101話:聖地
「これが……【エルゼアス大塔街】!」
「相変わらず、寒々しい場所だよ、レド……じゃなかったお師匠様。断熱魔術使ってくれ、流石に寒すぎる」
レドの前で一人の弟子が手すりに身体を乗り出し目の前に広がる絶景を眺め、もう一人は凍えるように身体を震わせていた。
手すりの向こうには巨大な縦穴――向こう側が霞んで見えないほど――があり、その中に尖塔が無数に建っていた。
それらの尖塔同士は細い回廊で繋がっており、回廊には等間隔に並ぶ青い火がゆらゆらと揺れ、崖から天に向かって生えている無数の巨大な氷柱と合わさって、幻想的な光景を生み出していた。
「ヨルハ十字教の五大聖人の一人、エルゼアスがここで神の啓示を得た……と伝わる場所で聖地の一つになっている。いいか、中にいるのは純粋な教徒ばかりだ。いらんこと言って刺激するなよ。特に……リュカ」
二人の後ろに立つレドの言葉に、リュカが嫌そうな顔をして振り向いた。
「んだよ」
「どうせ、お前、宗教とかアホの妄執だとか思っているタイプだろ」
「流石だなお師匠様、その通りだ。つーか俺、エルゼアスって多分会った事あるが、ろくな奴じゃなかったぞ。そいつがここで何をしたか……知ったらとてもじゃないが聖地になんかしないと思うぜ」
「歴史とは往々にしてそういう物だ。頼むからここの住人にはそういう話をするなよ……」
「わかってるって。うるせーお師匠様だな」
「あはは……」
レドとリュカのやり取りを見て、シースが笑う。
なんやかんや言いながらも師匠とリュカが仲良くやっているおかげか、ここまでの道中は賑やかで楽しかった。リュカは、ぶつくさ言いつつも師匠の言いつけを守り、修行にも全力だ。今は勝てるけど、うかうかしていると抜かれるかもしれない。そう思い、より一層訓練に力を入れるシースだった。
そうやって話していると、先へと続いている崖沿いの細い通路から、青い光を放つランタンを先端にぶら下げた杖を持った青年がやってきた。
「あ、君達が大聖女候補のエレーナ様が言っていた客人かな?」
その青年は、ヨルハ十字教の神官の格好の上に青いマントを羽織っていた。その顔には柔和な笑みが浮かんでいる。
「ああ。俺はレド。冒険者だが、ヨルハ十字教についての研究が主な仕事でね。この二人は俺の弟子だ」
そう言ってレドがシースとリュカを紹介した。余計な事は喋るなと釘を刺されていたおかげか、シースもリュカも無言で頭を下げるだけだった。
「冒険者の方で宗教の研究とは珍しいですね。ですがあのエレーナ様が聖地訪問をお許しになられるぐらいですからきっと優秀な方なのでしょう。私は、案内役兼世話役のラスラです。短い間でしょうが、よろしくお願いしますね」
そう言って青年――ラスラが優雅に貴族式のお辞儀をした。それを見てレドは、おそらくこのラスラという青年はそれなりの身分にかつていた人物だろうと推測した。
「ふふっ、ヨルハ式の挨拶よりこちらの方が分かりやすいでしょ? あ、寒いでしょうし――【断熱温暖】」
そう言ってラスラが杖を掲げると、青く淡い光がレド達を包んだ。
「うわー暖かい」
「すまない、ありがとうラスラさん」
「あー、寒くて死ぬかと思ったぜ」
三者三様の反応にラスラは満足すると、こちらですと言って元来た道へと戻っていく。その後を、シース、リュカ、レドの順番でついていった。
「さて、まずはここの歴史から話しましょうか。この【エルゼアス大塔街】は、元々はただの遺跡でした。研究者によるとこの尖塔自体は旧世界の遺物だそうですが、当時、何の為にこんな縦穴の中に建てられたのかは、今でも分かっていません」
「確か、聖人エルゼアスはここで神の啓示を得た……だったな」
レドの言葉にラスラが答えていく。
「ええ。まだ、見習い神官にすぎなかったエルゼアス様が巡礼中にここを見付け、ただならぬ神秘性を見いだしたそうです。そしてエルゼアス様は、あの中央にある、【竜牙の塔】の頂上で二年に及ぶ瞑想を行いました。そして神の御言葉を聞き、聖者として目覚めたのです」
ラスラが杖を向けた先。この縦穴の中心に位置する場所には一際大きく、そして高い塔があった。名前の通り、まるで牙のような形をして歪に伸びるその塔こそが、この【エルゼアス大塔街】と呼ばれる土地の中で特に聖地と指定されている場所だ。
「そしてそれ以降、我々ヨルハ十字教の教徒……特にエルゼアス派と呼ばれる者達がここを守るべく住み着き、今に至るというわけです」
「食料とかはどうされているんですか?」
シースが純粋な疑問としてそう答えた。この縦穴の周囲は荒れ地であり、人の住んでいる気配はなかった。
「週に一回、同胞達が運んでくれています。更に一部の尖塔では、野菜や穀物を育てていますので、さほど困りません」
「ほお……自給自足しているのか」
レドが驚く。こんな日も差さない場所で農作物が育てているとは思わなかった。
「やろうと思えば、おそらくは」
「……自給自足、ねえ」
それをリュカが鼻で笑った。レドに背中を小突かれると、リュカは再び口を閉じた。
「ラスラさん。俺は出来れば、あの【竜牙の塔】を調べてみたいのだが……ああ、勿論貴方の指示と監視の下でだ」
レドがそういうと、ラスラが苦笑した。
「ははは……まあそうでしょうね。あそこ以外はさして面白みがないでしょうし。ですがレドさん、ご理解いただきいのですが本来なら、この外縁部すらもヨルハ十字教徒の中でも限られた者しか入る事が許されないのです。ヨルハ十字教徒ですらない貴方達がこうして足を踏み入れられるのは、ひとえにエレーナ様のおかげなのです」
暗に、【竜牙の塔】には入らせないと言っているラスラを見て、レドは一旦諦める事にした。
「分かっている。感謝もしているさ。ワガママを言うのはやめとこう」
「ありがとうございます。一応それとなく、長老達に聞いてはみますが……期待はしないでくださいね。ただですら今回の訪問調査の件には渋い顔をしていますから」
思ったよりも協力的なラスラに、レドは素直に喜ぶべきか、警戒すべきか迷う。
そんな事を話しているうちに崖沿いの道が途切れ、代わりに一本の通路が、縦穴の中にある尖塔へと続いていた。
その通路の両端には屈強な身体をした神官が二人立っていた。持っているのは槍のように長い、先端に青い火がついているトーチだ。
「ご苦労様。彼らが例の……客人だよ」
ラスラがそう言うと、二人の神官が無言で頷き、ヨルハ十字教式の祈りのポーズを行った。それを見たラスラが通路を進んでいく。
「うわー高い!」
シースが通路の端から下を覗くと、氷混じりの風が吹き上がってきた。下は暗く、底は見えない。
「身を乗り出さないでくださいね。下はどこまで深いか、今も分かっていません」
「え? 分かっていないんですか!?」
「はい。各尖塔は途中から階段が途切れ、下に行けないようになっています。中央の【竜牙の塔】だけは下に続いているのですが、封鎖しています」
「封鎖?」
「そうなんです。下には魔物やかつての遺構がまだ生きていまして……大変危険なのです」
「ほお。それは知らなかったな」
レドもそれは初耳だった。まあ元々閉鎖的な土地なだけあり、情報自体が少ないのだが、まさかそんな場所があるとは思わなかった。
「時折、我々の中でも特に腕に覚えがある者を中心に巡礼隊を作って、少しずつ地下へと調査を進めているのですが……中々難しいようです」
レドはその情報を覚えておくことにした。巡礼隊。地下がダンジョンとなっている【竜牙の塔】。
勇者と何か関係あるのかもしれない。
そんな事を話していると、最初の尖塔に辿り着いた。
「ここは数少ない、訪問客用の設備が整った場所です。基本的にはここに滞在していただきます。まずは部屋にご案内しましょう」
尖塔の中に入ると、そこは広間になっており、食事が取れそうなテーブルと椅子が置いてあった。螺旋状に部屋や通路、階段が配置されており、レド達は上へと続く螺旋状の通路にある隣り合った三つの部屋へと案内された。
「こちらをお使いください。お疲れでしょうし、一時間後にまた下の広間に集合しましょうか。食事をしながら今後の日程について考えていきましょうか」
「分かった。うっし、お前ら荷物置いたらとりあえず俺の部屋に来い」
「はーい」
「了解」
こうして、レド達は無事に【エルゼアス大塔街】へと着いたのだった。
翌朝。
にわかに下が騒がしくなったことに気付いたレドは二本の剣を急いで腰に差すと、部屋を飛び出した。
同時に、シースとリュカもそれぞれの得物を持って扉から出てきた。
「師匠、なんでしょうか!?」
「わからん」
「……どうせろくなことじゃねえよ」
「それを言うな……」
レドは嫌な予感しかしないまま、下の広間にいたラスラへと声を掛けた。
「何があった!?」
レド達を見た瞬間に、周りにいた神官達の表情が険しくなった。
「レドさん……あれを……見て下さい」
そう言って、ラスラが崖へと続く通路の方を指差した。
「嘘だろ……」
レドは思わず、絶句してしまった。
なぜなら。
崖まで続いているはずの通路が――完全に崩れていたからだ。
殺人事件でも起きそうですね(起きません)
まあ人は死にますけどね……




