう、俺が触れた瞬間に美しい水晶玉が粉々に砕け散ったのだ。
姉上がこんな顔をするのも当然である。
なにせ俺は姉上以上にビビって「ふわっ!」なんて軟弱な声を上げたくらいだ。
「師匠、これは?」
「……いえ、気にしないで。なんでも無いわ」
姉上はそう言って、掌を額に当て、深刻そうな顔をしてブツブツと何かを呟いている。
まさかのネタバレ無しの展開に不満がつのるが、今は時間が惜しい。
「姉上、1度防御魔法を見せていただけませんか?」
あれだけの事をしでかしておいて何だが、今ならどんな魔法でも上手くできる気がしていた。
何というか、体がやけに軽いのだ。絶好調というものなのだろう。
『否、1度魔法を発現したことにより、個体名ベル・ベートの魔力回路が安定した為です』
「へぇ、そうなんだ?」
…………。
「「……ん?」」
姉上と声がユニゾンする。
それから互いに見つめ合う形になるが、先に姉上が顔を赤くしながら焦ったように視線を外した。
……情緒が不安定になっているのだろうか。
「それで姉上、防御魔法を……」
「え? あ、ああ。そうだったわね」
気のせいだろうか。姉上が緊張している様に見えるのは
姉上は「ごほん」と1つ咳ばらいをすると、肩幅に足を広げ、瞳を閉じる。
「…………」
……いつまで経っても姉上が動かない。
いや、それどころか、徐々に顔が紅潮していき、次第には息が荒くなっていく。
「……っ! ふぅ、はぁ……あっ! ……はぁ、はぁ」
気持ちの良い風が吹く、今日この頃。
姉上が変態になりました。
「ああ……姉上」
俺は太陽の光が降り注ぐ大空を仰ぐ。
いつの日も、まこと不思議な、性衝動 。
べるお。
…………しかし、分からない。姉上は一体何に興奮しているのだろうか。
俺は何か手掛かりを見つけようと周囲を見渡す。
あるのは、自然豊かな緑の風景。
姉上を興奮させるに至る物など皆無である。
それにしても良い風だ。
あ、今、風が少しだけ強く吹いて、木々たちが互いの体をぶつけ合い、心地の良い音を―――――
『だ、だめだよ! 人間がこっちを見ています兄さん……それにこんな事……僕たち兄弟なのに……』
マツの木(弟)は必至に抵抗を試みるが、神の悪戯によって吹き荒れる風により、隣に寄り添うように生えた1回り大きいマツの木によってその身を汚されていく。
『いい加減正直になれよ。ほら見ろ……俺のはもうこんなになっちまった』
自慢するようにマツの木(兄)は太く荒々しい幹をこれでもかとマツの木(弟)にこすりつける。
『駄目だよ……そんな事されたら……僕……』
『ほら。言ってごらん。どうなっちゃうんだ?』
『僕……僕……受粉しちゃ――』
『おらおらおらおらおらおらおらおらおら』
松の木(兄)は突如吹いた爆風により理性を保ち切れず、己が欲望を…………いや、風強すぎだろ。
俺が自分の妄想にツッコミを入れた瞬間、姉上の明るい声がカットイン。
「できたぁぁぁ!」
見れば姉上を中心に草木が舞い上がり、姉上の長い黒髪が右に左に荒れ狂っている。
「……それは何をやっているのですか?」
「風魔法よ! か・ぜ・ま・ほ・う! 見てベル、すごいでしょう! しかも聞いて驚きなさい! お姉ちゃん、これを無詠唱で発現したの! 風魔法苦手なのに!」
やけにテンションの高い姉上はさておき……うん。確かにすごい。
「さすがです。師匠」
とりあえず、さす姉の意を表明をしておく。
「でしょ! これはね中級の風魔法で風の守護っていうの! この障壁がある限り、ある程度の攻撃からなら身を守ってくれるわ!」
へぇ……。
俺はお試しで、足元に落ちていた小石を姉上に投げてみる。
すると、姉上の言った通り俺の投じた小石は姉上に当たる事無く宙に舞って少し離れた場所に落下した。
確かにすごい。
だが、俺は思う。これでは意味が無いと
「姉上、この魔法では僕は兄上と密着できません」
「え?」
「え?」
何かおかしな事を言っただろうか。姉上は俺が言った事が理解できないといった風に、ポカンとした表情で俺を見る。
だから俺は再度、大声で意思を示す。
「これでは兄上の熱を感じられません!」
そう。この魔法では本末転倒である。
俺が求めるのは兄上の猛る思いを全身で受け止める事であり、放置プレイがしたいわけでは無いのだ。
「そう……生き残る事に重きを置くのではなく、真正面から剣を交えたい……ということね?」
俺は姉上のその問いに頷き返す。
姉上も理解したようで、展開していた魔法を止めた。
「となると、硬化魔法かしら? でもね、ベル。硬化魔法っていうのは熟練度がモノを言うの。何度も発動をして、実際に攻撃を受けないと……」
そう姉上が説明し始めた時、俺の頭の中で突然あの声が語りかけてくる。
『新たなクエストが追加されました』
□男を泣かせろ
■女の子と友達になろう
■女の子と熱いスキンシップをとろう NEW
……またこれか。
十中八九、スキル……というやつなのだろう。
俺はいい加減、この謎の力と向き合うべきなのかもしれないな。
だが、その前に自分で少し探るのも面白い。
俺はそう決意すると、姉上を見る。
「だから硬化魔法っていうのは修羅場を潜り抜けた回数だけ強くなっていくの。でね……ん? どうしたのベル?」
「師匠、お願いがあります」
俺はそう言って姉上の元へと歩を進める。
「ちょ、ちょっと、ベル? どうしたのいきなりそんな真面目な顔をして……べ、ベル?」
思えば俺は姉上に助けられてばかりだ。
記憶の有無に関係なく、これまでも、そしてきっとこれからもだ。
はっきりとした感謝の気持ちをいつか伝えたいと本気で思う。
でも――今はその時じゃない。
俺が無事、兄上と夜を超えたその時は、まず最初にありがとうと姉上に伝えたい。
だからー―その時までは、もう少しだけ――
――――――役にたってもらおう。
俺は姉上の両肩に手を添える。
「う、うそ……! 駄目だよベル、こんな所で」
姉上は抵抗するように体をくねらせる。だがそれを許す俺ではない。
少しだけ肩に置いた腕に力を込める。
俺が本気だと悟ったのか、徐々に姉上から力が抜けていくのが分かった。
「もう……馬鹿。知らないんだから」
姉上は顔を赤く染め、瞼を閉じる。
覚悟はできた――という事だろう。
ならば遠慮はいらない。
俺は姉上に願いを乞う。
「四つん這いになるので、尻を全力で叩いてはくれませんか?」
「うん――――は?」
般若のような姉上の顔の横には、今も尚、
『■女の子と熱いスキンシップをとろう NEW』がちらついていた――。
修行回は次で終わりです。スキルの有用性に気づきます。




