ミックスフルーツ缶と惰竜
古竜のララウが、うちにやって来た次の日の朝。
俺はソファーで、腹を出して寝る古竜を、ため息まじりに見つめていた。
「くがーー、すぴーー、くがーー」
「・・・・・・・・」
コイツ・・・・本当に古竜なのだろうか。本当の姿を見ていなかったら正直、信じてもらえないと思う。
「くがーー、すぴーー。くがーー、すぴーー」
「・・・・何でだろ、無性に腹がたつ」
昨日は結局、カレーライスを11杯もおかわりし。まん丸に腹を膨らませ、満腹で動けなくなったララウをお姫様抱っこで運ぶ羽目に・・・・。人生初のお姫様抱っこが、まさか惰竜にするなんて・・・。俺の初めてを、返してほしい。
しかも、理由が満腹で動けないからとか・・・・はあーー。
深いため息を吐きつつ、ララウに目をやると。腹をぽりぽりと掻きながら、グースカ寝ているララウ。
そんな姿を見て思わず「どっかに捨ててこようかな?」なんて、
ちょっと思ってしまった。しかし、相手は古竜だ。
「捨てても、飛んで戻って来そうだな」と言う考えにいたり、一応思いとどまった。
「くがーー、すぴーー。うーーん、むにゃむにゃ・・・・」
うん。やっぱり、どっかに捨ててこよう。そう、本気で思い始めたその時。
「おはようございます店長」
「うん、おはよう、リィーサ」
起きたリィーサが、2階から降りてきた。
「わあ・・・・・よく寝てますね」
「う、うん。起こすか」
「もうちょっと、寝かせてあげたら・・・・」
「まだ怖い?」
「えーと、そんな事は・・・・いえ、まだちょっと怖いです。
・・・・こんなですけど」
「こんなんだから、そんなに気にしなくても・・・・」
「だって古竜なんですよね?」
「まあな」
「気にしますよ!!」
「ふがっ?!」
リィーサの大きな声に、ララウが反応して目を覚ました。
ララウが起きた事で、リィーサは思わず「ひゃっ」と声を出した。
「ふがっ? ・・・・メシか?」
「・・・・おはようララウ」
「んが? ・・・・おはよう」
「おはようございますララウさん」
「うむ・・・・それでメシか?」
起きてそうそう、それかい。・・・・はぁーーー。
「朝メシだ。起きろ。準備は今からだけど」
「そうか。なら出来たら起こしてくれ」
そう言うと、ララウはソファーに寝転がり。3秒と掛からずに、「ぐがー」と寝息をたてはじめる。
「寝るのはや!」
「・・・・また寝ちゃいましたね」
「はぁーー。朝食作るか」
「手伝います」
「うん。ありがとう」
リィーサと一緒に、朝食の準備を始めた。
リィーサは丸いパンを、輪切りにしてオーブンで表面を焼いている。俺はフライパンで、目玉焼きにベーコンとソーセージを焼いている。『ジュー』と焼ける音がキッチンに響き、いい匂いが漂う。
その匂いを嗅ぎつけ「ふんがっ! ・・・・美味なる匂い!」
ララウは二度寝から覚めた。
「リィーサ、皿とって」
「はーーい。三枚ですね。えーーと、きゃっ!」
「うん? どうしたリィー・・・・何やってる、ララウ」
口から涎をたらして立っているララウがそこにいた。
「美味・・・・美味なる匂いだ!」
「はいはい。もうすぐだから大人しく待ってろ」
「んーー。分かった」
「・・・・・・・俺の背後で待つな。いや、なら横にじゃ、ないから。リィーサ、ララウを連れていってくれ」
「えぇー、無茶言わないでくださいよ!」
「ジィーーーーーーーーーー」
ララウがジィーーーーっと見てくる。
・・・・気が散るわ!
「おい、ララウ。あっちで大人しく座ってろ」
「・・・・やだ。ここで見てる」
「見て何の意味があるんだ? どうせ食べるだろ?」
「我にとって、こういう人の営みは、珍しいのだ。見てて飽きぬ。
それに・・・・」
「それに?」
「美味なる匂いが、我を惑わすのだ」
涎まみれで、そう訴えるララウ。きちゃない。あぁー、床に垂らすな!
「よっと。皿に盛ってと・・・・」
「全て我のか?」
「んなわけ無いだろ。一人一皿だ」
「ぬっ、これだけか?」
「・・・・もっと減らしてほしいのか?」
「むう! そんな事言っておらぬ!」
「なら、大人しく座っていてくれ」
「ふん・・・・分かった」と、ララウは少し拗ねた様子でキッチンを離れた。口が悪いけど、言えばちゃんと分かってくれてる。
「おい、娘! 何か持ってくるのだ!」
「えっ、えぇぇえ! あ、あの、その・・・・」
・・・・・・・。
「ララウー! もう出来るから、お行儀良くしてろよー!
じゃないと、食わせないぞー!」
「ぬう!」と、ララウの居る部屋から声が聞こえる。・・・・一回、ちゃんと躾けた方がいいだろうか? そもそも、古竜を躾るなんて出来るのか?
「店長、コレ運びますね」
「ん? あぁ、頼む」
リィーサが、待ちきれない様子のララウのために、料理を運んでいく。料理を運んだ部屋から「むっ、食わすのだ!」と言うララウの声と「ラ、ララウさん、まだダメだよ」とリィーサの諌める声がする。
リィーサの奴・・・・怖がっていたわりに、案外仲良くやってないか? 慣れてきたかな?
ララウ達の居る部屋へ向かうと「ぬう、まだなのか娘よ」と、ララウはリィーサの言う事をきいて手をつけずに待っていた。
「もうちょっと待ってね」
「ぬっ、エル! 遅いのだ! は、早く美味な物を食わすのだ!」
「はいはい。リィーサも座って」
「はい」
「それじゃあ・・・・「「いただきます」」
「いただきます? なんだそれは? お祈りか?」
「まあ、そんな感じだ」
「店長がよくやってるので、私まで身についちゃいました」
「ふーーん、まあよい。いただきますだ!」
ララウは元気ないただきますをして、バターを塗ったトーストにかぶりつき、焼いた目玉焼きやウインナー、ベーコンに舌鼓した。
「美味なのだ!」
「それは良かった」
「・・・・」
「どうかしたかリィーサ?」
「あっ、いえ、何でもないです・・・・」
ボーッとララウを見つめていたリィーサ。一体、どうしたんだ?
チラリともう一度視線をリィーサに戻すと。「ほげー」と口を開けてララウを見ていた。
本当に大丈夫か?
「あの、リィーサ? 大丈夫か?」
「えっ?! ひゃ、ひゃい! ・・・・」
返事はするが、またボーッとララウを見つめていた。
なんなんだ本当に?
「あの店長・・・・」
「えっ、あ、うん。なんだ?」
「ララウさんて・・・・」
「うん」
何を言うのかと、少しビクビクしながらリィーサの言葉を待つと。「ララウさんて可愛らしいですね」何て事をボソっと言った。
リィーサのその言葉に、俺は思わず「可愛い? この惰竜がか?」と聞き返した。
「ぬうっ! おい、エルよ! 誰が惰竜であるか! 我は古竜であるぞ!」
「はいはい。・・・・あれでしょ? 古竜目、食いしん坊竜科、惰竜属的な感じだろ?」
「ふんぬーーー!!! よく分からんが、馬鹿にしておるだろう!!!」
「あぁー、馬鹿にしてるのは分かるのか」
「ふんがーーーー!!! 貴様ぁぁぁぁ!!!」
「て、ててて店長!!」
ララウの怒りの形相に、リィーサも慌てふためく。
「はいはい。ほれ、俺のソーセージとベーコン分かてやるから。
機嫌を直せ」
「そんな物では直らん! ・・・・・・・・昨日の果物をつけるならかんかんでもないぞ」
・・・・ふむ。チョロゴンも付け加えるべきだな。
「昨日の果物缶ねぇー。うーーん」
「さっさと出せ。出〜さぁ〜ねぇ〜ばぁ〜」
「エル店長!!」
「昨日の物は、もう無いぞ? あるのはコレだけだ」
そう言って、一缶をララウに差し出した。
「ふぬ? コレはなんの果物・・・・だ?」
ララウは缶を手に取り、あらゆる角度から品定めするように缶詰を見る。
「それはな、ミックスフルーツ缶だ」
「「ミックスフルーツ缶?」」
「うん。いろんな果物が入ってる。お得な感じの缶詰だ」
「おぉぉ、なんと! では早速!」
ララウは素早く、爪でシュパッと空けてしまう。その光景にリィーサは「きゃっ!」と声を漏らした。まあ、驚くよなそりゃあ。
「おぉ! 何やら小さく切ってあるが。色々と入っておる!
これは昨日の・・・・「桃だな」こちらのは・・・・「蜜柑だな」むう、コレは・・・・「パイナップルだな」美味である!」
うぬ? コレは? とララウは赤い実を指で取る。
「それはさくらんぼだ」
「さくらんぼ・・・・うぬぅぅ!! 美味なり!!」
「良かったな」
ミックスフルーツ缶を頬張るララウに触発されたのか、リィーサが「て、店長! 私の分は?」
「無い」
「そんなぁーー!!」
「後で用意しとくから」
「お願いしますよ!」
「はいはい」
「ゴキュゴキュゴキュ・・・・ぷはーー! この果物が浸かっていた水も美味なのだ!」
「だから、それ飲むなっつぅーの!」
まったく・・・・。そう言えば、ララウ。お前、何時帰るの?
まさか、このままここで暮らすとか言わないよな?
・・・・・・・・まさかな。