1話 面接
頭がぼーっとする。
何かが離れていく。
その正体は分からない。
とても大切なもの。それが、離れていった気がした。
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薄暗く、気味の悪い場所に俺は居た。いつからだろうか、何も覚えていない。
椅子に座っているのは分かる。目の前にこちらを向いた椅子があるのも分かる。暗闇の中にポツリと置かれたその椅子は、暗くてよく見えないが、学校の教室に置いてあるようなパイプ椅子。特に変わった匂いもせず、何処なのかはさっぱりわからない。
ふと思い立ちポケットを探る、しかしいつもなら当然持っているだろうスマートフォンは見つからなかった。
「おーい!」
そう俺が叫んだ声は、暗闇の中を響き渡り、そして静かに消えていく。それほど大きな声は出していないはずだが、妙に響く。その響き方から、この場所がさほど広くはない部屋だと察する。
「な、何なんだよ」
少しづつ目が慣れていき、部屋の全貌が明らかになってくる。椅子から立ち上がり、ぐるりと周りを見渡す。
「ん?」
正方形の部屋の隅には、茶色い長机が2つ並べられていた。机上には紙が1枚置かれている。
何の変哲もないただの白い紙、ノートの1ページを切り取ったような紙だ。椅子から立ち上がり、机に近づく。
するとその紙には、たった1行、何かが書いてあるのが見えた。紙を手に取り、顔を近づけ目を凝らす。
『面接開始までお待ちください。』
「面接?」
そもそも今が何時なのか、なんの面接なのか、ここはどこなのか。何も分からない。分かることと言えば、自分が学校の制服を着ているということ、スマートフォンをどこかに落としたということ。そして、何やら面接が始まろうとしていることくらいだ。
ここに来た経緯をその場で立ち尽くしたまま考える。
しかし、何も思い出せない。いつものように起きて、学校に向かったはずだ。面接があるような自体に至った覚えはない。
「俺、なんかやばいバイトの面接でも受けちゃったんじゃないよなぁ」
自分の知らない間に、寝ぼけて何か悪事を働こうとしているのではとゾッとする。
一旦、落ち着いて現状を整理してみる。正方形の部屋だ。学校の教室と同じぐらいの広さだが、物が少ないせいか少し広く感じる。
そして、今何かの面接の待ち時間であることを、座っていた椅子の後ろに置かれた、机上の紙を見たことで知る。
「ドッキリか? さあ誰がこんなことを俺にって、 そんな事するような友達、俺にはいないか……はははは……はぁ」
誰もいない空間で自虐を披露し、苦笑いを繰り広げたはいいが、そろそろ本当に不安になってきた。
状況的に、拉致監禁の線も考えられる。こんな冴えない高校生を拉致した所で、何のメリットがあるか分からないが、それはそれで怖い。
さらに、追い打ちをかけるようにこの不安は増していく。頭の中を整理しているうちに、部屋になくてはならないものが無い事に気がついたのだ。
「俺は……どっから入ってきたんだ?」
扉がない。
ただでさえ知らない場所に居るのだ。不安や恐怖に襲われたとしても無理はない。だが、この部屋に開口部が無い所を見るともはや不安だけでは済ませない。
夏の登校とは違った汗を額から流し、これから自分はどうなってしまうのか、そう頭の中に問う度、今までとは桁違いの不安に駆られる。
密閉された部屋だ。
ーーーーーー酸素は?
呼吸はまだできてる。
ーーーーーー助けは来るのか?
そもそもドアや窓がないのだ。誰かが入ってこれるはずがない。
自問自答を繰り返す中、ある答えに結びつく。
「落ち着け俺。これは夢だ。現実じゃありえない」
深呼吸をして自身を落ち着かせ、あまりにも非現実的な部屋と状況を前に、現実逃避に近い願望を頭に押し付ける。
「まぁ、夢の中って言っても、面接は面接だな……始まるまで気長に待っ」
『コツッ』
夢だと判断して落ち着き、元々座っていた椅子に腰掛け、これから面接が始まるまで待つしかないと悟ったその時、突然背後から足跡が鳴り響く。
それと同時に、部屋に何処からともなく明かりが灯る。
「すみませーん。少し遅れてしまいました」
一体どこから入ってきたんだ。そんな疑問が生まれた事など、どうでも良くなってしまうような美声。
優しく、綺麗な透き通った声、きっと人は、これをエンジェルボイスと呼ぶ。
座っている俺の横を通り、目の前の椅子に座った1人の女性。
女子大生だろうか。まだ若く見える。しかし、服装はゲームの中以外では見慣れないような、透き通った青色の瞳。そして、白ベースの清楚感溢れる服装。例えるなら、天使だ。
清く美しい羽衣を身にまとった少女は、程よく潤う青色の瞳をこちらに向け、俺に笑みを浮かべる。
「えーっと、かたやまかえで君、高校2年生」
ーーーーーーなっ……
まさか、ただでさえ女友達が少なく、と言うか、そもそも友達が少なく……いや友達が居なく、周りがリア充している中でひとり教室の隅でスマホゲームしたりラノベ読んだりしてひたすら暇を潰していたような将来引きニートが約束されていたこの俺、片山楓が、こんな黒髪ロングストレート2重ぱっちり笑顔最高なJDに名前を呼ばれる日が来るなんて、誰が想像していただろうか。想像できるはずがない。
自分では、異世界に飛ばされて可愛いヒロインと共に冒険するなんて定番な話を想像してはいたが、面接という展開も悪くない。ここは夢の流れに乗っかって、この現状を楽しもうと心に誓う。
「あれ? ちがった? 片山楓くんだよね?」
眉を寄せ、困ったような表情で聞き直す少女。
ーーーーーかわいい……・・
口は開いたままで、驚きと感動に満たされた俺は首をブルブルと振り、すぐに自分を取り戻す。
「あ、え!えぇと、は、はい!そうです! 片山楓のはずです! 宜しくお願いしますっぅ!!」
ちゃんと挨拶出来たはずだ。うむ。悪くない。最初スタートダッシュをミスして途中で転んだ挙句、最後に語尾が気持ち悪くなってしまっただけだ。何の問題もない。
なんの面接なのかも知らないのにも関わらず、何故かよろしくしてしまった。そもそもこんなにも若い女の子が面接官と言うのも、夢の中ならではの展開だ。
だが、夢にしてはリアルすぎる目の前の女性に疑問を抱き、夢かどうか確かめるために、自分の頬を抓ってみた。痛みは来る。普通にくる。
ーーーーーー夢じゃ……ないのかよ
「そ、そう! なら良かった! じゃあ、今から面接を」
「あ、あの、今更で悪いんですけど、この面接っていったいなんの、そ、そんでもってここどこですか? 入口も出口も無いようですけど……」
最初の挨拶で若干引き気味の面接官は「何言っているの」と言わんばかりの目で答える。
「あれ? 裏、読んでないの?」
「う、裏?」
ふと思いたち、自分の後ろに並べられた机の方を向く、
「見てきたら?」
さっきまで緊張で足が震えていたコミュ障丸出しの俺は、不安定かつ不思議なステップで机のところへ向かう。
「うわっ、下に小さく裏面読んでって書いてある」
気づくはずもない小さな字。テストだったら裏面に気が付かず大量失点だ。紙を手に取り裏返す、すると表面よりも長い文でこう書かれていた。
『この度は、お亡くなりになったあなたの、来世のための面接を行います。詳しくは面接が開始次第お伝えしますので、どうぞよろしくお願いいたします。』
何度もその文を読み返したが、書いてある文は何度読んでも変わらない。
「こ、これは、どういう、し、死んだ……? 俺が?」
「そう、あなたは死んだ。そしてこれから、来世のための面接を行うの」
「そ、そんな、そんなこと信じられるか! ここから早く出してくれ! こんなの通報レベルだぞ!!」
「通報? あぁ人間界のケイサツ? だったっけ? そんなの無駄よ、だって私は、あ、申し遅れましたね、私の名前はエフィルロ。 面接官を担当している天使」
予想的中。なんてこと言っている場合では無い。
「天使? 馬鹿なこと言うなよ! 夢なんだよな? 痛みがあったって、夢なんだよな!?」
コミュ障も、危機的な状況下では存在を消せる。なんて事も言ってる場合では無い。こんな状況では流石にそのままではいられない。
死んだ後に天国や地獄に行くなんて事、趣味が漫画やアニメの俺にとって身近な情報ではあった。
だが、1度も信じたことはない。確かに、そんな世界があってもいいなと思ったりもするが、常識的に考えてそんな事はありえない。そう考えるのが一般的だ。もちろん俺は、その一般的な考え方の持ち主であり、故に、今の状況も信じられなかった。
「落ち着いて、もうあなたはあなたとして、人間界には帰れないの」
「落ち着けるわけないだろ!! いきなり訳の分からないところに居て、聞いてもいない面接が始まって! その上、俺は死んでるだって? ふざけるのもいい加減にしろよ!」
不安と恐怖に染められているはずの心情は、いつの間にか怒りに変わり彼女に罵声を飛ばす。頬を抓って痛みを感じると言うだけでは疑いは晴れない。夢に決まっている。
頭の片隅から、微かに顔を覗かせるここに来る前の記憶。自称天使の言うことを信じるに値する記憶のはずだが、俺の現実から目を背けたいという思いがその記憶に蓋をする。
「ふぅ……まあそうなるのも仕方ないわよね、夢ではないし、私は天使。 そうねえ、じゃあこれならどう?」
自分の事を天使と名乗った彼女の背から、絵本で見るような、綺麗な翼が生えてきた。
服の背中の穴の空いた部分から、ニョキニョキと折りたたんで収納されていたかのように伸びたその翼は、鳥が持っているものよりも色は白く、神々しく煌めいている。
そんな彼女は、童話や神話で言い告げられている天使そのものだった。美しく、きめ細かい、この翼がCGじゃないなんてこと、素人でもわかる。
「これ、生やすの結構コツいるんですよ。私は仕事の都合上、いつもしまってるんですよね。最近はその必要も無くなってたんですけど」
彼女は「混乱させてしまってますかね」と、目を瞑り指を鳴らす。途端に、彼女の背に翼は収められていく。
この場合、もしここに100人の人間を集めたとしたら、恐らく、満場一致で彼女は天使だと認めるだろう。いくら現代社会が発達していたとしても、こんなリアルに再現することは、不可能に近い。
だが、俺は認めない。信じられない、いや、信じたくないのだ。
「信じられるわけ、ないだろ」
「これだけしても、信じてくれないんですか?」
「まだ……」
「まだ、なんですか?」
彼女は水色の瞳で、涙を流し始めた俺を神妙な面持ちで見つめている。
「まだ……何もしてないんだ」
涙が止まらない。目の前にいる彼女の顔色さえ確認出来ないほど、涙が溢れてくる。
「俺がやりたいことだけじゃない! それよりも、そんなことよりも……母さんに恩返しを……」
俺の今までのまだ短く先の長い人生で、母である片山椛の存在は偉大であり、無くてはならない存在だった。
中学からは、あまり他の人とは関わらなくなった俺の事を、いつも気にかけ、助けてくれていたのは母だった。
死んだ。それが事実なのであれば、もう母に会うことは出来ない。
母との最後の記憶は曖昧だ。「行ってきます」と、ちゃんと言えただろうか、それすらも覚えていない。
そんな、当たり前の生活の中で、感謝はしていたものの、それを伝える機会など無かった俺にとって、この突然の母との別れは酷く残酷であり、これ以上の苦しみは無かった。
親孝行を、いつかしようと先延ばしにしてきた罰なのだろうか。
「もうこんなの馴れっこなんですけどね、やっぱり目の前であなたは死んだ、なんて伝えるの辛いんですよ」
いつに間にかそばにいた天使は、俺の頭にそっと手のひらを乗せた。
辛い、切ない、虚しい、悔しい。いくつもの感情が、頭の中をグルグルとかき回していた。だが、天使特有の魔法でもあるのだろうか、その一瞬で落ち着かせてしまう彼女は、まさしく天使にふさわしい。
俺の中の疑念は少しずつ消えていった。目の前の天使は本物だ。
それは、翼を見たからでも、服装が変わっているというだけで受け入れた訳では無い。感じたのだ。頭を撫でられた時、この上ない落ち着きを、彼女の話す一言一句から、この上ない優しさを。
そんな事で、天使と信じきってしまうのは間違いなのかもしれない。何者かに嵌められ、騙されているのかも知れない。だが、俺は信じる事にした。彼女の作る落ち着きが、彼女の放つ優しさが、嘘だとは思えなかったからだ。
それに、ずっと頭の片隅には、生前の最後の記憶がチラついていた。
「ごめん、俺、本当は信じるしかないって思ってたけど、どうしても信じられなくて、夢じゃないってのも、本当はずっと分かってた」
「いいの」と返してくれた彼女の後に、俺は続けた。
「信じるよ。俺、ほんとに死んじまったんだな」
頭の中で、少し前の事であるはずの記憶を鮮明に思い出す。俺は今日、事故にあった。
学校に行く途中、暑くて意識も朦朧とする中、目の前に横断歩道を渡ってる女の子がいた。そこに、信号無視したトラックが突っ込んできた。
とっさの判断だった、いつの間にか足が動いていた俺は、目の前の女の子を突き飛ばした。そこからの記憶は無い。
ーーーーーーつまり、俺はその時、死んだんだ。
「ふぅ……落ち着いた事だし、来世のための面接ってやつ、お願いしてもいいか?」
ぱっと明るい表情になった天使は、優しい笑みを浮かべながら「うん」と頷く。
「こんな可愛い子の前で泣きじゃくるとか、穴があったら入りたいな」
「……? 穴? 来世はモグラ志望?」
「いや、まあそんなとこ」と適当に答えると、微笑しながら用意された自分の席に戻る。まだあったばかりの天使の前で泣きじゃくった事に羞恥心を抱きながら、死後の世界の面接は始まった。
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「はぁ……こっからどうしようかしら」
「少々お待ちを」と、楓をおいて部屋の隅に向かった私は、これから先の事に頭を悩ませながら、電話口の相手に状況を伝える。
『ほんとに人間をローズベルクに!? まあ仕方ないですね、私は』
「あのー! 面接はまだ始まらないんですか??」
思ったより立ち直りの早い楓の声のせいで、電話先の声は耳に届かない。
「はーい! 今からよ!! じゃあ、もう切るわよ」
薄暗く、冷たい風が吹くお墓のような碑石の前で、電話の相手は呟いた。
『私は、嫌いですが』




