気に揉む案件
「あの様子じゃあ、夜鷹を説得させられてねぇな」
「うん、俺もそう思う」
一限目を終えた休み時間。
佳は同じクラスである隆盛と話していた。隆盛も夜鷹との話し合いに手応えを感じることができず、少しモヤモヤとしている様子だ。
恐らく自分たちの言葉では夜鷹たちを止められない、無力感を味わってしまったからだろう。
そんな佳と隆盛の周りで話されているのは、やはり救急車で運び込まれた櫻真の事であり、そして何故か千咲の席の周りに人集りができていた。
彼女の周りにいる生徒が頻りに「千咲ちゃんも䰠宮君の事、心配やろ?」「連絡はしてみた?」などという言葉を交わしている。
一瞬、その光景に佳は首を傾げさせた。
普段から櫻真と仲の良い雨宮や紅葉に話しているのなら分かる。しかし千咲は個人的に櫻真に連絡を取るほど、仲良かったイメージが佳にはなかった。
勿論、櫻真の交友関係を把握しているわけではないから、知らぬ間に仲良くなっていたというのもあり得る話だ。
佳がふとそんな事を考えていると、
「はぁ。䰠宮より俺の方が倒れてぇーわ」
佳の近くの席に座る帝が両手で頭を抱えながら、盛大な溜息を吐いている。
そんな帝の大きな呟きに、隆盛が片目を眇めながら反応する。
「平松、朝からなに馬鹿な事を言ってんだよ?」
「あーー、お前らは昨日、早々に学校から帰ってたもんなぁーー。あの超最悪バッドニュースを聞いてねぇーんだな」
机に頭を乗せる帝が項垂れながら、意味深な発言をしてきた。
(超最悪バッドニュース……)
「どんなニュースだよ?」
少し口を閉口していた佳の代わりに、けろりとした表情の隆盛が尋ねる。
するとそんな隆盛の言葉に対して、帝が盛大な溜息で返してきた。
「祥と䰠宮……付き合ったんだと」
溜息の後に答えた帝は、机の上に顔を伏せている。絶対にその体制、苦しいだろ。と言いたくなる程の体制だ。そして案の定、帝はすぐに顔を上げて、佳たちの方へ顔を向けてきた。
「なぁ、世の中って不公平じゃね?」
「まぁ、人生なんて殆ど辛いことが多いからなぁ」
「いや、でも辛すぎだって。俺さ、こう見えて祥を夏休みにプールに誘ったりしてたんだぜ? それこそ、柄にもなく恋愛映画とかにも誘ったし。頑張ったんだよ。それなのに、それなのに、䰠宮に取られて……うぅ、つれぇ。何でこの世に顔の良し悪しという概念が存在するわけ? マジで納得出来ないんですけど! むしろそんなの撤廃すべき!」
半泣きで持論を主張する帝に対し、隆盛が呆れた表情を浮かべている。
「祥が䰠宮と付き合ったくらいで大袈裟だな〜。そんな嘆くことねぇーよ。俺の知り合いのじいさんが言ってたぜ? 人類の半分は女だって。だからその内、平松に合う女子が出てくるって」
「お子さまの最上に言われたくねぇーよ! てか、お前の知り合いの爺さん、深い事を言ってるように見せかけて、普通の事しか言ってないからなっ!」
帝が隆盛にそう反論しながら、憂さを晴らすかのようにギャアギャアと騒ぎ始める。
そんな帝と隆盛を他所に佳は空席となっている紅葉の席を見た。
今日、紅葉は体調不良で学校を休んでいる。
しかし佳が昨日最後に紅葉を見たとき、体調が悪そうな感じはしなかった。そのため朝のホームルームで紅葉の休みを聞かされたとき、少し不思議に思ったのだ。
けれど紅葉が仮病を使うとは思えず、佳はすぐにその疑問を頭の中で払拭していた。
だがさっきの帝の話を聞いてしまった以上、紅葉が学校を休んだ理由が分かってしまった。
(䰠宮が祥と付き合ったのがショックで……千高は……)
もちろん紅葉が櫻真を好きだろうと、櫻真がそれに応える義理はないことは分かる。
しかしそれでも。
学校を休んでしまう程の傷ついた紅葉の姿を考えると、佳は瞬く間に落ち着かない気持ちになってしまった。
紅葉が櫻真を好きなことは誰が見ても分かっただろう。
それは紅葉が自分の気持ちを変に隠したりせず、ちゃんと櫻真や自分の気持ちと向き合っていたからだ。そう、佳はきっとそんな紅葉の直向きさに惹かれたのだ。
櫻真は女子の中で人気だ。だからこそそんな櫻真の近くにいて、好意を隠さない紅葉をよく思っていない女子はいただろう。
しかしそれでも紅葉は、自分の気持ちに蓋をせず向き合っている。
佳はそんな紅葉を凄く魅力的に思っていた。自分もあんな風になりたいとすら思った。だからこそ……。
「住吉。俺、ちょっと学校を早退するわ」
帝とプロレス紛いの取っ組み合いを始めていた隆盛に、佳が淡々とした口調で告げる。
「えっ? 祝部、お前もいきなりどうした?」
まさかの佳の行動に、隆盛が目を丸くさせる。そしてそんな隆盛の横にいる帝も「えっ、マジで?」という表情を浮かべていた。
そんな二人の驚きように佳は微苦笑を浮かべた。
「俺も少しくらい男を上げへんと」
そう言って佳は鞄を手に持つと、そのまま教室を後にした。
蓮条が病院から戻ったのは、夕方近くになってからだった。
お昼に入る辺りで、眠っていた櫻真が目を覚まし、それから連絡を入れた儚たちが桔梗に連れられてやってきたのだ。
目を覚ました櫻真は、倒れた時の詳しい状況を語りはしなかった。
ただ『学校に着いてから、すぐに気持ち悪くなってトイレに駆け込んだ』と簡素に纏めた話を口にしただけだ。
そう話した櫻真の顔には何処か苦々しいものが混ざっており、沈んでいた。
「アレは色々と重症やね」
溜息混じりにそう呟いたのは、実家の居間にあるソファに腰を降ろす桔梗だった。
桜子と浅葱よりも先に病院から実家へと戻ってきた蓮条たちは居間に集まっていた。
そしてそんな桔梗の呟きに、誰しもが同意する様な空気だ。櫻真の話を聞きたい気持ちもあれば、今は踏み込んではいけない、という躊躇いが各々に見えた。
「そういえば、どうして菖蒲さんは来られへんかったんですか?」
この場に居ない菖蒲の姿に、蓮条が後から来た組の顔を見て尋ねる。するとその蓮条の言葉にも溜息を吐いたのは桔梗だ。
「菖蒲ちゃんも、櫻真君の事で悶々と考え込んではるみたいなんよ。いつもは割と能天気に人を引っ張ってくる癖にね」
「強引にでも、引っ張ってくれば良かったんじゃない?」
苦笑を零した桔梗に瑠璃嬢が嘴を容れる。だがそんな瑠璃嬢の言葉に桔梗がすぐに首を横に振ってきた。
「菖蒲ちゃんが頑固なのは知ってはるやろ? 物思いに更けさせる時間なしに連れ出しても、彼は納得せんよ。むしろ失敗に終わるだけやから。なら少し時間を与えてから引っ張る方がええよ」
「引っ張ってく点に変更はないんやな」
桔梗の言葉に蓮条がツッコミを入れると、桔梗が肩を竦めてきた。
「当然。今の菖蒲ちゃんは可笑しな決意を固めてはるからね。それに僕も散々菖蒲ちゃんにはお説教をされてきたんやから、今回くらい僕がお説教する側にならへんとね」
「菖蒲の気が変わったら?」
「そしたら僕が説教するタイミングを失うだけやない? とはいえ、今回の件に関して菖蒲ちゃんが自力で持ち上がれるとは思わへんよ」
瑠璃嬢から飛んだ質問に桔梗が軽い調子で答えてきた。
この中で菖蒲と付き合いが長いのは桔梗だ。
そんな桔梗が断言するのだから、恐らくそうなのだろう。
「……それにしても御当主の動転振りにも驚いたわね」
話を切り替えるように呟いたのは鬼兎火だ。
桔梗たちがやってくる前。それこそ櫻真が眠っている間。浅葱は凄い勢いで陰陽院への怒りを露わにしていた。櫻真に用意した部屋が個室で良かった、と思うほどに。
櫻真が倒れたのも、陰陽院の連中が姑息な手を使ったに違いない! と断言し息巻いていたのだ。だから浅葱の気持ちを静めるためにと、浅葱が口にした可能性も無いとは言い切れないため、蓮条と鬼兎火で入念に櫻真の身体を調べたのだ。
幸い、櫻真には何の術式は掛けられておらず、蓮条たちは胸を撫で下ろした。
けれど浅葱の怒りは静まらず、
『このまま櫻の気持ちが晴れへんかったら、僕が奴らの社会的地位を抹消したる。絶対にこの国に居られへんようにしたるわ』
などと不穏極まりないことを口にしていた。
その事を蓮条たちが話すと、桔梗が呆れた様子で口を開いてきた。
「浅葱さんが言うと洒落にならへんね。持ってる権力が大きいだけに。浅葱さんに息を掛けられたお偉いさんたちが頭を悩ますやろうし。……むしろ、あそこの中学に通わせる親、モンスターペアレンツタイプの人が多くない? 先生たちもさぞビクビクやろうね。可哀想に」
何かの記憶を掘り起こす桔梗が眉間を指で軽く揉んでいる。
「確かに浅葱さんは、櫻真と蓮条が学校でトラブルに巻き込まれたりしたら、血眼になって怒りそう。ーー少し考えただけでも、恥ずかし過ぎるけど」
「瑠璃嬢、そこは言わんといて。ホンマに洒落にならへんから」
桔梗に続いた瑠璃嬢の言葉に、蓮条は気を重くさせた。




