102話:推測と憶測
「橋が……」
「落ちてるな」
二人の弟子の言葉を聞いてレドはため息をついた。まさにその通り過ぎて、嫌になる
「なんでこんな事に」
「分かりません。朝、見張りの交代をしようとした者が異変に気付いたようですが」
いつ、壊れたかは知らないが、朝まで誰も気付かなかったのはおかしい。レドはその違和感を口にした。
「こんなに破壊されているなら、少しぐらいは音が鳴るはずだが……」
少なくとも夜の間、ずっと警戒していたレドは、もしそんな物音がすれば絶対に気付いていたはず。
「そもそも橋に立っていた見張りはどこいった」
リュカの言葉に、ラスラが力無く首を横に振った。その表情を見る限り、おそらく行方不明なのだろう。
「何をすればこんな破壊が起こせる? 魔術か? それとも上から何か落ちてきたか?」
リュカが分析するも、レドが否定する。
「どちらにしろ、無音でしかも誰にも気付かれないってのはおかしい」
「でも、何かによってこの破壊が生じたのは確かだろ?」
「ああ。そして……」
レドは、ラスラ以外の神官達が自分達に疑いの目を向けていることに気付いていた。
「俺らが最有力容疑者ってところだな」
「……ですね」
シースが力無くその言葉に頷いた。やってきたその日の夜に起きたのだ。疑うのも当然だろう。
「ラスラさん。一応言っておくが、俺らはやっていない。そもそもやるメリットが一切ない」
「ええ。もちろん分かっています。ですが……長老達がそう判断するかは……すみません私にも保証できません」
ラスラの言葉に、レドはため息をついた。まあ、そうだろうな。
「とにかく、レドさん達は、こちらで対応が決まるまでは自室で待機していただけますか?」
「仕方ない。二人とも、俺の部屋に来い」
「はい!」
「へいへい」
「ご協力ありがとうございます。それでは私は長老達に報告して参ります」
ラスラが去っていくのを見て、レド達は自室へと戻った。こうなると調査どころではない。
「やれやれ……厄介なことになった」
レドは、なんでこう行く先々でろくでもない事が起きるんだ? と考えるも、どう考えても原因が自分に行き着くので、ため息を付くしかなかった。
☆☆☆
「で、どうするんだレド」
なぜか嬉しそうなリュカが、レドのベッドに寝そべりつつそうレドへと問うた。まるでこの状況が楽しくて仕方ないように見える。
「どうするもこうするも、このままだと容疑者として拘束。最悪は……消されるかもな」
「俺達をか? 冗談だろ」
リュカが、椅子に座るシースと入口側の壁にもたれかかっているレドを見て、鼻で笑う。この三人を抑えられる存在がこの世界にどれほどいるかを考えると、笑い話でしかない。
「ここの奴らがどんなに力を合わせたところで、俺達をどうすることも出来ない」
「それはそうだが、俺にも立場がある。勿論不当な扱いをされれば抗議もするし、危害を加えるようなら……反撃もやむを得ないが」
「分かってるよ。だから俺はとりあえずレドに従うさ。しかし、こんな露骨なことを誰がするかね?」
リュカの言葉にレドが頷いた。
「タイミングから考えて、明らかに俺達を嵌めようとしている奴の仕業だろう。偶然にしては出来すぎだ」
「でも、師匠。どういう目的なのでしょうか? そもそも僕達がここに来る事を知っている人は少ないはずです」
「今回の調査を無理矢理通した、例の聖女ぐらいか。あとは細々した奴が俺達がここにいる事を知っているだろうが……こんな事をやらかす奴はいないんじゃねえか? だったら答は明白だ――内部の人間がやった。そうだろ?」
リュカがペラペラと喋るのを黙って聞いていたレドだったが、概ねそれと近い事を考えていた。エレーナが裏切った可能性はないと思っている。そもそもそれをするメリットが彼女にはない。
当然、自分達がここへと行く事を知っている存在はゼロではない。冒険者ギルドの上層部は勿論知っているし、ヨルハ十字教の幹部連中も知っているだろう。
だけど、やはりこんな事をする動機が読めない。
となると、やはり考えられるのは、この【エルゼアス大塔街】内の誰かだろうが……。
「いずれにしても、こんな事をして困るのはここの住民だ。初対面の俺達を嵌めてどうする?」
「マドラの手先が潜んでいるのかもしれない。この遺跡は古竜とは関係ないが……勇者について何かしら存在すると仮定したら……いても不思議ではない」
リュカの言葉はもっともだった。
「とにかく、今は待つしかないんですかね」
シースの言葉にレドは力無く頷いた。あまりにも分からない事が多過ぎる。今は受動的でいるしかない。
「そうだな。ラスラの帰りを待とう。場合によっては、俺達だけで脱出するかもしれない。いつでも動けるようにしとけ」
「はい! 師匠!」
「俺はいつでも動けるぞ~。なんかあったら起こしてくれ……」
そう言ってリュカが眠り始めた。
「ったく。こんな状況下で寝るなんてどういう神経しているんだか」
「聞こえているぜお師匠様?」
「聞こえるようにいったんだよ馬鹿弟子」
リュカとレドのやり取りを見て、シースが思わず笑ってしまう。緊張感がないのは師匠も一緒だな、と思ったけど言わなかった。
駆け出しの頃であれば、あたふたしていたかもしれない。だけど今となっては、この程度では動じなくなっていた。それが良い事なのか悪い事なのか、シースには判断は付かなかったが、焦ったり、恐れたりするよりはマシだなと思う事にした。
「まあ、俺の予想だけどな。おそらく、あそこに行く事になる」
レドが窓に歩み寄ってシースに見えるように、その先を指差した。その指の先には、この縦穴の中心にそびえる最も大きな塔――【竜牙の塔】があった。
「そして勇者にまつわる何かがあるとすれば、やはりあそこだろう。幸か不幸か、入る事が叶わなさそうだった場所に入れる……と前向に思っておこう」
「そうですね。でも、いざとなったら、逃げるんですよね?」
「か、場合によっては逆に殴り込みだな。まあこれは最終手段だが」
レドが冗談っぽくそう言うが、その目は笑っていない。
「あはは……穏やかじゃないですね」
「まあ、ほんとの最終手段だよ。ただ、リュカの話じゃないが内部犯の犯行だと仮定すると――可能性として考えておくべきだ。シース、前にも教えたと思うが、あらゆる事態を想定しておけ」
「はい師匠!」
真面目な顔をするシースを見て、レドは満足そうに頷いた。
そして数時間後。
「お待たせしました」
ラスラが部屋を訪ねてきたので、レドがリュカを叩き起こした。
「ふえ……? もう少し……ねりゅ……」
「起きろアホ。すまない、緊張感がなくて。それでラスラさん、どうなった?」
「はい……。とにもかくにも、一度話を聞かないといけない……と長老達が仰っていまして。なので、これから【竜牙の塔】へと来ていただく事になりまして」
「なるほど。もちろん俺達は指示に従うさ」
予想通りだ。レドは素早くシースとリュカに目配せをした。
「では、ご案内します。あとは、【竜牙の塔】内は神聖な場所です。くれぐれも……粗相のないように」
そう言うラスラに向かって、寝ぼけ眼ながらもリュカが皮肉そうに言葉を返した。
「はん、それは……お前らの態度次第だな」
次話で、長老登場。
ちなみにこの舞台は、知っている人には通じると思いますが、塔のラトリアがモデルになってます。
おそらく年内最後の更新となると思います! 皆さん良いお年を!




