間話:勇者とは
レドが倒れたのと同時刻。
王都北区にある勇者を定める決定機関である【血盟】の本部で、シース達はとある男と対峙していた。
「……?」
だがシースは重要な場面だというのに、なぜかここではないどこかで、何かとんでもない事が起きているような予感がしていた。
思わず、天井――見えないがそのさらに奥、王都の空に浮かぶ【天輪壁】の方向――を見上げるシースへと、男が声を掛ける。
仕立ての良い服を着ており、金色の髪に緑色の瞳、柔和で整った顔立ちと貴族然とした見た目のその男の名は――マドラ・ヴォス・エルデンシュラ。
【古き血】の大貴族の一人であり、冒険者ギルドにも多大な援助を寄せている。
【血盟】の議長であり、そしてこのディランザルにおける【黄昏派】のトップでもある。
「どうしたのかね、勇者シース」
その声で、シースがハッと我を取り戻し、マドラをキッと睨む。
「その話は、まだ受けていません」
「なぜ断る? 勇者だぞ? 誰でもなれるものではないし、後ろの君の仲間達だって待遇が良くなるんだぞ。Sランクも夢ではない」
マドラがシースに後ろに立つ、三人を見つめた。
静かに目を閉じて佇んでいるシスター服の少女――リーデは無言で首を横に振る。
砂漠の踊り子のような格好をした褐色の少女――イレネが呆れたような顔をする。
鎧を纏った、背の高い青年――エリオスは無言で、シースを見つめた。
シースは後ろの仲間に確認せずとも分かる。目の前の男が善人ではなく、こちらを利用しようとしていることを。その不快感を全員が隠していないことを。
「勇者が何か……僕にはよく分からないけど……それでも僕にはまだ荷が重いってことだけは分かります」
シースは、セインの事を思い出し、そうマドラへと告げた。風の噂で、レドとセインが行動を共にしていると聞き、シースは嬉しかった。だからこそ……その跡を継ぐ資格はまだ自分にはまだないと思ったのだ。
「勇者……勇者ね。勇者シースよ、勇者とはつまりなんだと思う?」
マドラの問いにシースが答える。
「魔王を倒す使命を帯びた者……と思っています」
「そう。その通りなんだけど、そうではないんだよ。君達が考える魔王と、【魔王】は別の存在だ。そして君達が真に対峙すべきなのは……【魔王】の方だ」
「ややこしいわね。魔族の王だから魔王。それとは別にいるってこと?」
思わず口を出したイレネを無視してマドラが言葉を続けた。
「そもそも、我らの真の敵は……魔族にあらず。いや、敵なんていないと言ったほうが正しいだろう。我らはもうまもなく、血によって進化する。そう――君みたいにだ勇者シース」
マドラの言葉にシースが右手の甲に刻まれた紋様へと無意識に手をやった。
「血によって我らは進化し、今度こそ……この星を支配する。竜族なんぞはしょせんその為の道具に過ぎない。我ら【黄昏派】はこの停滞した文明を、まるで残滓のようなこの世界を、加速させる。そのためには、いくつか障害があってね。その内の一つが【魔王】だ。かの存在は、善悪を超越した存在であり、この星にとっては災厄以外の何者でもない。だが星を浄化するには必要なのだ。だからこそ、目覚めさせ、今度こそ息の根を止める。そのためにも……勇者は必要なのだよ」
「待ってください。話が飛躍しています。進化する? 加速させる? 魔王を目覚めさせる? 訳が分かりません」
シースが冷静にそう返すが、マドラは笑うばかりだ。
「もうまもなく、進化の鍵がやってくる。それが来れば、この星に住まう人類は二つの選択肢に迫られる。血を受け入れるか、否か。君は、もうすでにこちら側なのだよ勇者シース。ドラグーンとはそういうものだ。だからこそ、君を勇者にして、そして【魔王】を殺してもらいたいのだ。そうすれば、世界は君の前にひれ伏すだろうさ」
「その【魔王】とやらが何か分かりませんが、倒す必要があるなら倒すだけです。勇者なんて肩書きがなくても、出来る」
シースが迷いなくそう答えた。
「いや、出来ない。勇者とはただの肩書きにあらず。まあその辺りの話はまた今度にしよう。ふふふ……どうやら、刻限が迫っているようだ。ほら――来たぞ」
マドラの身体を中心に、魔法陣が描かれていく。
「っ!!」
シースが斧剣を抜きつつバックステップ。
光を放つ魔法陣の真ん中に立っていた、マドラの手に真っ赤な物体が出現した。それは未だ脈打つ歪な果実であり、シースはそれを視た瞬間に全身の血が泡立つような感覚に襲われた。
「そ……れは?」
「これこそが、進化の鍵だよ。ヘネシーもよくやった。まさに予定通り……そしてご苦労様だ。造り物の割にはよく働いた」
マドラは、脇のテーブルに置いてあった金属の筒にその真っ赤な果実をそっと入れると蓋を閉めた。
「さて世界はこれから一変する。私は少々忙しくなるが……もう一度聞こう、勇者シース――私と共に来ないか? 」
マドラがゾッとするような笑みを浮かべて、そうシースに問う。
しかしシースは本能のままに、斧剣をマドラへと向けた。
「あなたが何者かは分からない。だけど――ここで倒した方が良いってことだけは分かる! みんな!」
「分かってるって!!」
「援護します」
「俺も出るぞ!」
シースが仲間の声を背で受けて地面を蹴った。
記念すべき100部ですが、主人公の安否はいまだ不明である。
次話で少し時間が戻り、また【天輪壁】へと視点が戻ります。
次話更新は11月16日更新予定です。




