間話:地下からの強襲
レドとグリムが握手をしていたその時。
「イザベル! 大変だ!」
講義室へと血相を変えて飛び込んで来たのはレダスだった。
「ん? どうしたの?」
書類仕事をこなしていたイザベルが顔を上げて、肩で息をするレダスを見つめた。随分焦っているように見える。
「竜学院の地下から魔物の群れが!」
「え!? どういうこと?」
イザベルは思わず立ち上がってしまった。魔物が王都内で現れる事はたまにある。だが、そのほとんどは【地下宮殿】どこかの隠し入口からはぐれた魔物であって、群れで出てくる事はほとんどなかった。
「分かんねえけど、今てんやわんやの大騒ぎだ! なんか【地下宮殿】に繋がる入口が見付かったらしい」
「……様子を見に行きましょうかイザベル。今、この学院内で戦えるのは僕らと騎士道の連中だけです」
ニルンは冷静にそう言って、飾っていた剣と盾を掴んだ。
「こないだの……ジャイアントビーは……もしかしてそこから?」
ヒナは既に刀を持って、いつでも飛び出せる姿勢だ。
「よし、じゃあ四人で向かいましょう! もう! こんな時に限ってレド先生いないんだから!」
武器をそれぞれ持ったイザベル達は講義室を飛び出した。
☆☆☆
「気休めだけど、シャッターは?」
「閉めました! ですが……いつまで持つか。もう第三防壁まで破られています!」
「あのデータが狙いか? とにかく君もすぐに緊急脱出口へと向かいなさい」
「所長は!?」
「私は良いから、早く!」
カリスがコンソールを高速で操作しながら最後まで残っていた女性所員に避難の指示を出す。
「地下から魔物の群れを率いる人間が襲ってくるなんて聞いてないぞレド君……」
竜学院内地下にある【塔】。機密情報の塊であるこの場所は、セキュリティも厳重であり、万が一外部から攻撃を受けても1週間は籠城できるように作られていた。
しかし物理的にも魔術的にも一番強固であるはず第一防壁があっさりと破られた時に、カリスはここの放棄を決意した。
全ての研究データは現在進行形で削除しているが、いかんせん量が膨大であり、自動では間に合わないと判断してカリスは手動での削除も並行して行っていた。これについてカリスはどの所員よりも自分の方が速いからそうしているのであって、自己犠牲の気持ちはこれっぽっちもない。
「あのデータ。ここで消しておかないと……」
レドの持ってきたデータとそれに関連する【天輪壁】のデータは真っ先に削除した。それ以外にも見られるとまずいデータから消していく。
爆発音と衝撃が研究室を揺らす。どうやら最後の防壁が突破されたようだ。
そこで、カリスは自分のミスに気付いた。
「……携帯デバイスはどこだ?」
レドから預かっている携帯デバイス。あれには、まだデータがそのまま残してあるはずだ。
そしてそれは部下のリードマンに渡したままだ。
そういえば、襲撃が始まってからリードマンの姿を見ていない。
「まさか……いや」
学生の頃からリードマンを知っているカリスには、にわかに信じがたい事だが、彼が携帯デバイスを持ち去った可能性がある。本来なら魔術検査があるので、内部の情報を物理的に外に運び出すのは不可能だが……こんな状態では機能していないだろう。
「この襲撃はその為か……?」
焦りがカリスを襲う。これは完全に自分のミスだ。
「まずい……早くリードマンを探さないと」
カリスはデータ削除は自動に任せて爆破魔術が時限制で発動するようにセット。今は間違いなくリードマンを追う方が優先だ。
カリスが緊急脱出口へと走る。
しかし、そこには既に魔物の姿があった。二足歩行するトカゲが冷たい目線でカリスを見つめていた
「くっ……せめてリードマンの事を誰かに……」
カリスに戦闘能力はない。魔術もすべて研究用のものだ。
無力な一般人で対抗する術を持たないカリスへと無情にもトカゲは襲いかかった。
☆☆☆
【地下宮殿】、深層。
「我は【竜の爪痕】第五爪……“斬滅”のカルアチュ――」
「うっせーな……死んどけ」
「ぐはっ!? 馬鹿な……我が……一撃……だと?」
黒髪を逆立てた金色の瞳の男の胴が横に真っ二つに斬られ、臓物を撒き散らしながら床へと落ちた。
しかし男はまだ生きているのか目を見開かせ、口を開いた。
「貴様……まさか」
「しぶてえな。喋るなカス」
大剣が男の頭へと振り下ろされ、今度こそ男は絶命した。
「うわ、汚え」
嫌そうな顔をして大剣についた血を払ったのは赤髪の騎士――リュザンだった。
強力な魔物が徘徊し、複雑に入り組んだ回廊や階段が侵入者の行く手を阻む深層。高位冒険者パーティでもここまで辿り着けるのは極少数だろう。
しかし、そんな場所をリュザンは一人で鼻歌交じりに歩いている。時折襲ってくる竜族を返り討ちにし、まるで何処に行くべきか分かっているかのような足取りで進んでいく。
「魔王に竜族と急に出てきやがって……やっぱりアイツは殺しとくべきだったか? 大体アイツのせいじゃねえかよ良く考えれば」
リュザンの独り言が響く。
【黄昏派】が最近不穏な動きをしている事をリュザンも察知していたし、リュザンにアイツと呼ばれたとある冒険者によって、人間も魔族もそして竜族すらも動かすほどの劇物が王都に持ち込まれた事も把握済みだ。
だが、ここまで急激に事が進む事はリュザンにも予想外だった。ゆえに、珍しく自主的にこうして動いているのだ。騎士団を表層に展開させ、囮として使っているのもこの為だ。
「さてと……」
リュザンの目の前に壁が現れた。隙間のなくぴったりとくっついた壁は、不思議な光を発しており、あらゆる物理、魔術を跳ね返しそうな雰囲気を漂わせていた。
「まだ、俺の認証通るかねえ?」
壁の横にある生体認証へと手を当てるリュザン。
機械音が鳴り響き、壁が左右へと動いていく。それはあまりに巨大過ぎるため、壁に見えたが――扉なのだ。
「お、ラッキー。まだいけんじゃん」
リュザンは目の前に出来た通路へと入っていく。中はこれまでのように石造りの壁や天井でなく、乳白色の継ぎ目の一切ない材質で出来ており、微かに発光している。
その先へと進んでいくと、そこには地下とは思えないほどに広大な空間が広がっていた。用途不明の機械が数多く置いてあり、中心には巨大な塔があった。
何やら機械で床に固定されているその塔は円筒状で、先端は尖っていた。塔には何本もの太いパイプやケーブルが接続されており、床を這うそれらを乗り越えながらリュザンはその塔へと近付いていく。
「はっ、まだ生きているとはまったく……まだアイゼンの奴の方がよっぽど可愛げがあるな」
リュザンが、塔の真下に立つと、近くにあるコンソールを操作していく。
「無駄だ……貴様の権限はとうの昔に凍結させている。貴様はここに入れたのではない。入れてやったのだ」
突如リュザンの背後に現れたのは、白いぴっちりと身体を覆う薄い服を着た白髪の老人だった。
リュザンは無言で背後へと大剣を払う。
しかし、大剣はただ老人の身体を通り過ぎるだけだった。
「めんどくせーな。ホログラムじゃなくてちゃんと出て来いよ。せっかく旧友が遊びにきたんだぜ?」
リュザンが愚痴りながら大剣を床に立てた。
リュザンの目の前にいる老人はさもそこにいるかのように感じられるが、それは投写されている映像に過ぎない。
「旧友? どの口が言う。貴様の裏切りのせいで、我らの計画は一体何百年遅れたことか」
「どうせ叶う事のない野望だ。すっぱり諦めさせてやろうと思った俺の優しさを何だと思っているんだ?」
「貴様も、新人類も終わりだ。既に、【欲災の竜星】へのアクセスコードの場所は判明している」
「あーはいはい、災いの星ね。あれだけは俺でもどうにも出来ないからな。宇宙は流石に射程圏外だ」
「……あの星には……全てが詰まっている。この星の再生も……まもなくだ」
その言葉を聞いて、リュザンはため息をついた。
「あーほんとお前らアレだな。往生際が悪い。もう俺らみたいな旧世界の遺子は素直に次の世代に任せるべきなんだ。竜同様に、俺らは滅ぶべくして滅びた。さっさとそいつを認めようぜ? 古竜共の方がよっぽど物分かりが良い」
ま、一部まだ諦めてないアホがいるがな、とリュザンは付け加えた。
「黙れ! 貴様だってそうやって何度も何度も身体を変え……見苦しい。今度は騎士ごっこか?」
「お前らみたいな馬鹿が暴れそうな予感がしてたからな。この立場はちょうど良いんだ」
「いずれにせよ、一番の懸念である貴様はここに捕らえた。あとは地上の同胞達が上手くやってくれる。今頃コードを入手している頃合いだろう」
「あーどうせ、竜学院の地下に穴空けて【塔】を狙う気だろ?」
「ふん、まあ今頃分かったところで遅い。しょせんはあそこはガキと研究者の集まりだ。すぐに制圧できる」
「悪ぃが、俺も手を打たせてもらってる。そう簡単に上手くいくと思うなよ?」
リュザンが意地の悪い笑顔を浮かべて、そう言い切ったのだった。
☆☆☆
「……!?」
「こっちだ! 早く!」
目の前に迫ったトカゲが一刀両断されて、固まっていたカリスの腕を引っ張っているのは一人の騎士――コリーヴだった。
「……騎士か? なぜここに?」
「騎士団長に言われててね! 【塔】が襲撃される可能性があるから常に見張ってろって。予想以上に魔物が手強くて遅れてしまった! 他の騎士達も順次投入されるが、他に逃げ遅れた奴はいるか!?」
「ここはもう爆破させる! それよりもリードマンを! 私の部下を追って欲しい! あいつが重要なデータを盗んだ可能性がある!」
「詳しく話を聞かせてくれ!」
走りながらカリスはコリーヴへと事情を説明する。
「参ったな……全部団長の言う通りになったが……データが盗まれたのは予想外だ」
「とにかく、あれを外に持ち出されたら……王都が危険に晒される」
「分かった。他の騎士達も使ってすぐに探せよう。そう遠くには行っていないはずだ」
カリス達が竜学院の地下から脱出し、地上に出ると、そこは混乱の極みだった。
魔物が竜学院内の敷地を走り回っており、生徒達を襲っている。一部生徒や教師が抵抗しているが、しょせんは素人だ。
「まずいな……思ったよりもずっと魔物の数が多い」
「どうするんだ?」
「騎士道の生徒と、冒険者学の生徒が組織だって動いてくれている。彼らにもその男の捜索を手伝ってもらう」
「レド君の弟子か……それは悪くない案だ」
カリスとコリーヴが、魔物の群れと善戦している生徒の集団――イザベル達のもとへと走って行った。
こうしてイザベル達も、この騒動に巻き込まれる事になったのだった。
間話です。
あれこれ、みんな動いていますが、いよいよ話が核心に近付いて参りました。
次話で、レドさん視点に戻ります
次回更新日は8月31日(月)です!
感想お気軽に!
近々、書籍の情報も発表できる頃合いになっているかと思いますのでお楽しみに!




