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鬼絵巻 〜恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第11章 〜夢の終わり〜

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二人でしか

 けれどーー。

「ふ、ははは、はははは! 甘い、甘い甘い甘い甘ーーーーいっ!!」

 何処からともなく、半狂乱となった紫陽の言葉が辺りに響き渡る。

 そして押し潰された血溜まりが蠢動し、そこから物体が浮かび上がってくる。浮かび上がったものが神宮寺紫陽を形成する。代わりに夜鷹が呼び出した怪鳥が一瞬の内に肉塊にされ、その声聞力が紫陽の元へと吸収されてしまう。

「まさか、私の声聞力すらも自分の糧にしてしまうなんて……」

「俺を殺すタイミングが一足遅かったな? 残念だ」

 見事に復活を遂げた紫陽が勝ち誇った笑みを、驚く夜鷹や櫻真たちへと向けてきた。

 その姿を見て、櫻真たちは愕然とした。

 今の紫陽はもはやこれまでの紫陽と異なっている。今の自分たちの前にいる紫陽は、紫陽の思念を形にしただけの怪物だ。

「ーー残念なのは君もやない?」

 桔梗の冷ややかな言葉が紫陽へと飛ばされると、紫陽の足元に術式が展開される。

 紫陽の動きを封じ、紫陽に取り憑いた邪鬼を祓う。そしてーー、

「君が君として転生していた細工。それを破壊させて貰うからね」

 桔梗がそう言って、蓮条、瑠璃嬢、儚と共に三つの術式を発動させる。

 一つ目の紫陽の動きを止める術式を瑠璃嬢が。

 二つ目の邪鬼を祓う術式を蓮条が。

 三つ目の阿頼耶識(あらやしき)の種子を飛翔させていた術式を桔梗と儚が破壊する。

 同時展開された術式が一つとなって、紫陽の身に降り掛かった。

「君が恐れていたのは、祓う力に特化した祝部の血やろ? だから一番厄介な菖蒲ちゃんを吹き飛ばしたんやろうけど……僕らの事を見縊られても困るね?」

 桔梗が九字を唱えつつ、五芒星を描く。

 すると四人の術式内に閉じ込められた紫陽の身に、無数の五芒星が刻まれた。

 刻まれた五芒星が光を放つのと同時に、紫陽の身体に亀裂が生じ始め、目や鼻、口からは血が流れ始める。

 邪鬼が浄化の力によって苦しみ、悶え始める。その苦しみは当然、紫陽にも反映される。

 紫陽は痛みで叫び声をあげる。

 それでも桔梗たちが術を組む手を緩めることはない。紫陽と一体化している邪鬼を祓うまで、紫陽が完成させた術【輪廻種】の術式を破壊するまでは。

 しかしそんな桔梗たちの術式に揺らぎが生じ始めた。

「僕を、俺を、私をーー舐めるのも大概にしろぉおおおおおおおおお!」

 身体を引き裂く様な痛みに襲われていた紫陽が叫ぶ。

 千年近く、己の夢を叶えるために現実を彷徨っていた男が叫ぶ。

 その瞬間に紫陽へと注がれる四人の声聞力が、紫陽の声聞力と邪鬼が放つ強い瘴気によって押し戻され始めたのだ。

「嘘でしょう? マジで、コイツの執着が強すぎるでしょ?」

「確かに。執着心とガッツだけで言うなら、さっき見た櫻花にも匹敵するかもね」

「そんな呑気な事を言うてる場合ちゃうやろ? 何とかして押し戻さんと!」

 瑠璃嬢と桔梗の言葉に蓮条が突っ込む。

 しかしその間にもどんどん四人の声聞力が紫陽に押し戻されていく。

「本当に䰠宮の術者共は自信家が多くて困る。お前らが影も形もない頃から、術を磨き続けていた俺に勝てると思っているのか? ふざけるのも大概にしろ。俺は幾万の成功と失敗を繰り返し、それら全てを身に刻んできたんだぞ? その俺に虫ケラのお前らが幾ら集まろうが、勝てるわけないだろうが!」

 紫陽が怒りを爆発させた瞬間に、一気に四人の声聞力が押し戻された。押し戻された声聞力は逆流し、四人の身体にダメージを与えてきた。

 捕縛の術を掛けていた瑠璃嬢の体は不自由になり、浄化しようとしていた蓮条には、浄化の力が反転し、瘴気となって蓮条を襲う。

 そして術式を破壊しようとしていた桔梗と儚は、全身の骨が粉々に粉砕される。

 使用する術式が大きければ大きいほど、それが跳ね返された時の反動は大きい。普通に考えれば、それらの傷を直ぐに治癒することは難しい。

 しかしその状況を藤の声聞力を受けた魅殊が覆す。

いつもは持っている筆ではなく、身の丈と等しい大きさの筆を取り出し【夢】と書く。

「この術は一時的。この術の効果が切れる前に四人と術の縁を斬って。魑衛」

「無論だ!」

 魅殊の言葉に応じるのと同時に、魑衛が桔梗たちと術式の縁を斬り捨てる。

 そのため魅殊の術式の効力が消えても、術式の反動が四人に及ぶことはない。

「良かった」

 状況を終始見ていた櫻真と魁が胸を撫で下ろし、四人の元へと近づいた。

 蓮条たちは初手の反動によって、意識が混濁している様子だ。

 櫻真はその蓮条たちを従鬼たちと共に端へと運び、結界を張る。その間にも隆盛と彩香が紫陽と対峙していた。

 隆盛が炎を纏った拳を紫陽へと突き出し、彩香が水の龍を突撃させている。

 夜鷹は先ほど負傷した佳の治癒に当たっていた。

「ーー回復に時間が掛かってしもうて、悪かった」

 結界を張り終えた櫻真に言葉を掛けてきたのは、初めに紫陽から攻撃を受けた菖蒲だ。

「いえ、謝ることはないです。それこそ菖蒲さんの方は動いても平気なんですか?」

「見ての通り、大丈夫や。時間を貰えたからな。損傷した箇所もほぼ治せたし、服もある程度は修繕できとる。それにしても……また、さっきよりもパワーアップしとる感じやな」

 菖蒲が隆盛と彩香の攻撃を容易く防いでいる紫陽に目を細めさせる。

「桔梗さんたちが、抑え込もうとしはったんですけど、その術すらも押し戻してしもうて」

「そうか。つまり力付くの技では奴を無効化することはできへんって事やな? つまり奴の戦意を挫く必要があるわけか」

「そしたら精神干渉系の術の方が効果あるって事ですか?」

「恐らくな。ただ僕らの中で精神干渉が一番得意なのは桔梗や。その桔梗がまだ動けない状態やとすると、別の方法を考える必要がある」

「別の方法……」

 呟きながら櫻真は思考を巡らせた。

 力技で当たっても紫陽の意思は強固となり、その意志が力となってしまう。

 ならば紫陽の魂に精神干渉を行い弱体化させる手法を取るべきだろう。

 けれど生半可な精神干渉では、それこそ紫陽の方に飲まれてしまう危険性があるのだ。

とはいえ今の紫陽を止めなくても、櫻真たちが死ぬことになるのは確定だろう。

(どうすれば、ええやろ?)

 じっくり思案している状況でない。けれどただ闇雲に突っ走っても意味はない。

 佳の治癒を終えた夜鷹が隆盛たちに混じり、紫陽へと辛辣な言葉と共に攻撃を開始している。隆盛たちも何とかギリギリの所で粘ってくれているが、それに甘んじて時間を費やすわけにもいかない。むしろ桔梗たちや隆盛たちが頑張ってくれているからこそ、自分は紫陽を倒す一手を考えなければいけない。

 櫻真は焦れる気持ちを抑えるため、一度息を吐く。

 するとそんな櫻真の耳元に、

『櫻真!』

 と結界内に避難させた桜鬼の声が聞こえてきた。

 結界内にいる桜鬼が霊的交感を使い、櫻真へと話し掛けてきたのだ。

『桜鬼、意識が戻りはったんやな! 良かった!』

 桜鬼が意識を取り戻したことに、櫻真は不幸中の幸いとばかりに喜び、安堵する。

 それから櫻真は意識を失っていた桜鬼に、これまでの事を話す。

『分かった。……櫻真、一つ頼みがあるのじゃが、聞いて貰っても良いか?』

『うん、ええよ。何?』

『妾を櫻真と一緒に戦わせてくれまいか?』

 決意の籠った桜鬼の言葉。その言葉には、ただ目の前の脅威を倒すという目的以外の意思を感じ、櫻真はその真意を桜鬼へと尋ねる。

『それは、神宮寺紫陽の暴走に桜鬼が関わってはるからなん?』

『大まかに言うとそうじゃ。けれど、そればかりではない。奴は妾と櫻真でしか倒せぬ、と妾は直感的に思っておる。他の誰でもない妾たちでなければ。そしてそれは恐らく対峙する事になる者――櫻花を倒す事にも繋がるとも』

『分かった、桜鬼。一緒に戦いはろう』

 桜鬼の言葉に櫻真も決意を持って頷き返すと、菖蒲の方へ顔を向けた。

「菖蒲さん、俺と魄月花の契約を解除しはってください。これから俺は桜鬼と戦います。それから奴が弱った時の準備も」

 櫻真は菖蒲に対してそう言うと、桜鬼を避難させた結界の入り口を開く。

 それと同時に菖蒲が詠唱し、魄月花もそれに応じる詠唱を唱える。魄月花が詠唱を唱え終えると、今度は契約した時とは逆に左手で櫻真の額に添え、詠唱を唱え始めた。

「ーーこれで、仮契約は失効な。……いやぁ、二つ目の供給源が無くなるのは惜しいなぁ〜」

 魄月花がいつもの調子で明るく冗談を飛ばしてくる。

「魄月花め、己の主の声聞力だけでは飽き足らず、櫻真の声聞力にも味をしめるとは……少し見ぬ間に業突く張りになったものよ」

 結界から出てきた桜鬼が魄月花の冗談に反応を示す。

「何言ってんだ、桜鬼? 私は元来弩級の蟒蛇(うわばみ)だぞ? 飲める量が多ければ多いほど嬉しいに決まってんだろ?」

「だとしても業突く張りには変わらぬ。櫻真と繋がれるのは妾だけじゃ」

「ったく。さっきまでのメソメソ泣いてた潮らしさはどうした? 結界内に置いてきたか?」

 片目を眇めた魄月花に、桜鬼が肩を竦め、苦笑を零してきた。

「ふふ、そうかもしれぬのう」

 魄月花に返事をした桜鬼が櫻真の方へと視線を向けて、笑みを浮かべてきた。

「櫻真。妾は櫻真にちゃんと云いたい事がある。故に櫻真を絶対に守る。だから櫻真も妾を守って欲しい」

「もちろん。むしろ桜鬼に言われる前からそのつもりやから」

 桜鬼の言葉に櫻真が頷き返す。

 頷きながら櫻真は霊扇を取り出し、隣に立つ桜鬼が刀を取り出した。

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