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翼のない俺たちに幸せの粉を‼︎  作者: 織部りお
第3章 初恋が魅せたもの

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38話 幸せ者


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「エルシオさん、大丈夫ですか?」


「なんとか大丈夫なのです。それより、来ないのではなかったのですか?」


 「なんとか」とつけて話したエルシオさんではあるが、体には傷1つ付いていないように思える。

 第二部隊隊長だったのはかなり前の話だ。それでいて、ミカエル相手にここまで戦えているのを見ると、現第二部隊隊長の僕とは比べ物にならないほどの強さだと実感できる。

 いや、僕にはもう、その肩書きは無い。それだけのことをした。天界騎士団団長の相手を手助けしたのだ。もう、あの場所には戻れない。戻るつもりもない。

 でも、悔いはない。僕は、悔いを残さないためにここへ来たのだ。

 

「優しい天使になるために。ですよ」


 エルシオさんは、僕の言葉に首を傾げつつも、何かを悟ったように頷いた。


「まあ、なんにせよ助かったのです。もう少し早くシルエトの魔法が解けていれば、私たちは負けていたはずなのです」


 あんなにも明るく感じたこの草原は、炎天の剣と星剣の輝きが無くなった途端に、本来の夜の暗がりを取り戻した。

 エフィルロさんとかえちゃんがこちらへ向かってくる。かなり緊迫した状況であったのにも関わらず、嵐が去った後の、太陽までとはいかないが、窓から差し込む日差しくらいには、明るい笑顔を僕に見せている。


「ほら、もう帰るわよ。ここにいては危険もいいとこだわ」


 エフィルロさんはそう言って、ゲートを開いた。


「エフィルロさん、実はお願いしたいことが……」


「さっき楓から聞いたわ。本当は天使の私情を挟みたくはないんだけど、シルエトの魔法に助けられたことに免じて、今回はお願いを聞いてあげる。セナちゃんの面接は任せて」


 エフィルロさんは僕の前に親指を立てた手を向けた。その意味はきっとグッドだ。

 ミカエルとウリエルが去っていった時よりも、暖かく重い安堵感が僕の心を包んだ。よかった。これでセナは地獄に落ちることはない。

 喜ばしいことではあるが、少しだけ引っかかるものがある。その正体はわかっている。地獄に落ちないのはセナだけだ。他の人間は、変わらず地獄に落ち続ける。

 それでいいのだろうか。

 今の天界に対しての疑念や不満はを抱えつつ、僕もゲートを開く。


「本当にありがとうございます。では、僕はこれで……」


「どこに行くのですか」


 ゲートに入ろうとした矢先、エルシオさんが僕の服の裾を掴んできた。

 胸ぐらを掴まれた時とは違い、その手からは怒りの感情を感じない。


「どこにって……帰るんですよ」


 エルシオさんに続いて、エフィルロさんも僕に声をかける。


「帰ってどうするのよ。そもそも、あなたの帰る場所はまだあるの?」


 エフィルロさんの言うとおりだ。反逆の罪は重い。家に帰ったとしても、すぐに捕まるだろう。あまり深くは考えていなかったが、このまま逃げ続ける生活になるのは間違いない。


「無い……ですけど」


「シルエトが入るのはこっちのゲート。ローズベルクに帰るわよ」


「いや、でも……」


「人間を匿ってるのよ? 今更天使が1人や2人増えたって変わらないわ。それに、姿を消せる魔法で、これからも私たちを守る使命があなたにはあるわ」


 エフィルロさんは呆れた顔でそう言った。そんな使命が与えられた記憶はないが、エフィルロさんが消したのだろうか。

 そして、それを聞いたかえちゃんも、僕の背中を押してくれる。


「まあ……そういうことらしいぜ」


 言葉とは裏腹に、かえちゃんの表情は少し悲しそうだ。エフィルロさんの発言に垣間見れた、このチームのお荷物感にやられたのだろうか。

 暖かい、まるで太陽のように。僕はそう感じた。

 

「ちゃんとついてくるのよ〜」


 そう言ったエフィルロさんを先頭に、エルシオさん、そして、かえちゃんの順でゲートへ飛び込んでいく。


 最近は涙腺が緩くなっているのだろうか。いつ頬を伝うかわからない涙を堪えるため、僕は空を見上げた。

 その時だった。再び、背後から僕の服の裾を何者かが掴んだ。


 全く気配を感じなかった。これほどまでに気配を消せる天使を、僕は1人しか知らない。


「……どういうつもり?」


 振り向かずとも、誰かはわかる。何年も一緒に行動してきたのだ。

 徐々に閉まっていくゲートを見つめ、僕は振り向かず答えた。


「ごめん、もう一緒に仕事はできそうにない」


 裾を掴む指が力む。そして、震えている。


「バカじゃないの!? なんで、ほんとに……なんで……」


 響く罵声。当たり前だ。今の天界を裏切ることは、すなわち、天界騎士団であるセーリエを裏切ることに等しい。


 ゲートが縮んでいく。僕は行かなければいけない。

 それを察したのか、僕の裾を掴む指の力が少しずつ緩くなっていく。


「見逃してくれるのかい?」


「……仲間はまだ中で倒れてる。私1人じゃ、あんたには敵わない」


 そんなことはない。稽古でもいい勝負になっていた。お世辞でも謙遜でもなく、僕らはほぼ互角。

 それを、セーリエは理解しているはずだ。


「ありがとう。セーリエ」


 さらにゲートが縮む。そして、セーリエの指は僕の服から完全に離れた。

 離れたのはその指だけだろうか、もっと大事な、積み上げてきた何か。最後まで引き止めていてくれたそれを僕は手放して、先に進もうとしている。



「……たいちょ。次は何になるの?」



 ゲートに飛び込む直前、セーリエは震えた声でそう言った。

 僕は咄嗟に振り向く。そこには、見慣れた金髪のお団子が1つ。そして、潤んだ瞳が2つ。



「僕は、優しい天使になるよ」



 セーリエは、ほんの少しだけ笑った。



「なれるよ。シルエトなら」



 隊長になる前も、そんなことを言われた気がする。決して遠くない過去の話だが、とても前のことのように感じた。

 気配が消えた。僕が先にこの場から消えたのか、彼女が先に気配を消したのかはわからない。

 

 僕が次に彼女に会うときは、敵同士のはずだ。

 まだ実感は湧かないが、それは決して遠くない未来の話だ。


 今日は、いまだかつてないほど怒濤の1日だった。そんな1日の中で、僕が強く感じたこと。

 セナを筆頭に、エルシオさん、かえちゃん、エフィルロさんの顔が脳裏に浮かぶ。


ーーーーーー僕は……幸せ者だ。

 

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