78話:竜の爪痕
「アリア! 無理をするなよ!」
「――分かってる!」
レドは後退しつつ詠唱。牽制に魔術で生成した石礫を飛ばす。
「おいおい子供の遊びかよ!」
スキンヘッド男はそれをナイフで弾き、レドへと迫る。しかしその隙を見て、アリアが接近。
アリアのグレイブが唸りを上げて薙ぎ払われた。
「おっと! 怖え怖え」
しかし、遠心力の乗ったアリアの一撃をいともたやすくスキンヘッド男はナイフで受け止めた。
「これで終わりだと思った?」
アリアの言葉と共に冷気がグレイブから放たれてスキンヘッド男の右手をナイフごと凍結させた。
「おーやるじゃん。火より氷の方がよっぽど怖えな」
「じゃあ、溶かしてあげる」
後ろからグリムが強襲。魔術で操られた炎剣がスキンヘッド男とアリアへと振られた。
レドが魔術で冷気を纏わせた曲剣でアリアへと迫る炎剣を受け止める。同時にアリアがバックステップ。
「久し振りだねレド君!」
グリムは戦闘中だと言うのに暢気にレドへと手を振っていた。スキンヘッド男は凍った手で無理矢理炎剣を防ぎながら、背後から斬撃を放つ魔族の男――イグレスが手に持つ炎剣を避けた。
「ほお……貴様が例の」
イグレスはそのまま剣を翻し、レドへと振り払った。
「初対面のはずだが――っ!」
レドはそれを曲剣で受けた瞬間に、その見た目にそぐわぬ一撃の重さに気付き、受けるのではなく受け流そうと曲剣の角度をずらした。
逸れた炎剣が地面へと振れた瞬間に黒い炎が爆ぜる。レドの目の前に氷の薄い壁が貼られ、炎を一瞬食い止めた。その間にレドは大きくバックステップ。援護してくれたアリアの横へと並ぶ。
「助かった」
「またあんたの知り合い?」
「知らん。あの少女以外はな」
どうやら向こうも仕切り直しのようで、スキンヘッド男は右の壁に、グリムとイグレスは左側の壁へと下がっている。
「なんだなんだ、お前ら知り合い同士か? 魔王イグレスに人間の知り合いがいるとは意外だった」
「……初対面だが、話は聞いていてね。娘が随分と世話になったと聞いている」
スキンヘッド男とイグレスの会話にレドとアリアは絶句した。
「今……魔王って言った」
「……ああ」
「魔王の娘の世話なんてしたの、あんた」
「……嫌な予感がしまくっている」
レドにはそれがハッタリでない事ぐらいは分かる。つまりグリムは魔王の娘で、あのイグレスという男は――魔王という事になる。
「あはは~レド君、紹介するね! この人があたしのパパで、魔王。人類の仇敵だね!」
「……冗談じゃないみたいだな」
「ええ。あんたが相当な厄介事を抱えている事も分かった」
アリアの呆れたような声に、レドは何も返せなかった。思えばこの因縁はあの廃墓地から始まっていたのだろう。
「オイオイオイ……なんか俺っちの事忘れてね? 何、ちょっと和やかな感じになってんの?」
蚊帳の外にさせられていた事が不満だったスキンヘッド男の言葉にアリアが短く返した。
「で、あんたは誰よ」
その言葉を、待ってましたとばかりにスキンヘッド男が口を開いた。その右手は凍っていたはずだったにもかかわらず既に再生しており、無傷だ。
「良い質問だ!! 実に良い質問だぞ人間っ!! 俺は!! 【竜の爪痕】第三爪!! “壊滅”のデュカスタンだ! お前ら魔族も人間ももうお役御免よ! この星は我ら竜族が再び支配するとしよう!!」
大仰な仕草で叫ぶスキンヘッド男――デュカスタン。
レドは聞き覚えのない単語の羅列に思考が追いつかないが、このスキンヘッド男がもう絶滅したとされる高位の竜族であり、そして紛れもなく敵である事は分かった。
竜族という言葉の意味する範囲は広い。いわゆるレッサードラゴンと呼ばれる知能の低い竜も大枠で言えば竜族であるし、エギュベルやアルドベッグのような古竜も竜族である。しかし古竜は世界に数体しか生存が確認されておらず、レッサードラゴンと古竜の間の存在ともいうべき高位の竜族は数体を除いてほぼ絶滅したと思われていた。
しかし目の前の男は自らを竜族と名乗り、人外の身体能力と再生能力を有している。状況から判断してデュカスタンは竜族である事は間違いないとレドは確信する。
更にその言葉から、何やらそういう団体がいる事も示唆している。そしてそれは人類のみならず魔族とも敵対しているようだ。
「歴史の敗北者が何を言うかと思えば。過去の亡霊が今更出てきて覇権を競おうなどと片腹痛い」
魔王イグレスの言葉にデュカスタンが答える。
「出来損ないの竜もどきなお前が魔王を名乗ってるのが一番笑える冗談だぜ! その事だけは後世に伝えといてやるよ紛い物の魔王さんよお!」
「話にならんな。グリム、本気を出すぞ」
「……いいの? 人間いるけど」
「そいつらに今、死なれると困る。例のデータの件もある。グリムはそいつらを連れて撤退だ」
「はーい」
勝手に話が進んでいる事を危惧したレドが口を開いた。
「待ってくれ! 何を勝手なことを!」
「はいはい、話はあとで聞いたあげるから――【転移】」
レドとアリアのすぐ目の前に現れたグリムが二人の腕を掴むと、再び転移魔術を行使。
その場から三人の姿が消えた。
「なんだよ、逃がしちまったよ。まあお前さえ仕留めればそれでいいんだけどな」
「やっと本気が出せるよ。この姿はあまり娘には見せたくなくてね」
「はん、御託はいいから掛かってこいよ!」
魔王イグレスとデュカスタンの戦いが始まった。
☆☆☆
「ここは!?」
「んー【地下宮殿】のどっか? あんまり座標をコントロール出来ないんだよねえ」
レドとアリアとグリムがいたのは、小さな部屋の中だった。おそらく、【地下宮殿】に無数にある小部屋の一つだろう。
「待て、今使ったのは……転移魔術か?」
「ん? そうだけど? パパが最近ようやく復元させた魔術だよ! 転移魔術を体験できたのレド君とそっちの子が人類で初かもね!」
「……どうするの」
アリアが目を細めて非難するようにレドを見つめた。レドが聞きたいぐらいだ。この状況でどうすればいいかを。
「色々聞きたいって顔してるけど、全部は教えないよ!」
グリムが蠱惑的な笑みをレドに向けて浮かべた。
「どうやってその姿を」
「ん? あーこれね、【擬体】って言ってね。これも最近復元出来た技術なんだけど、遠隔操作できる身体で見た目も人間と同じ。中身もね。ふふふ、斬ればちゃんと血も出るよ?」
「つまり、お前本体はここにいないと」
「そ! でもコアを接続してるから、痛みとかは感じちゃうし、この身体が死ぬとそれなりのダメージは喰らってしまうのが痛いところなの。まあそうでないと精密に動かせないから痛し痒し」
「じゃあ、あの魔王……魔王なんだよな? あれをここで倒しても、意味はないと」
レドは、既に王都に侵入してきた魔族はグリム達だと確信していた。次に聞くべきは、その目的だ。そして自分達の今後の方針を決める為の材料だ。
「意味は無いことはないよ。パパレベルの強さを許容できる【擬体】は中々作れないからね。ここで壊しておくのはありだと思うよ。出来れば――の話だけど」
「目的はなんだ」
「分かってるでしょ? あのデータだよ。アレの中身を見て、あ、これヤバイ奴じゃんってなってね」
「お前が渡したんだろうが……」
レドはため息をついてそう答えた。
「いやあ思っていたよりずっと危険な物が入っていてね。あれ、使われると困るんだよね。君達人間にも、竜にも」
グリムの言葉に嘘はないようにレドには思えた。
「どういうデータなの」
アリアがグレイブを構えたままそうグリムを問いただした。レドは無駄だと分かっていて既に剣は下ろしている。
「答えると思う? って言いたいところだけど……特別に教えてあげよう! アレに入っているのはね、星を墜とす魔術理論なの」
「星を……墜とす?」
「そ、まあ私達の想定よりずっと君達の解析能力が高い事が分かったし、いずれ知る事だからね。あれを良からぬ連中に使われると……王都どころか大陸北部一帯が滅ぶよ」
「やれやれ……もう街が滅ぶとかそういうのはお腹いっぱいなんだが」
レドは正直に己の本心を答えた。
「君達は当然、それを望まないでしょう。私達魔族もそれを望んでいない。だけど――」
「竜が望んでいるのか」
「正解! 流石はレド君」
レドもそこまでヒントを与えられればそれぐらいは予測できた。
「さっきの奴は何者だ。【竜の爪痕】だかなんだが」
「読んで字の如くだよ。あいつらは自身の神的存在である古竜を盲信して、その手先となって動く奴ら。いるでしょ人間にも。未だに竜を崇める奴らが」
「……【黄昏派】ね。人の時代は黄昏れ、やがて竜の時代が再び来ると信じている狂信者。あんなのデタラメだと思っていたけど」
アリアの言葉にグリムが頷いた。
「その通り。そう言った連中が密かに手を組んで、色々と動いている情報はキャッチしてたんだけど……そんな王都にあのデータが持ち込まれたと聞いたら……私達魔族も動かざるを得ない」
「なるほど……やはりあれは処分するべきだったか」
「そうでもないよ。だってその星墜としを止める方法もまたそれに入っているからね」
「なるほど。それで、グリム。これは協力関係を築けるって事でいいのか?」
レドがそう言ってグリムへと一歩前に出た。
「……魔族と何交渉してるのよ馬鹿兄貴」
「あー君達兄妹なんだ! 道理で良く似ていると思った!」
「似てない!」
「そこまで否定されたらそれはそれで悲しいぞアリア……」
「そうじゃなくて! 魔王の娘を信頼なんて出来ないし、ここで倒すべきよ!」
アリアの主張はもっともだ。レドも同じ立場ならきっとそう言うだろう。
「だってさ。どうする? 別に私はどっちでも。レド君でなかったら即この場で殺しているだろうしね~」
「……俺は、お前らと敵対する気はない。魔王討伐の命は受けているが……状況が変わった。今、真に脅威なのは竜族であり、【黄昏派】だ。騎士団も何やら動いている辺りもその証拠だろう。ここで魔族とやり合っても竜共が得するだけだ。違うかアリア」
「……そいつの話が本当であれば、ね」
そう言いつつ、アリアはグレイブを下げた。
「君達は賢い。全人類、全魔族がそうであれば、どれだけ楽か」
グリムが珍しくため息をついてそう呟いた。
「俺は、お前らを許すつもりはない。事が終わればキッチリ片を付ける。だが今は、協力しよう――グリム」
「……あはっ、レド君、そういうところが好きだよ?」
「はっ!? あんた何を言っているの!」
なぜかレドではなくアリアが慌てふためくがレドは、右手を差し出した。
「冒険者ギルドには話を通す。絶対に悪いようにしない……というかその転移魔術がはある限りそちらをどうのこうのする力はないんだがな……」
「信じるよ、レド君」
グリムがレドの差し出した手をにぎり、妖艶な笑みを浮かべた。
こうして、グリムとレドは協力関係を築いたのだった。
これが後の歴史に大きく関わってくる事件だと、この時点では当事者達は知るよしもなかった。
今回の黒幕っぽい組織登場です。
第三勢力登場で、呉越同舟って感じですね。
これが後の歴史にとって大きなターニングポイントとなっています。色々と思わせぶりなアレコレを仕込んでいるので予想すると楽しいかも?
次の更新は8月28日(金)です!
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