105話:苗床
「師匠……あれは?」
シースの言葉と共に、レドの頭の中にノイズが走る。身体の中で蠢く何かが、知識を授けてくる。
「あれは……最後の巨人フェスヴァルだ」
「最後の……巨人?」
レドがその氷漬けの巨人を見ながら、説明する。
「巨人ってのは、旧世界で兵器として造られた存在だな。俺も詳しくは分からないが……対古竜用に造られたらしい」
「対……古竜?」
「古竜が暴れすぎたから、それへのカウンターとして生み出された存在なんだ……巨体から繰り出される一撃と対古竜用の魔術を使って、一時は竜族を恐怖に陥れたらしいが……」
レドが巨人を観察する。髭もじゃのその姿は、大きさを無視すれば、ドワーフのようにも見える。見れば片手には巨大なハンマーを握っていた。
「……結局古竜には勝てず、全滅した。はずだったが……まさか生き残っているのがいるとはな」
リュカがそう言って、感慨深そうにそう呟いた。
「生きているの!?」
「……中から魔力を感じる。おそらく生きているな」
レドも頷いた。とても生きているようには見えないが……中から魔力と複数の蠢くものを感じた。
「シースも少しは眼の使い方を覚えた方がいいぜ。便利だぞ」
リュカがそう言って、ニヤリとシースに笑いかけた。その顔には若干の優越感が交じっていた。
「むー! 師匠! 教えてください!!」
「いやそう言われてもな……俺も勘でやっているから……リュカの方が分かるだろ」
「んー? まあシースがどうしても、教えて欲しいと言うのなら……教えてやらんでもないぜ……まあ、態度次第だな。まず今後はリュカ様と呼ぶところからかな?」
ふふーんと目を細めるリュカをシースがぽかぽかと叩いた。
「いじわる! 自分で覚えるからいいもん」
拗ねるシースを見て、レドは、時間があればやり方を言語化してみようと思ったのだった。
「ま、いずれにせよ刺激する必要はない。リュカ、コンソールは使えるな」
「もちろん」
「調べてみよう。ここで何をしていたか。勇者に繋がる何かがあればいいが」
レドとリュカが手分けして、まだ壊れてなさそうなコンソールを操作していく。
最初は大人しくみていたシースだったが、途中からは部屋の中に何かヒントがないか探し始めた。
シースも気になる点がいくつかあった。
まず前面のガラスが割れているが、見れば破片は全て部屋の中に散らばっていた。
まるで……外から中へと力が加えられたかのようだ。
そして、シースはとある物を見付けた。
「……なんだろこれ」
それは2mほどもある、細くとげとげした棒だった。
否――それは棒ではない。
「うげ……これ、虫の脚か」
硬い外骨格に覆われたその脚は、長い間放置されていたのに関わらず腐っておらず、暗い緑色を保っていた。
「……おーおー、やっぱりろくでもねえ研究してやがんな。こいつを見てくれ」
リュカが声を上げて二人を呼んだ。リュカの横にレドとシースが並ぶ。
「見ろよこれ……人体実験してやがる」
リュカが、モニターに映像を映し出した。
最初に映ったのは、カマキリとバッタを掛け合わせたような小さな昆虫だった。
「これは……なんだ?」
「【竜蝕虫】って呼ばれる虫でな。小さい癖に群れになって竜を食い殺す怖え虫だよ。こいつも造られた存在だと聞いた事があるが……」
次に映ったのは、何かの肉辺を与えられている【竜蝕虫】の様子だ。時間経過と共にそのサイズが大きくなっている。
「どういうことだ?」
「【竜蝕虫】は食べた竜の特性を取り込んで進化するらしい。だから巨人を喰わせて……巨大化させた。なるほど、でかくなれば古竜も喰えると考えたんだな。つまりここは……対古竜の研究をしていたって事だ」
次に映ったのは、その巨大化した昆虫を解剖している様子だ。そして、次に、囚人らしき男へと何かの液体が注射されていた。
「なるほどね……【竜蝕虫】の持つ竜を殺す力を人に投与したってことか」
「うわ……気持ち悪い」
最後に映っていたのは、人とも昆虫ともつかない化け物だった。
「蝕虫人とでも呼べる感じか? でも全部失敗に終わったようだ。被験者は凶暴化し理性を失って暴走。そして短時間で死ぬようだ。この研究所が崩壊した原因だな」
「しかしそれがどう勇者に関係が?」
レドの言葉にリュカが首を振った。
「分からない。だけど推測するに、やはり古竜を殺す為の研究をしていたここに、決定的な何かがあったのだろうさ。これらはその副産物か、それともこれこそが古竜を殺す秘密なのかは定かではないが」
「なるほどな。勇者が、魔導竜フレイラを殺しうる存在になる為にはここでの何かが必要と」
「そういうことだ。だが……それ以上はもうデータが破損していて分からないな」
「あのお……師匠」
「なんだシース」
「その虫とかってもう……いないですよね?」
レドが首を横に振った。
「どれだけ前に放棄された研究施設だと思っているんだ? もうとっくに死んでいるか逃げ出している……いや」
「……レド。俺はすごーく嫌な予感がしてきたぞ」
リュカの言葉でレドが顔をしかめた。
もし研究所が放棄され、捕らえていた【竜蝕虫】が逃げ出したら、それらはどこに行くだろうか。この極寒の地で、上まで飛んで逃げられるだろうか。否、あの小さな身体では無理だろう。ならばどうする。
ここの研究者は巨人の肉を食べさせる実験をしていた。その肉はどこから調達したのだろうか。レドは氷漬けの巨人を見つめた。正面は少なくとも普通だが――背面はまだ見ていない。
もし、そこから削っていたとしたら……。
そして、その答え合わせが静かに行われていた。レド達の気配をようやく感じたのか……巨人の背後から、ぞろぞろと何かが出てきた。
それは3mほどもある、醜い姿に変貌した【竜蝕虫】だった。顔が人間化していたり、脚の一部が人間のそれになっていたりと不気味な形をしている。
「巨人の中に……逃げ延びていたのか」
レドとリュカが巨人の中に感じた魔力は、決して巨人の物ではなかったのだ。
「巨人を苗床にして……進化した【竜蝕虫】だ」
レドの言葉と共に、昆虫の群れが――三人へと襲いかかってきた。
虫です。踏み潰せ~




