105話:波を放つ蟲
「【血液置換】――【加速】!!」
加速したリュカが竜蝕虫の群れとすれ違い様に大剣を一閃。
金属による不協和音が鳴り響く。
「げぇっ! 硬ってぇなこいつら!」
鉄すらも切断するリュカの一撃を食らっても、竜蝕虫は吹き飛びはするものの斬れることはなく、むくりと起き上がると再びこちらへと向かってくる。
「むー! 氷にも耐性があるみたいですよ師匠!」
シースが破壊力重視で【白風】を斧のまま、歪んだ人間の顔が張り付いた竜蝕虫へと叩き込みつつ魔力を解放。周囲が凍り付くほどの超低温にさらされてなお、竜蝕虫は平然と立ち向かってくる。周囲の空間ごと凍らせてもすぐに内部から何やら熱か何かを発生し脱出してくるほどだ。
「この環境に適応した形だろうが……異常すぎるな!」
レドは物理的な攻撃は効果が薄いと判断して、魔術主体に切り替えて戦うが、どれも効果が薄い。
「仕方ない。お前ら下がれ!」
レドは赤い曲剣を構えると同時に、周囲の大気からエーテルを吸収。膨大な魔力へと変換しつつ刃へと乗せていく。大気に触れた濃い魔力がバチバチと赤い雷のように唸りを上げた。
シースとリュカが下がってきて、自分の横に並んだのを見て、レドが荒れ狂う赤い雷を帯びた曲剣を竜蝕虫の迫り来る群れへ振り払った。
「――【害為す赤き魔杖】!!」
赤い斬撃が竜蝕虫達を、エーテル分子レベルまで分解されていく。悲鳴のような断末魔を上げながら、竜蝕虫達が消失。
大量の魔力となって再びレドの中に吸いこまれていく。
「えげつない威力だなそれ……物理的な防御力はほぼ無意味に等しい」
リュカが呆れた声を出すが、レドは苦い顔のままだ。
なぜなら、氷漬けの巨人の背後から、またワラワラと竜蝕虫達が這い出てくるからだ。
「キリがないな」
「すみません、役に立てなくて……」
「いや、俺らですら無理なら、ほぼ人類には対処不可能なレベルの生物だぞこいつら……」
リュカが溜息をつく。
「……冷気に耐性があるのは理解出来るが、なぜこれほどの硬度のある外骨格を持つようになったんだ?」
「んー硬い骨格を持つ生物って基本的に……身を守るためにそう進化したんですよね?」
「まあ、こいつらの場合はそう造られた、という線もあるが……にしても異常な耐久性だ」
あれだけ硬くしてしまうと、対処に困るだろう。
「ある程度まではそう造られたんだろうが……」
レドは再び赤い斬撃を放ち竜蝕虫を蹴散らすも、今度は学習したのか近付いてこないせいで、数匹程度しか倒せなかった。
「知能もあるみたいだな」
「厄介だな。どうするよレド」
撤退すべきか。判断を迷うレドだったが……
「あれ……師匠、竜蝕虫の様子が変ですよ」
シースの言葉で竜蝕虫を見れば、確かに畳んでいた羽を広げ、擦り合わせることで不快な弦楽器のような音を鳴らしていた。
「うるせえ虫共だ」
「……なんだ?」
竜蝕虫達は威嚇するようになぜか空へと顔を向けている。
レドは、強烈に嫌な予感がしていた。
もしあの竜蝕虫の異様な硬さが、捕食者から身を守るために進化した結果ならば――
「あの馬鹿みたいに硬い竜蝕虫を……捕食する存在が……いる」
レドがその結論に辿り着いた瞬間――世界から音が消えた。
「……!?」
「――!!」
驚き、声を上げるシースとリュカだがその声は届かない。耳が痛いほどの静寂。
レドが上空を睨むと――空気が歪んだ。
「……!!」
空気の歪みから現れたのは――巨大なムカデだった。背には羽が複数生えており、明らかに物理的法則を無視するように身体をくねらせて、まるで泳ぐように飛んでいる。
巨大な顎と複眼が不気味であり、その目の一つがレド達へと向けられた。
「……!?」
ムカデが身体をくねらせると、螺旋を描くように急降下。レド達へと巨大な顎を開きつつ迫る。
「っ!!」
レドが再び魔力を刃へと込め、【害為す赤き魔杖】をムカデへと向かって放とうとするが――
「――!?」
魔力が拡散され、曲剣に纏っていたはずの赤い雷が散っていく。
それはレドも経験したことのない異常事態だ。
まるで――常に魔力を分解されているような感覚。
空気中のエーテルの動きを見て、レドはようやく何が起こっているかを把握しつつあった。
見れば、ムカデの羽から微細な震動が放たれており、それがこの空間中に反響している。そして空気中のエーテルが全て不安定な状態で常に振動していた。
音がなくなったのも、この振動によって全ての音が掻き消されているせいだ。空気の歪みから突如現れたのは、おそらく光すらも拡散して見えなくしていたのだろう。
何より問題なのは魔力が使えない点だ。体内での使用は問題ないが、大気に触れた瞬間にムカデの放つ振動によって掻き消されてしまう。いうなれば常に魔力を分散吸収される空間にいるのと同じなのだ。
何よりここが壁に囲まれている穴の底というのが良くなかった。おかげで、本来ならムカデの周囲だけに及ぶ効果が空間全体に及んでしまうからだ。
そんな事をレドが考えているうちに大顎が迫る。
三人がそれを避けるべく、跳躍。自分達の真下で音もなく大顎が閉じられた。三人はムカデの背に着地し、それぞれが息を合わせたかのように柔らかそうな羽へと得物を振るうが――
「っ!!」
あっさりと弾かれてしまう。
何より、羽に近いせいで、放たれている振動を直に浴びてしまい、レド達は肉体すらも分解されそうになる。
全員が身体の中から魔力を放ってそれを防ぐが、おそらくムカデの羽や外骨格はその振動に耐えられるように超高密度になっていることが推測できた。
レド達は打つ手を探すが、魔力が使えない以上は物理的に倒す他なく、それをするには力も武器も足りなかった。
まずいな。とレドが思っていると、ムカデが急上昇。
「っ!!」
思わずムカデの外骨格の棘のように突き出ている部分をそれぞれが掴むも、ムカデは気にせず、真上へ飛んでいく。
あっという間に氷漬けの巨人が見えなくなるほど上昇したムカデはやがて、【エルゼアス大塔街】の上部まで辿り着く。ムカデはその通路のうちの一つを音もなく破壊しつつ上昇。
そこでレドはようやく、あの通路を破壊した正体がこのムカデであると分かった。
音も姿も消せるこのムカデによって破壊されたのだ。だが、疑問もある。なぜあのタイミングで現れたのか。
ムカデはそのまま上昇――ついにエルゼアスの縦穴から飛び出て、世界に光があふれた。
「外だ!!」
音が戻る。
風切音がうるさく感じるほどだ。
「外に出たおかげで震動の力が弱まったんだ!」
「キシャアアアアア!!」
ムカデが背中に乗っている三人を振り落とそうともがく。
「レド! どうするんだよ!!」
「魔力が使えるなら……一つしかない! お前らも離れろ!」
レドがそう言ってムカデの背中を蹴った。離れさえすれば――
同時にシースとリュカも跳躍。
レドが空中で魔力を刃へと乗せていく。閉鎖空間ではないおかげで、ムカデのエーテル分解震動よりもレドの魔力生成量が上回る。
赤い雷が大気を焦がしていく。
「今度こそ――くたばれ!」
レドが赤い斬撃を放つ。それはムカデが放つ震動で多少威力を削られるものの、直撃。
「キシャギャアア!!」
ムカデが断末魔を上げつつ、真っ二つに裂けて、青い体液をまき散らしながら落ちていく。
「やった!」
「……やったのは良いけどよ」
空中で器用に喜ぶシースと呆れたような声を出すリュカ。
「これ――着地どうするんだよ」
「……落ちるしかないな」
「ええええええ!?」
シースの絶叫が、エルゼアス上空に響いた。
ムカデ君は、ナウシカのヘビケラみたいなイメージですね。下手な竜よりもよっぽど強いです。
あの穴底では、実験によってかなり特異な生態系が出来ていたようです。




