4話 赤髪の少女
ーーーーーーーん? ここは……?
視界には生い茂る緑と滑り台。いつの間にか、知らない公園に1人で立っていた。他に人はおらず、あまり人気のn無い公園なのだと伺える。
日の出方からして恐らく午前中だろう。アイボーンには時間が分かるような機能が付いておらず、日の出方から読み取るしか無いことに不満を感じながら、空を見て目を細める。久しぶりに太陽の日を浴びたせいかとても眩しく感じた。
「帰ってきたか」
突然、ポケットからバイブ音がなりだす。鳴っているのは例のアイボーンだと気づき、慌てて取り出すと、画面には応答の文字があり、それを押すと聞き慣れた声が聞こえてきた。
『アイボーンが触れるって事は、無事そっちに着いたみたいね』
「あぁそんな気がするけど、ここどこだ? そもそも誰に粉かければいいんだ?」
『どこって言われても、今回のターゲットの近くって事しか私にも分からないわよ。ターゲットの場所に関してはアイボーンの地図を見ればわかるから、それを見てそこから移動して』
「了解」と、一言電話越しに告げる。
バイトすらしたことが無い俺は、初めて働くという感覚を肌で感じる。緊張感がある中、指示された通りアイボーンの地図アプリのようなものを開く。そこには、自分の所在地と、その他に点がひとつマーキングされている。
「この点の場所にターゲットがいるのか」
アイボーンを凝視しながら、ここからそう遠くもなさそうなその場所に向かうため、俺は歩き出す。
「なんか飛べたりしねーのかなぁ、翼生やして飛んで仕事すれば天使っぽいのに」
そんな理想を思い浮かべながら、のんびりと地図を頼りに歩いていく。地図には地名が載っておらず、大体の位置だけ記された簡易的な物のため、自分が何県に居るのかすら分からない。
「痛てっ」
足元をみると、小学生なら蹴飛ばして遊ぶくらいの小さな石ころが転がっている。足をその石にぶつけて躓いたのだが、石はびくともしていない。物を動かせないってのはそういう事か。
「こりゃ足元注意だな」
20分ほど歩いただろうか、今まで何人かのおじいちゃんおばあちゃんとすれ違っているが、挨拶をして返事が返ってきた回数はゼロだ。試しに肩もみをしてみたが、硬すぎて揉めなかった。
この辺りは住宅街で自然が少なく、都会までとは言わないが、田舎でもない。微かに流れる風に吹かれながら、俺はまだ少し胸にある不安を押し殺しながら進んだ。
そろそろ疲れを感じた頃、目印の近くに到着した。そこにあったのは、中学校だった。
「中学生か? それとも教師か?」
既に閉まっている校門を乗り越え、中に入っていく。格好もさながら、傍から見たらこの行動は完全に不審者である。こんな経験は生前したことが無かったため、少し後ろめたさを感じるが、こんな事をしても誰にも見られないという優越感も正直ある。
校舎に取り付けられた時計はあと少しで10時50分になる頃だ。
自分が通っていた中学校と、さほど変わらない風景だ。校庭にはサッカーゴールが置かれており、隅には鶏が飼われている様な小屋が見えた。懐かしさを感じる中学校の風景を目にし、ふと俺は、自分が中学の頃を思い出す。
中学の頃、俺は部活には入っておらず、友達も居なかったため、学校で授業を受けること以外特にやることは無かった。ただでさえ人付き合いを避けていた俺にとって、学校なんて場所は息苦しくてしょうがなかった。
朝起きて弁当を作り、朝ごはんを食べず家をでて、学校に行き、授業を受け、特に誰かと話すわけでもない休み時間を過ごし、1人で帰宅して、自分より帰りの遅い母の帰りを待ち、母と共に夜ご飯を食べたあと、風呂に入り寝る。
悲しくはなかった。平気だった。楽しかったかと言われれば難しいが、それでも、この背中の粉をかけてもらうほどではなかったはずだ。
小学校低学年ぐらいの時は、友達も多く、楽しい日々を送っていた気がする。それなのに何故、中高では1人を好んで生活していたのか。
答えは分かっている。
人間が怖くなったから。
そう思うようになった原因は、父親の死と直結している。頭の中で俺は自分の父について思い出す。
父さんが死んだのは、俺が小学四年生の時だ。
微かに窓越しに蝉の声が聞こえる、夏の夜だった。年に1回、その日になると、家の窓から花火が見える。近所の河川敷で祭りがあるのだ。母さんはいつも、この日は祭りの手伝いで家を出ており、父さんは「男2人で過ごすのも悪くないだろ?」と、毎年のように髪をクシャクシャと撫でてきた記憶がある。
父さんも俺も人混みが苦手で、祭りに行くのは一瞬だけ。たませんやフランクフルトを買って帰り、毎年家から花火を見ていた。
父さんと並んで花火を眺めていた時、背後に気配を感じた。玄関のドアが空いた音は、花火の音でかき消され、いつの間にか背後に居たのはマスクをした男だった。
俺の悲鳴に反応し、父さんは咄嗟に振り向き男を目視したものの、時は既に遅かった。気づいた時には、父さんの背中に包丁が刺さって、
ーーーーーーん……?
嫌な記憶を呼び覚ます中、あることに気づく。
「刺さった・・・・・んだよな?」
「あれ、なんであの時俺は無事だったんだっけ」
「なんで……」
フランクフルトを食べていた。オレンジと緑の花火がいちばん綺麗だった。祭りの騒ぎ具合を狙った空き巣だった。父さんの葬式に行った。泣いている母さんを見るのが辛かった。
ちゃんと覚えてる。
だが、父さんが刺された瞬間も曖昧で、何より、どうして自分が助かったのか、それが俺の記憶から消えていた。 その記憶だけがすっぽりと抜けていて、そこには穴が残っている。俺が死ぬまで、たしかに頭に入っていたはずの記憶。それが何故か消えている。
「なんで、思い出せないんだ。そんでもって何なんだこの違和感は」
父の事を思い出す度感じる違和感。それよりもまず、何故か消えてしまった記憶。
「まあ、とりあえず仕事しないとな。忘れちまったんだ。わかんない事は、後でフィロに聞けばいい」
俺は本来の目的に沿って行動を開始する。
父が死んだ瞬間の記憶など、思い出したくない記憶だ。忘れてしまって良かっただろう。だが、俺が助かった理由。あの時、何があったのか。大事な事な気がして仕方がないが、その感情を無理やり抑え込み、俺は歩みを進めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アイボーンを操作していると、その人間の詳細を見る事ができた。女性、中学3年生。名前は古田 千恵。
便利だなぁと、顔写真までついたそのプロフィールに目を通しながら、校舎の入口に差し掛かったその時だった。
「え……?」
視線を感じ振り返ると、目の前に1人の少女が立っていた。
「あなたがかたやまかえで、ですか?」
そう呟いた少女は無表情ではあるが整った顔立ちをしており、肩に少し掛かるくらいの長さの髪の毛を、風の力で靡かないよう抑えている。ここの中学生だろうか、しかし、制服は来ていないし、何より綺麗な赤髪だ。
演劇で貴族が着てそうな服を身に纏った少女。首にカメラをかけているのがよく目立つ。そんな少女は、俺の方を向いたまま首を傾げている。
そんな少女に目の前で名前を呼ばれるだけでも、生きていた頃では体験できなかった事である為、感激と感動で気持ちが溢れるはずなのだが、今は違う。
ーーーーーー話が違げえな
周りの人から俺の姿は見えない。そう、フィロは言ったはずだ。それに、ここに来る道ですれ違った人は挨拶をしているのにも関わらず、挨拶を返さなかったし、目すら合う事は無かった。
本当に俺はこの世の生き物からは認識されていない。つまり、この場で少女が俺に話しかけてくることなど有り得ない。
さらに、彼女は俺の名前を知っている。ならば残された答えはひとつ。目の前の少女は、
ーーーーーーあっちの世界の住人だな
だとすると、この状況はかなり不味い。もし、目の前の少女が天使で、俺の事を人間だと認識したのであれば、この状況は少女にとって見逃す事の出来ない状況であるはずだ。
「なんで俺の名前を知ってる?」
女子と話すスキルは、ローズベルクで習得済みだ。前までの女子と話す時オドオドしてしまう俺とは違う。だからこんな美少女を前に、冷静に質問を投げかける事が出来た。
それを聞き、クスッと笑った彼女の笑顔を見て、不覚にもドキッとしてしまい、少女から目をそらす。
「エフィルロ、何も伝えてないのですね 」
少女の呆れた顔と言葉を目と耳で確認すると、大体の状況が掴めてきた俺は安堵で思わずほっと一息つく。そして、彼女に状況の説明を求める。
「んー、とりあえず、私の名前はエルシオ。エフィルロに頼まれて、ここに居るのです。あ、こう見えても天使ですよ?」
そう名乗った天使エルシオはここに来ることになった経緯を語り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二十分後。
「と、言うことで、エフィルロに無理やり、そしてこんな事になってしまったのです。人間と2人なんて嫌なのです……エフィルロめ。 天罰を与えてやるのです」
とりあえず、嫌々これに付き合わされている事、人間があまり好きではないこと、天使の口から天罰という言葉が出ると妙に信ぴょう性が増すという事が分かり、少し肩身が狭くなる。
「あ、あぁ、よく分かった」
ですですうるさい口調と、無駄に覚えにくくて紛らわしい天使のネーミングセンスはさておき、エルシオはフィロの仲間だそうだ。フィロが上司でエルシオが部下のようなもので、立場上、エルシオはフィロにこき使われているらしい。
今回、俺がこっちの世界に来ることがどうしても心配になったフィロは、自分で俺に仕事の仕方を教えるのは面倒だと感じ、部下のエルシオに俺の事を見守ってこいと頼んだ。と言う経緯だそうだ。
「何でよりによって人間の相手なんて。さっさと終わらせるのです」
いつの間にかイライラの矢先がフィロではなくなり、俺が悪態をつかれている気がするが、まあそんな事は良いだろう。さっさと終わらせたい気持ちは俺も同じだ。先に進むため、背を向けた俺の背負った壺を見たエルシオは、驚いたように俺に質問を投げかける。
「その壺、エフィルロがあなたに渡したのですか?」
質問の意図が分からず、ぱっとしないまま「そうだけど」と答える。
「わざわざ全部渡さなくても、必要な分だけ持たせる方が安全なのです」
「そんなに重要な代物なのか?これ」
「そりゃそうなのです」
当たり前だろ、と言ったニュアンスで答えるエルシオに少しイラつきながらも、この粉で人の幸せを左右出来るのであれば、確かにそうだなと思わざるを得ない。
エルシオは、俺の隣をトコトコと頑張って歩幅を合わせて歩いている。「なんて可愛い生き物なんだろう」と言いたいところだが、実際は違う。エルシオは、俺が歩く後ろを着いてくる。が、少し後ろというわけでもなく、俺の20mほど後ろだ。
後ろを振り返ると、急に止まった俺を見て、少しばかりつまづきそうになりながら、エルシオもピタッと止まる。
「おーい! なんでそんな後ろ着いてくるんだよ!」
「私は見守るのが仕事なので。 それに、あなたの隣歩いててカップルだと勘違いされるのだけは避けたいので」
ーーーーーーこの野郎、誰にも見えてねえだろうが。
その時アイボーンに、フィロからエルシオの事が今頃メールで送られてきたことなどには気が付かず、俺達は徐々にターゲットに近づいていく。後ろの方でエルシオが、首から下げたカメラで校内の写真を撮る姿が目に入る。
「カメラなんて、天界にもあるんだな」
歩いて近づいてくる俺から離れようとする素振りは見せたが、諦めたように問いに答える。
「かめら? これはカメラと言うのですか。知らなかったのです」
「そうか」と頷き、俺は進んだ先にある階段を登ろうとするが、エルシオまじまじとカメラを見つめながら、「これは、かめら」と呟きながら立ち止まっている。
「なあ、人間嫌いか?」
「そりゃあ、嫌いなのです」
出会った時から感じていた人間に対しての嫌悪感について、もしこれからも一緒に行動するのであれば、聞いておきたいと思った。元々天使と人間なんて仲良くなれるとは思えないが、フィロとエルシオでは、人間に対する態度がまるで違っている。
だが、俺にとって、誰かに避けられたり嫌われたりすることは中学からはよくあることで、その気持ちに対しての向き合い方も習得しているつもりだ。
それ相応の理由があるのであれば、こっちも必要最低限の関わり方で行動していけばいい。
しかし、今回この質問をしたのには別の理由もある。
ーーーーーー嘘をつくのが下手なんだなあ、この子は。
そんな事を思いつつ、俺は先に進む。まだ出会ったばかりの天使を後ろに引き連れながら。




