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ボートに乗って現れる女

「あっ、桔梗ちゃんたち来たぁあ!」

 家の玄関が開く音と共に、櫻真、蓮条、浅葱の三人と共にリビングにいた百合亜が藤を連れて、玄関の方へと走っていく。

「百合亜たち、キツネが来たくらいではしゃぎ過ぎちゃう?」

 駆けて行く百合亜たちの背中を見ながら、浅葱がダラけた様子で首を傾げさせる。

「嬉しいんやろ? 桔梗さん、小さい頃から百合亜の事をよく面倒みてたし」

「イクメンでも気取りたいんかな? まぁ、僕の方がキツネの数倍、イクメンパパやけどな」

 自分で自分をイクメンという浅葱に、櫻真と蓮条が白い目を向ける。

すると浅葱がキョトンとした表情で、徐に櫻真たちへと両手を広げてきた。

「両手を広げて、何してはるん?」

「ん? 双子揃って父さんの胸に飛び込みたいかな? と思うて」

「「絶対にせんわっ!」」

 櫻真と蓮条で浅葱に反論する。

 するとそこへ……

「大きな声を出しとるけど、どうかしはったん?」

 左右の手で百合亜と藤に手を引かれる桔梗がやってきた。

「まぁ、ちょっと……。でも気にせんで下さい。かなりしょうもない事なんで」

「あれ? 瑠璃嬢は? 今日、一緒に来はる言うてへんかった?」

 桔梗が一人で来たのを見て、蓮条が首を傾げさせる。

 すると桔梗がやや苦笑を溢しながら、「車の中で待ってはるよ」と答えてきた。

 鬼絵巻を追うこと以外では物臭い瑠璃嬢らしい。

「そっか。なら良かったわ。琵琶湖で儚とも合流するんやけど、百合亜以外で女子が()らへんのは、アレかなって思ってたんよ」

「なるほどね。でも、瑠璃嬢と儚で話が合うかな? 水と油って感じがするんやけど……」

(確かに……)

 前にこの家で会った時の二人のやり取りを思い浮かべ、櫻真は苦笑を浮かべる。

 むしろ瑠璃嬢は、儚が持っている鬼絵巻を狙っているのかもしれない。

 しかし、そんな事情を考えていない様子の蓮条は、呑気な様子で「まぁ、大丈夫やろ」と呟いている。

「よし、椿鬼の主が揃ったのじゃ! 早速、琵琶湖の方へ参ろうではないかっ!」

 長い髪をポニーテールにして、目を輝かせる桜鬼。

 その肩には、水着などを入れた鞄を掛けている。きっと百合亜と藤と同じレベルで今日を楽しみにしていたのは、間違いなく桜鬼だろう。

 そして、そんな桜鬼の周りを一人の少年が走り回っている。

 歳は百合亜と藤と同じくらいで、少し長めの髪を縛り、八重歯が特徴の少年だ。

 この少年は、百合亜の従鬼である第七従鬼の魘紫(えんじ)だ。

 櫻真は魘紫の姿を見るまで、ずっと桜鬼たちと同じくらいだと思っていため、最初は驚いた。

 魘紫は百合亜に輪を掛けて、自由奔放な性格らしく、主である百合亜や、自分が認めた人以外の言うことは絶対に聞かないらしい。

「なぁ、なぁ、百合亜! 俺、水の上を歩けるんだぜ? 向こうに行ったら見せてやるよ!」

「えーー、そうなの! 凄いね、魘紫! じゃあ百合亜にも教えて!」

「百合亜、真似したらアカンよ。確実に人間じゃ出来へんから。魘紫も目立つからやらへんでね」

 しれっと超人技をやろうとしている魘紫に桔梗がストップをかける。

 すると魘紫が不貞腐れた顔で、

「ヤダ。絶対にやる」

 と桔梗に反抗的な言葉を返してきた。

 けれど、そんな魘紫に苦言を呈したのは桔梗の従鬼である椿鬼だ。

「魘紫、貴方が目立つ事をすれば主たちに迷惑が掛かります。そこを考えて弁えなさい」

「……ちぇ。百合亜に面白いもん見せてやろうと思っただけなのに」

 桔梗の時とは打って変わり、椿鬼の言葉に聞く耳を持つ魘紫。

 そんな様子を見ていた浅葱が口元を押さえて、

「桔梗、完全に百合亜の従鬼に舐められてはるやん〜! 良かったな、椿鬼が居って」

 と桔梗を茶化す。

 すると、桔梗がそんな浅葱を鋭く睨んでいる。

(父さんと桔梗さんって、何でこう水と油なんやろ?)

 寄ればさわれば衝突する浅葱と桔梗。菖蒲いわく、喧嘩するほど仲が良いと言っていたが、本当にそうなのだろうか?

 しかし、ここで止めに入らなければ、時間が押してしまうのは目に見えている。

 そのため、一発触発の空気を感じた櫻真がすかさず、二人の間に割って入った。

「とりあえず合流も出来たし、早よ、琵琶湖の方に向かいましょう。きっと、儚も待ってはるし」

「……それもそうやね。僕も向こうに着いたら、櫻真君たちに話したい事があるから、行こうか。浅葱さんに時間割くのも勿体無いし」

 浅葱への悪態と溜息を吐いて、桔梗がそう言ってきた。

「あっ、はい……」

(話したい事? 何やろ?)

 桔梗に頷きながら、櫻真が首を傾げさせる。

 けれど、そんな櫻真を他所に桔梗は百合亜と藤を連れて、外へと出て行ってしまった。




 強い日差しが地上に降り注ぐ季節。

 この季節の琵琶湖は近隣の府県から多くの観光客が押し寄せる。

 そして琵琶湖でも大津市にある近江舞子の砂浜には、京都からも多くの人がやってきていた。

「やっぱ持つべきは、プライベートビーチやな」

 そう呟いたのは、水着に着替えずクールビスの浴衣を着た浅葱だ。

 櫻真たちがやってきたのは、儚の家が保有しているプライベートビーチだ。

「まさか、浅葱さんまで来るとは思わんかったわ」

 浅葱の姿を見て、儚がそう呟く。

「父さん、島根での公園が終わったばっかりやから……気晴らしに来たかったんやろうな」

「そうなんや。まぁ、休むって大切やもんね。それで、あの子たちは?」

 櫻真の言葉に頷く儚が、水辺で蓮条の手を引いてはしゃぐ百合亜と藤を指差してきた。

「ああ、百合亜と藤は……瑠璃嬢と同じく関東の方の親戚筋なんよ。毎年、お盆近くになると俺の家に来たはるから、小さい頃から知っとるんよ」

「なるほどな。ああ、だから浅葱さん、桔梗の事を連れて来たんやね。一人で小さい子を見るの大変やから」

「多分な……」

「多分やなくて、絶対そうやと思うよ?」

 苦笑する櫻真たちの話に入って来たのは、下を水着に着替え、白い薄地のパーカーを羽織る桔梗だ。

「桔梗さん……、その赤ん坊は大丈夫ですか? 輝夜ちゃんでしったっけ?」

「うん、今はオムツを替えてスヤスヤ寝てはるよ。特殊な存在といえ生理現象はあるみたいやから」

「そうなんですね。でもホンマなんですか? あの子が鬼絵巻って言うのは……?」

 櫻真がその事実を聞いたのは、儚の家に到着し、桔梗が籠に入った赤ん坊を連れて来た時だ。

 桔梗に隠し子がいたと騒然としていた櫻真たちに、桔梗が首を横に振って来たのだ。

『この子は、普通の子ではなく、鬼絵巻が擬人化した姿だと』

 そして、その言葉を聞いた従鬼たちが気配を確認したら、微弱だが鬼絵巻の気配を感じたのだ。

 けれど、今の状態だと鬼絵巻を回収することは出来ないらしい。

「占術で出た結果やと、六つの山の先、鬼来たるって出たから……六つの何かしらの事象が起こって、鬼絵巻を回収できるようになるんやと思う」

「その六つの山がどういう物なのか、それが気掛かりやなぁ」

 困った表情を浮かべる櫻真の脳裏に浮かんだのは、これまでに起きた苦労の数々だ。

 正直、今日は鬼絵巻の事を忘れて湖水浴を楽しみたい。

 けれどその気持ちと同時に、昨日の佳とのやり取りも頭の中でちらついてしまう。

(祝部君には強気な事を言うてしもうたしからなぁ……)

 鬼絵巻を放置して、純粋に湖水浴を楽しむことは出来ない。

 内心で櫻真が肩を落としているとそこへ……

「正直、ラッキーじゃない? 鬼絵巻が自分から姿を見せてくれたんだから」

 シンプルなデザインの黒ビキニに着替えた瑠璃嬢がやって来た。

「黒ビキニ……」

 瑠璃嬢の水着姿を見た儚が顔を引きつらせる。

 引きつらせた儚は、花柄のハイウェストのフレアビスチェビキニの水着を着ている。

「いつもは女子力を捨ててる癖に……何でこんな時だけ攻めてんねんっ!」

「別に攻めてないけど? 水着無くて急遽買いに行ったら、これが最初に目についただけ」

 瑠璃嬢の水着姿に妙に戦慄を走らせる儚。けれどそんな儚を瑠璃嬢が軽く遇らっている。

 この二人も浅葱たちと同様に、水と油の関係だ。

「まぁ、変なやっかみは放っておいて……絶対に今回の鬼絵巻はあたしが貰う。まぁ欲を言うと、櫻真たちが持ってる鬼絵巻も取りたいけどね」

 肩を竦めて宣戦布告をしてくる瑠璃嬢。

 そして、そんな瑠璃嬢の言葉を聞いて櫻真は確信した。

 水着まで用意して、瑠璃嬢がここに着た理由を。

(きっと、鬼絵巻を手に入れるために来たんやろうな)

「ちょっと、アンタみたいに人の背中を付け狙っとる奴がいたら、楽しめる時間も楽しめへんやろっ!」

「楽しめないって、アンタさぁ、目の前が湖なんだから今日じゃなくても、湖水浴出来るでしょ?」

「アホっ! そういう問題ちゃうねんっ! 今日は蓮条も来とるんやから特別なのっ!」

 儚が片目を眇める瑠璃嬢に威嚇する。

 するとそこへ、タイミング良く百合亜と藤を連れてきた蓮条がやって来た。

「何で、俺がいると特別なん?」

「えっ、いや、その……」

 首を傾げる蓮条に儚が顔を赤らめて、動揺を走らせる。

「要するに、コイツはアンタと湖水浴を楽しみたいみたいよ」

 動揺のあまり上手く話せない儚の気持ちを、あっさりとした態度で代弁してしまう瑠璃嬢。

 自分の気持ちを言われてしまった儚は、恥ずかしさのあまり固まってしまっている。

(瑠璃嬢、なんてストレートな事を……)

 櫻真は内心で儚に同情した。

 そして、瑠璃嬢の代弁により儚の気持ちを知った蓮条は……

「そうなんや。何か照れるわ……。でも俺も楽しみやったよ? 正直、宇治にいる幼馴染の家とは琵琶湖に来た事あるけど、家族では来たことなかったから」

 照れ笑いを浮かべて、儚の気持ちを好意的に受け取っている。

 ただそれを色恋沙汰と受け取っているか、までは微妙な感じだ。

 しかも、そんな蓮条の言葉に浅葱が反応し、完全に「身内で楽しむ湖水浴」感がたっぷりだ。

「儚も前途多難やねぇ」

 事の成り行きを黙って見ていた桔梗がそう苦笑を溢している。

「蓮条、俺に色々鈍感とか言わはるけど……自分もやん」

 浅葱に絡まれ反応に困っている双子の片割れを見ながら、櫻真が呟く。

 そんな櫻真たちの元に、怪しい気配が周囲にないか確認しに行っていた桜鬼たちが戻ってきた。

「櫻真、ここの一帯を調べたが……特段、変わった気配は感じられなかったぞ」

「ありがとう、桜鬼。ってもう水着に着替えてはるんやな」

 報告してきた桜鬼は、既にアンダークロス型の白い水着に着替えていた。

「ふむ。当然じゃ! 櫻真とこの夏を楽しむと決めている妾に抜かりはないぞ」

「あはは、何か桜鬼らしいな。それに水着もよう似合っとるし。ちょっと目のやり場に困るけど」

 えっへんと胸を張る桜鬼を櫻真が素直に褒める。

 すると桜鬼が嬉しそうに顔をやや赤らめて、

「水着とやらは初めて着用したが、櫻真からこのように褒められるとは、嬉しい限りじゃ!」

 櫻真に勢いよく抱きついてきた。

(肌がっ! いやそれよりも胸がっ!)

 いつもより肌の露出が多い桜鬼に抱きつかれ、慌てふためく櫻真。

 しかしそんな櫻真を他所に、桜鬼が嬉しい気持ちのままに櫻真に抱きつき続ける。

「青春やねぇ。正直、僕が櫻真君くらいの時に、こんな甘酸っぱい感じあったかな?」

「主、桜鬼の破廉恥な行動は気にしないでください。きっと夏の暑さに頭が浮かされているのです」

 桜鬼の行動に眉を潜める椿鬼は、ワンピース型の水着に薄地のアウターを羽織った姿だ。

 その奥には、赤いハイネックの水着を着た鬼兎火や、男性物の水着に着替えた魑衛と魁の姿がある。

「椿鬼、見てみよ。この夏を楽しもうとしているのは妾だけではないぞ?」

 ようやく櫻真から離れた桜鬼が椿鬼に、勝気な笑みを浮かべる。その笑みには「其方もじゃろ?」というニュアンスが含まれている。

 そんな桜鬼の笑みに椿鬼が、不服そうな表情で睨む。

 既視感を覚える二人のやり取りを見ながら、櫻真は小さく嘆息を吐く。

(父さんと桔梗さん、瑠璃嬢と儚、桜鬼と椿鬼……これは、鬼絵巻関係以外でも波乱がありそうやな)

 そして、そんな櫻真の予想は見事に的中してしまう。

「うわっ、最悪……」

 予想を確定させたのは、嫌悪感たっぷりの桔梗の言葉だ。

 そして桔梗の視線の先、湖の方から一隻のボートが近づいてくる。

「えっ……嘘やん」

 ボートの中に乗る人を見て、櫻真も思わず怪訝な表情を浮かべた。

 こちらに近づいてくるボートを漕いでいるのは、紛れもなく……

「あっ、葵ちゃんだーー!」

 櫻真たち同じくボートを漕ぐ人に気がついた百合亜が声を上げる。

 そしてそんな百合亜に、いつも通りに着物を着た葵が満面な笑みで手を振り返していた。

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