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赤子と少年の決別

 䰠宮桔梗は、自宅マンションで絶句していた。

 マンションの玄関前に置かれた、ベビーバスケット。その中に、スヤスヤと眠る女の子の赤ちゃんが入っていたからだ。

「えっ……?」

 動揺が全身に回り、上手く考えが纏まらない。

(いや、ここは落ち着かんと……)

 桔梗は一度深呼吸をして、自分の気持ちを落ち着かせる。

 それからすぐに、バスケットを持ち上げ、そのまま家の中へと入った。

あのままの状態で突っ立っていても、状況は一つとして変わらない。それに、今は暑さ厳しい夏。外に居させるわけにも行かない。

 バスケットの中で眠る赤ん坊に、顔が赤かったり、汗を掻いていたり、呼吸が可笑しいなどの異常は見られない。

 これを考えると、赤ん坊があそこに放置されてからあまり時間は経過していないのだろう。

 幼い命が危険に晒されていないのは良かったが、大きな疑問は残る。

「誰が置いて行ったんやろ?」

 そして何のために?

 二つの疑問が桔梗の中でグルグルと回る。しかし、幾ら考えてもこの状況に陥る要因に辿り着かない。

「困った……」

 溜息と共に心中を吐き出す。

(やっぱりこれは、警察に行くしかないかな……)

 警察から色々と事情聴取されると思うと億劫な気持ちにもなるが、この状況が続くよりはマシだろう。

 桔梗は冷蔵庫で冷やしてあったアイスコーヒーを飲んで、気持ちを落ち着かせ……すぐに赤ん坊と共に警察署へと向かった。

 しかし、この一時間後……。

 桔梗は警察に向かったことを激しく後悔しながら、赤ん坊と共に帰宅するのだった。



 桔梗に波乱があった日の同日。

 櫻真の家には、東京から二人の子供の姿があった。

 歳は二人とも小学生に上がりたての歳で、ツーブロヘアーで少し眠たそうに垂れた目が特徴の美少年と、亜麻色の長い髪のサイドをリボンで結んだ美少女だ。

 男児の名前は、䰠宮藤(じんぐうふじ)

 女子の名前は䰠宮百合亜(じんぐうゆりあ)

 どちらも櫻真の親戚筋に当たる子供たちだ。

 櫻真は母親の桜子と藤の母親に頼まれて、二人と共に留守番をしている最中だ。

「母さんたち、どのくらいで帰って来はるんやろ?」

 子供のあやし方がいまいち分からず、困った櫻真が端末で時間を確認する。

 桜子たちが家を出て行ってから、まだ三〇分しか経っていない。

「うむ。主婦は夕餉(ゆうげ)の食材選びに時間を掛けるからのう。まだ少し帰って来ぬかもしれぬ」

「そやな。でも……この状況、どうすればええんやろう?」

 櫻真は困り顔でソファに座りながら、下を向き沈黙する藤へと視線を向けた。

 藤は目の前に置かれたジュースにも手をつけず、ただただ口を閉じている。

 そのため、櫻真が藤の隣にいる百合亜へと声を掛けた。

「百合亜……ちょっと」

 手招きして百合亜を呼ぶと、藤とは対照的に元気な様子の百合亜がスキップ混じりに櫻真の元へ近づいてきた。

「なーーに?」

「えーっと、藤、元気ないみたいやけど……何かあったん?」

 櫻真が百合亜に耳打ちで訊ねる。

 すると百合亜が少し必死な形相で首を横に振ってきた。

「ううん、何にもないよ!」

「いや、でも何でもない様に見えへんから訊いとるんやけど……」

「本当に、本当に、何にもないのっ! ねっ? 藤?」

 せっかく藤に聞かれないように耳打ちしたのに……まるで意味はなかった。

 そして百合亜に主語もなく訊ねられた藤は、少し顔を上げて顔を頷かせてきた。

「……うん、何にもない」

 二人の意思疎通は、従鬼と主よりも完璧らしい。

(うーーん、どないしようかな?)

 本人と百合亜は何もない、と主張しているが……どうにもそうとは思えない。

 むしろ態度と言葉の差を考えれば、嘘を付いて何かを誤魔化そうとしていると考えた方が良いだろう。

 しかし、今のタイミングで聞き出そうとしても、絶対に口を割ったりしないはずだ。

 こういう時に子供の頑固さを発揮されてしまうと大変だ。

「そっか。なら、テレビでも見はる? きっと母さんももうすぐ帰ってくると思うから」

 櫻真は事情を聞き出すのを諦め、リビングのテレビをつけた。

 けれど、お昼を過ぎたこの時間、子供が好きそうな番組は殆どやっていない。

 そのため、テレビをつけてから一、二分で百合亜が「つまんない」とテレビからそっぽを向いてしまった。

「櫻真! この際、公園に連れ出すのはどうじゃ? 子供は外で遊ぶのが好きじゃからのう」

 助け舟を出すように、桜鬼が櫻真にそんな提案をしてきた。

「そうやな。桜鬼の言う通り家にいるより公園で遊んだ方がええかも」

 櫻真の言葉に頷き、櫻真は百合亜と藤を公園に誘い出す。

 すると、櫻真たちの予想通り『公園』という単語を聞いた百合亜がはしゃぎ始めた。

「公園、行きたーーい! 藤も行くよね?」

 ぴょんぴょんと跳ねる百合亜にそう訊かれ、少し乗り気ではなさそうだった藤が頷く。

 一瞬、乗り気ではない藤の顔に櫻真は焦りを感じたが……何とか無事に連れ出せそうだ。

 二人を連れて外へ出ると、むわっとした暑さが櫻真たちを襲ってきた。

 外気の暑さを肌で感じ、櫻真の気持ちが折れそうになる。

しかし、そんな櫻真の気持ちを払拭するように、百合亜が勝手に歩き始める。

「あっ、百合亜! 勝手に行かはったら駄目や」

 歩き始めた百合亜の手を慌てて掴み、櫻真が近所の公園へと向かった。

 公園には簡易な遊具があり、百合亜が真っ先にブランコへと飛び付いた。それに続いて藤もブランコへと向かったため、櫻真と桜鬼で二人の背中を押し、ブランコで遊ばせ始める。

 家の中ではしょげていた藤もブランコで遊び出すと……段々と楽しそうな表情を浮かべ始めてくれた。

(公園に連れてきたのは、正解やったな)

 藤の背中を押しながら、櫻真がほっと胸を撫で下ろす。

 するとそこへ……、

「䰠宮……?」

 カバンを肩に掛けた佳が、櫻真へと声を掛けてきた。

「あっ、祝部君! こんな所で会うなんて珍しいなぁ。学校に用事?」

 櫻真が桜鬼に藤たちの事を頼み、佳へと小走りで近づいた。

「まぁ、そんな感じやな。䰠宮はどうして公園に?」

「ああ、実は親戚の子を母さんが帰ってくるまで見とるんよ」

 佳にそう説明しながら、櫻真がブランコで遊ぶ百合亜と藤を一瞥する。すると佳も納得したように頷き、そして徐に口を開いてきた。

「一つ䰠宮に訊くんやけど、あの子たちも声聞力が高いやろ? 鬼絵巻の争奪戦に関わっとるん?」

 佳からの予想外な質問に、櫻真が思わず言葉を失う。

「えっ、いや……いきなり何の話?」

「もう下手に誤魔化さんでええよ。俺も鬼絵巻について、陰陽院の人から聞いたから」

 眉を顰める佳の言葉で、櫻真の脳裏に隆盛たちの姿が思い浮かぶ。

 まさか、彼らが佳とも接触しているなんて思いもしなかったが、これまで幾度となく鬼絵巻関連の事件に巻き込まれていた佳だ。

 鬼絵巻について知るのは時間の問題だっただろう。

(ホンマは……関わって欲しくなかったんやけど……)

 内心でそう思いながら、櫻真が口を開く。

「そっか、そうなんや。なら答える。祝部君が言わはる通り、あの子たちも従鬼を従えてはるみたいや。ついさっき来たばかりだから、従鬼の姿は見てへんけど……」

 百合亜と藤いわく、百合亜の従鬼である魘紫(えんじ)はお昼寝から起きておらず、藤の従鬼である魅殊(みこと)は人見知りらしい。

「……なぁ、䰠宮。その鬼絵巻集めは止めた方がええ」

 眉を顰めた佳が櫻真にそう言ってきた。

「何で? 陰陽院の人たちに何か言われはったん?」

「聞いた。鬼絵巻がおる所為で、邪気が増えてるんやで? それに鬼絵巻を集めたら災厄が訪れる。そうあの人たちは言うてはった」

「災厄……」

「そうや。鬼絵巻は地上にいる邪気なんかよりも、人に与える影響が強い。それを考えたら、全部の鬼絵巻が集まった時に、どんな影響が出るか分からへんやろ?」

 必死に櫻真を説得させてくる佳。

 勿論、その言葉を聞いて櫻真が何も思わないわけではない。

 これまでの事を考えれば、佳が危惧したくなるのも分かる。けれどそれと同時に「災厄が起きる」という話が本当なのか? という疑問も湧いてくる。

 桜鬼と会った頃、桜鬼はこう話していた……

『十三個の絵巻を集めても、願いが叶うどころか、妾たちと主人の契約は解除されてしまったのじゃ。そして次に呼び出された時には、集めた鬼絵巻はまたバラバラとなっていた』

 つまり、鬼絵巻が十三個集めても、何も起こらないということになるのでは?

 櫻真は桜鬼の話を聞いて、そう考えてしまっている。

 むしろ、鬼絵巻を集めれば願いが叶うというのも、先祖が従鬼たちを使役するための嘘という可能性もあるだろう。

「祝部君の言いたいことも分かる。けど、俺はこう考えとるんよ」

 桜鬼からの話を踏まえて、櫻真は佳に自分の考えを話す。

 佳はそんな自分の話を真剣な表情で聞いていた。

 そして、その話を聞き終えた佳が表情を曇らせて口を開く。

「䰠宮の考えも分かった。けど、それなら何で従鬼たちにその可能性を話さへんの?」

「それは……」

 佳からの詰問に思わず言葉を詰まらせる櫻真。

 櫻真の不親切さに対しての厳しい視線に、どう返して良いか分からない。

 桜鬼たちにとって、鬼絵巻を集める事は自分たちの存在に大きく関係している。鬼絵巻があるからこそ、桜鬼たちは現世に現界しているのだ。

 けれど、その存在理由である鬼絵巻を集める事を放棄したら、桜鬼たちはどうなるのだろう?

 櫻真は百合亜と藤と遊ぶ、桜鬼の方へ視線を向ける。

 三人はブランコを辞めて、公園の中で追いかけっこをしていた。

 百合亜と藤を追いかけて、楽しそうに遊ぶ桜鬼を見ると……やはり、言い出せなくなってしまう。

 するとそんな櫻真の様子に、佳が小さく溜息を吐いてきた。

「䰠宮、優しさが全て正しいわけやない。むしろ、その優しさの所為で大変な事になるんやで?」

「……うん。そやな」

「だったら、今の内に鬼絵巻に関わるのは……」

「でも、俺らがそれを集めへんかったら、誰が鬼絵巻を集めはるん?」

 櫻真からの切り返しに、今度は佳の口が閉じる。

「陰陽院の人たちが集めて、それで災厄は起こらへんの?」

 佳に対して畳み掛けるように質問しながら、櫻真は表情を険しくさせる。

 櫻真は内心で怒っていた。

 自分に対して理不尽に「関わるな」と言ってくる佳に対して。佳は自分を納得させる事のできる答えを示していない。

 それにこの鬼絵巻に直接的な関係者は自分たちで、言ってしまえば、佳たちの方が部外者なのだ。

 そしてそんな櫻真の内心を察した佳も、先ほどよりも険しい表情を浮かべていた。

「別に俺やて、災厄が来て欲しいわけでもない。ホンマにそうなる兆しがあるんやったら、俺たちだって考える。けど、今の段階で鬼絵巻から手を引くことも出来へん。俺は、桜鬼と約束したんよ。鬼絵巻を集めるって」

「……分かった。なら俺も決めたわ。䰠宮たちと戦う事になっても、俺は俺で動くって。ええな?」

「うん、ええよ」

 佳の言葉に櫻真が力強く頷いた。

 お互いが曲げられないのなら、こうなるしかない。

 すると、佳が櫻真から視線を外して、

「俺が話したかったのは、これだけやから。ほな……」

 佳が公園から立ち去っていく。

 そんな佳の背中を見ながら櫻真は、静かに決意を固めていた。

 絶対に佳たちが危惧する災厄を、起こさないようにしようと。

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