嵐の後の祭囃子
「桜鬼、一旦、下がりはって!」
「承知した」
桜鬼が櫻真の言葉に頷き、そのまま後ろへと下がってきた。
自分の横に来た桜鬼を確認し、櫻真は隆盛に絡みつく蔓を操る。
きっと、隆盛は朱雀の炎でこの蔓を焼き切ろうとしているのだろう。それでは、隆盛に術を放った意味がなくなる。
しかし、いくら声聞力を込めた所で蔓に朱雀の炎を跳ね除ける事はできない。
燃やされ、術を解かれるのは必然的だ。
ならば、燃やされる前に相手へダメージを増やすのみだ。
櫻真が声聞力で、蔓を操り隆盛を宙へ持ち上げる。上空にいる朱雀は翼を大きく広げて、そこから炎を纏った羽毛を勢いよく投射してきた。
投射された炎の羽毛が隆盛に絡みつく蔓を焼き始める。
だがその炎が蔓を焼き切る前に、櫻真が蔓を伸ばし持ち上げた隆盛で、朱雀本体を勢いよく打つ。
絵面的には、ハンマー投げのハンマーになってしまった隆盛が上空で「うわっ!」という声を上げている。
そして上空にいた自身の式鬼神と盛大に衝突した隆盛がそのまま地面へと落下し始める。
隆盛の落下地点に、櫻真が風でクッションを作り、隆盛がその上に落ちる。
落ちた隆盛がむくりと立ち上がってくる。
結構、タフやな……。
地面に直接落下しなかったとはいえ、朱雀と衝突した時のダメージはあるはずだ。
しかし、隆盛はそれを感じさせないような動きで、立ち上がってきた。
「火行の法の下、炎帝の雷を汝に与えよ! 急急如律令!」
隆盛が声を荒げさせ、叫ぶ。
すると幾本もの炎の火柱が地面から吹き出しながら、櫻真達へと襲ってきた。
その攻撃を櫻真に来る前に桜鬼が刀を真横に構え、向かってくる火柱を食い止める。
「そう簡単に我が主、櫻真の元へ辿り着けると思うでないっ!」
桜鬼の紅い瞳に、炎の赤が反映され、さらにその赤みを増す。
押し進もうとする炎の勢いと、押し返そうとする桜鬼の勢いが拮抗する。
櫻真が桜鬼へと強化の術を付与する。
隆盛が自らの術式に声聞力を降り注ぐ。
「はぁあああああっ!」
桜鬼が刀を力一杯に振り払う。横薙ぎの一閃だ。
その一閃が、地面から吹き出した火柱達を、まるでドミノ倒しを崩すように切り崩していく。
「なっ! 嘘だろ……?」
自身の術式が破られた事に、驚愕する隆盛の顔が見えた。
そしてドミノ倒しの最終地点に立っていた隆盛に桜鬼の一閃が到達し、そのまま後方にあった境内の大木の方へと吹き飛ばす。
そこへ、少し離れた所で蓮条と戦っていた彩香も吹き飛ばされてきた。
どうやら、蓮条たちも相手を倒す事が出来たらしい。
「櫻真、そっちの状況は?」
「見ての通りやで」
確認するかの様に聞いてきた蓮条に櫻真が軽く肩を揺らす。
隆盛たちは確かに実力がある。
十二神将レベルの式鬼神を使い、無理なく他の術も使えている。しかも、ここら辺一帯に他者が入ってこない様に結界も張ってある。
これは櫻真たちが用意したものではない。先に来ていた隆盛達が施した術だろう。
「櫻真、まだ終わってはおらぬ見たいじゃぞ?」
「何かしてくるつもりだわ」
吹き飛ばした隆盛たちの方を注視していた桜鬼たちが、櫻真たちに注意を促してきた。
そのまま櫻真たちも隆盛たちに視線を向ける。
視線の先にいた隆盛たちは、二人ともこちらを向きながら立ち上がっていた。
こちらに向ける闘志は、まだ消えていない。
むしろ、二人から放出される声聞力の気配が濃くなっている様だ。
「何をする気なんやろ?」
「分からん。たださっきよりも強い攻撃を放とうとしてるのは伝わるわ」
櫻真と蓮条が二人の動きに警戒しつつ、息を飲む。
隆盛と彩香が二人並んで立ち、隆盛は右手で、彩香は左手で、顔の前で指剣を構えている。
「「呪禁の法の下、式神を我が鉾とし我が盾とし、鬼を降ろし申せ! 急急……!」」
「はいはーい! 二人ともストップ、ストーーップ!」
二人で口を揃え、櫻真たちが聞いた事ない術式を唱えていた隆盛たちを、突如開いた点門から飛び出してきた一人の少女が止めてきた。
「なっ! 穂乃果! 何で、お前がここにいんだよ?」
櫻真たち同様、驚いた様子の隆盛が叫ぶ。横にいる彩香も訝しげに点門からここにやってきた穂乃果を見ている。
穂乃果と呼ばれた少女は、桃色のショートヘアーで、愛らしい容貌をした女の子だ。
しかしその愛らしい表情には、自分自身に対する自信が漲っているのが分かる。
何せ、初対面にも関わらず櫻真と蓮条に向けて、完璧なウィンクをしてきたからだ。
初めて会う人に、ウィンクが出来る人間はそういない。
いや……案外、いるのかも。
そう考え直した櫻真の頭の中に浮かんだのは、人を怒らす事に関してはピカイチの葵と、自分をアイドルだと思っている光の顔だ。
きっと、穂乃果と呼ばれる少女もそっち方面の人種に違いない。
「だって、変な子が私の事をしつこく追い回してくるんだもん。仕方ないでしょー?」
穂乃果が眉尻を下げて、隆盛にそう答えている。
「変な子? そんな奴、逃げずに蹴散らせば良いじゃんかよ? こっちは大事な戦いしてんだよっ! 邪魔すんじゃねぇー!」
「そんな事言ったってぇ、その子、粘着質っぽいんだもん。穂乃果ちゃん、嫌になっちゃう」
プクゥと頬を膨らませる穂乃果に、戦いを邪魔された隆盛が苛立ちを募らせている。
するとそこへ……
「変な子? それは、自分の事やろ? いい加減にせんとホンマに容赦せんよ?」
とご立腹な様子の儚とその従鬼である魁が現れた。
二人とも先ほどの穂乃果と同様、点門を使ってここまでやってきたらしい。
「「儚っ!」」
声を上げたのは、櫻真と蓮条だ。
するとその声に反応した儚が視線をこちらに向けてきた。
「櫻真に……蓮条っ! 嘘やん。まさか、どこからともなく湧いてきたピンク女を追ってきたら……会えるなんてっ!」
蓮条の姿を見た儚が一気に表情を明るくさせる。
櫻真がこれを言ってしまうのはアレだが……儚の気持ちは非常に分かりやすい。
ホンマに、儚は蓮条の事が好きなんやなぁ。
「儚もそこの子と戦ってはったん?」
自身に向けられる表情の意味を、まるで悟ってない様子の蓮条が儚に訊ねる。
すると、儚が口をヘの字にして頷いてきた。
「そうなんよ。しかも! 魁が欲しいから鬼絵巻を手に入れるとか言い出して……ホンマに頭おかしくない?」
「えっ? つまり従鬼を使役させたいって事なん?」
文句を口にする儚に蓮条が首を傾げさせる。
すると、そんな蓮条の問いに、
「違う、違う。私が欲しいのはカッコよくて、強い男の人だけ。女の従鬼になんて興味ないもーん。あっ、君たちもすっごく可愛い顔をしてるし、二人とも私の物にならない?」
蓮条と櫻真に向かって、投げキスを穂乃果が飛ばしてきた。
そんな穂乃果に思わず、櫻真と蓮条が驚き固まる。
その代わりに、牙を剥いて反撃を返したのは桜鬼と儚だ。
「櫻真が其方のような……軽々しい者の物になるわけなかろう? 下手な色目を使うでない! 櫻真は妾の物じゃ!」
「そやそや! 魁を付け狙うばかりか、蓮条にまでやらしい目を使わんで! 女子としての品位が分かるわ!」
「えーー、そんな事ないと思うけどなぁ。私だったら、男の人が喜ぶコト……いっぱい、いっぱいしてあげられるのにぃ。自分たちが出来ないからって、僻まないでよね?」
猛烈な二人の言葉に対して、しれっと答える穂乃果。
「何というか……俺たち、反応し辛いな?」
櫻真が横目で蓮条を見る。
「んーー、何ていうか俺らが反論する前に桜鬼と儚が戦ってしもうてるからな」
正直、女性同士の言い争いに入っていける気がしない。むしろ、入りたくない。
しかしこのままでは、この言い合いは当分の間、続いてしまうだろう。
隆盛たちも同じ事を考えているのか、三人の論争に困り顔を浮かべていた。もはや、先ほどまで放出していた声聞力が霧散し、式鬼神も消している。
この言い合いの中、戦ってはいられないと思ったのだろう。
そんな言い合いに鶴の一声が掛かった。
「女同士で言い合いたいのは分かるが……もうその辺でやめとけよ。こっちの興が冷めちまってるぞ?」
そう言ったのは、儚の従鬼である魁だ。
「魁〜〜! そんなん言うても、この女の態度……腹立つやん?」
「そうじゃ。この者は櫻真に不躾な言葉を吐いてきたのじゃぞ?」
「そう言ってもな、人の性格なんてそう簡単に変えられるもんじゃないだろ? それに安心しろよ。俺が儚の従鬼である事に変わりはないし、桜鬼たちの主が其方さんに行く事もないだろ?」
「それも……」
「そうじゃが……」
魁の言葉に、儚と桜鬼の勢いが急速に減少していく。
「さすが、魁ね。上手くこの場を治めたわ」
三人の言い争いが止めた魁を見て、鬼兎火がクスリと笑う。
その笑みには、魁に対する信頼感が込められているのが分かった。
「鬼兎火は、儚の従鬼の事を信用してはるんやな?」
蓮条がそう言うと、鬼兎火が肩を竦めさせてきた。
「昔、私も彼から助言を受けた事があってね……。それでかしらね」
「そうなんやな。確かに、今まで見てきた従鬼の中じゃ、鬼兎火を除くと一番しっかりしてそうやもんな」
納得する蓮条に鬼兎火が柔らかく微笑み返している。
「うん、うん。やっぱりそのイケメン従鬼を私の物にする! 今日の所は一先ず引き下がってあげるわね。紫陽さんにも報告しなくちゃいけないし。それじゃあ、またね、私の素敵な彼たち」
ヒラヒラと手を振りながら、点門を開く穂乃果。
「だから、アンタのやないって言うてるやろーー! ドアホ!」
「そうじゃ。そうじゃ。気安く櫻真に手を振るでないっ!」
去っていく穂乃果に儚と桜鬼が目くじらを立てている。
ホンマに相性が悪かったみたいやなぁ。
そんな事を思いながら櫻真が苦笑していると、
「今回は退散するけどな、決着はまだ付いてないからな? 勘違いすんなよ?」
彩香と共に点門へと消える隆盛がそう釘を刺してきた。
「……なんか、嵐が去った感じやな」
「ホンマや。それに肝心な奴らに関しての情報はまるで得られへんかったし……」
櫻真に相槌を打ってきた蓮条が肩を落とす。
そこへ儚がそっと近寄り、
「ウチ、少しだけなら聞き出せたで? もしかしたら、蓮条たちも知っとるかもしれんけど」
と蓮条に笑みを浮かべてきた。
そんな儚の言葉に櫻真と蓮条が目を合わせて驚く。
隆盛たちとの戦闘も終えられ、しかも彼らの情報が得られるとなれば、まさに棚から
ぼた餅だ。
「えっ、ホンマに? それやったら、俺ん家に戻ってから話そう。蓮条も今日は泊まってきはるやろ?」
櫻真が横にいる蓮条を見ると、「そやな」と頷いてきた。
「魁、ウチらもそうしよう。お母さんには連絡入れればええし、色々積もる話もあるやん?」
「本当に儚たちは気楽だな。鬼絵巻を取り合ってる仲だっていうのに……でもまぁ、儚が決めた事だしな。俺はいいぜ」
「じゃあ、決まりやな。ほな、行こう、行こう」
儚が歩き出すのに合わせて、櫻真たちも歩き出す。
その時、櫻真の耳に祭囃子が聞こえてきた気がした。




