前編
本日仕事の休憩時間に書いておりましたが、仕事終わりのつき合いのため、これ以上書けないので、書いたところを投稿です。
2話以上連載になるの今知りました。
当分仕事なので、空いてる時間投稿します。
10月31日に後編投稿して完結しました。
私と弟がその場所にやってきたのは、本当に偶然で、当時小学校4年生の私と2年生になった弟の保の2人で、そこらへんをいつものようにウロウロと探検している時だった。
野良猫を見つけ2人夢中で追いかけて、猫がするりと潜っていったそこを私たちも小さくかがんで両手をついてくぐった藪の先、葉っぱや何やらを体中につけて抜け出して、うんしょと立ち上がった先にはもはや逃げたのかあの野良猫の姿はなかった。
その可愛い野良猫の代わりに私たちのすぐ目の前にいたのは、煙草を咥えて所々に座り込んでる大きな体の怖そうな若い男達で、突然しげみの中から現れた草だらけの私たちに気怠そうにその目をむけてきた。
突然現れた私達をちらりと見て、そのまま私と弟を気にする風でなく、若い男達は皆それぞれ勝手気ままに、話すでもなく煙草をふかしていた。
初めは驚きに固まって、やがてそばに同じようにおろおろする弟を呼び寄せて、その手をぎゅっと握りそこで動かずじっとその男たちの様子をうかがった。
男達が私達を全然気にもとめていないのがわかり、私と弟は2人また野良猫を探しにその男たちを避けるように迂回してまたかけ出した。
猫のなき声のする方を耳をそばだてて探していくと、やがて植え込みの奥の方に、じっとこちらをうかがう親猫と三匹の子猫をみつけた。
さっき追いかけていた猫とは違ってた。
弟が嬉しそうにそばに近づいていこうとするので私はそれを止めた。
前にもこういう事があり、それは学校帰りの公園で、まだ私も小学生に上がったばかりの時に知った事だった。
その公園の公衆トイレの裏側で野良猫が子猫を産んだ。
誰が最初に見つけたのかわからないけど、みんなワラワラとそこによるようになり、同じクラスのみよちゃんが食べ物を、給食の残りのバンなんかをあげだした。
それをみんなが真似だして数日がすぎたころ、子猫達の様子が変になった。
ニャアニャアうるさいくらいないて、どんどんやせ細っていった。
丸々として可愛いかった子猫達は目ヤニがいっぱいつくようになって、みよちゃんも「汚ない」といって、他の子もそばにいかなくなった。
すると、その女の子のかわりに出てきたのはうちのクラスのガキ大将の大ちゃんとその仲間の男の子たちで、その子猫たちを落ちていた小枝でつついたり、小石を投げつけて遊び出した。
私はみよちゃん達が羨ましくて、いいなぁと思っても、仲間に入れてなんて恥ずかしくて言えなかったし、大ちゃん達が子猫をいじめ出しても、怖くて何も言えなかった。
次の日気になって子猫の様子を見にいった私はダランと横になって死んでいるその姿を見つけた。
けれど一匹だけはまだ生きていて私を見ると小さな声でにゃあと鳴いた。
私はそれでもなかなかそばにいけなかった。
けれどそこを離れられずにじっとそばにいてただ立っていた。
ちょうどそこにいつのまにか段ボールじいさんがやってきて、「段ボールじいさん」というのは、ここいらへんの公園を寝床に転々としている年寄りで、学校の集会で校長先生が「ホームレスには近づかないように」と言っていたホームレスの人だった。
けれど私たちはいつも公園で遊んでいるので、いつも段ボールをかかえているその人を「段ボールじいさん」と呼んで、結構話しをしたりしていた。
もちろん先生たちは知らないけど。
「段ボールじいさん」はとても弱くてまだ1年生のいたずらっ子の大ちゃんにも、押されると転んでおいおい泣く。
あまりにもおいおい泣くので、うちのクラスや学年では「段ボールじいさん」はみよちゃんを筆頭に、みよちゃんは上にお姉ちゃんとお兄ちゃんがいて、とても威張っていて何かあるとみよちゃんがすぐに言いつけるので皆言う事を聞いていた。
みよちゃんのお姉ちゃんもお兄ちゃんもとっても怒ると怖くて、あの大ちゃんグループだって泣かされた。
だからそのみよちゃんが「段ボールじいさん」はうちのクラスで守ってあげようと言って、しばらくの間みんなで給食の残りのパンなどをあげていた。
すぐにそれはあきられて終わっちゃったけど、でも「段ボールじいさん」は元気でいた。
私は最初そっとベンチのとこに、皆といっしょは恥ずかしいので残りのパンとか「段ボールじいさんへ」と書いて置いていて、皆が「守る会」に飽きてしまっても私だけは続けていた。
ある日雨の時そのままベンチに置いといては濡れるので、それに傘をさしてどうしていいかオロオロしていた時に、段ボールじいさんがぬっと現れて、歯が幾つかなくて独特の息が抜けたふにゃふにゃな声を出す段ボールじいさんとそれからは良く話すようになった。
段ボールじいさんが私を見て「そいつはもうダメだ。お前らが構って親がそれを嫌がっていなくなっちまった。まだ硬いもんは食えねえし、そんだけ弱っちまったらもうダメだ」
そう言って私に早く帰れと言う。
私がそれでもグズグズしていると、ずんずんと段ボールじいさんがそのまだ生きてる子猫のところに行って、そのままそこに座り込んで子猫の目をみながら話しかけた。
「おい、お前悲しいか?」そう言って子猫に言って、目のとこには小さな白いうじ虫がよく見るといるそれを、そのまっ黒に汚れた指でつまんでとってやりながらもう一度子猫と目を合わせて何かまた話しかけた、私には聞こえなかったけど。
子猫はまた小さく鳴きながら段ボールおじさんの顔を見て、その指をチロッとなめた。
段ボールおじさんはその懐にその子猫をいれると「死ぬときは親猫のあったかさはねえが、人肌で我慢してもらうしかあるめえ、俺じゃ匂ってくせえかお前、しゃあねぇから我慢しろや」そう言って立ち上がると、私にその懐にくるまれた,破けたカーキ色のボロボロのジャンバーの外からそっと抱える子猫を一度上からそっと見せてくれた。
骨の浮いた茶色がかったおなかの所でカーキ色に包まれて子猫は丸まってそこにいた。
「ガキはもう帰れ」そうまた言ったので私は小さくうなずいて大人しく帰った。
それから私が一人で公園で仲間に入れずにいたり、本当に一人の時に,よく段ボールじいさんとちょこちょこ話しをするようになった。
段ボールじいさんは私の事をガキと呼ぶくせに私の事を子供扱いせずに,まるで私と大人同士のように話しをしてくる。
「おい、ガキ。俺は気の向くまま生きてるなって自由だなって思うだろうが、とんでもねえ。ただそこにあるだけの虫以下なー生き物ーにさえなれねえやつだ。いいか?この世界の目に見えない微生物ってぇ奴でさえそのただ生きてるってだけで、この世界を変えている。俺は何も生まねえ、俺自身をゴミとしてドブに捨てちまった。なあ、ところで種ってわかるか?誰かひどく俺みたいにおかしくなっちまった奴が考えた生き物のわけ方でな,それがまたひでぇもんで,それでいえばガキ,おめえもあの猿と変わらねえ霊長類ってやつで,そんなたいしたやつじゃねえ‥」
そんな感じで話しはくるくるいつも変わって私は聞くだけでいっぱいいっばいだった。
私が話しを聞いている時、たまに風の加減で半端ない悪臭に目から涙が出て、段ボールじいさんには悪いけど、オェっと吐き気までする時があった。
そんな時、段ボールじいさんはニヤニヤしながら「おいガキ、俺の匂いで苦しみたくなかったらどうしたらいい?ああ、そうだな、匂いがしない方に回りこみゃいい。いいか、それが生きていくってやつだ。全てにおいてどんな小さな事だってな、ちゃんとない頭で考えろ。自分で自分を生きやすくするってのは大事な事だからな、それはズルいことじゃねえ」
「一番か?そうさなあ、物事は難しく考えるこたあねぇ。一番自分に気持ちいいもんを選んでいきぁいい。それが手に入らなくても、恐ろしい事に人間ってのは次から次に新しくそれが出てくるもんだ。しまいにゃ本当に欲しかったもんがわからなくなる。おい、ガキ、おめえはそれを忘れるんじゃねえぞ。見っけたら絶対かじりついとけ。かじりついときゃ何とかなるからな」
私は今はもういない、どこかに消えた段ボールじいさんの事とあの公園の子猫の事を思い出し、保にいっちゃダメだと行こうとするのを止めた。
保は殆どしゃべらない子で、姉の私の言う事は絶対に聞く。
私達は少し離れた、けれどちょうど植え込みの中が見られる場所に腹ばいになって猫ををただ見ていた。
それからその場所を覚え,私と保はよくそこに行った。
彼らもまた相変わらずいた。
お互いがお互いを知らんぷりしていた。
ある日、私は保を連れて必死にそこに向かっていた。
段ボールじいさんが言っていた。
「犬みてえに腹を見せて服従をみせてめんどくせえ時は逃げんだ。なぁに、自分より弱いとみりゃあ普通の奴はちっと憂さ晴らしして終わらあ。そうしてじっと力をためてるんだ。心まではさがるなよ。いつかためた力でバーン!といけるかもしれねえからな。いけねえ事の方が多いけどな」
そう言ってフニャニャと笑って、次に真剣な声をして私に臭い息を吹きかけて言った。
「けど気をつけなきいけねえのは、その腹をマジで踏み潰しにくるやつだ。いいか?腹をみせながらちゃんと相手の目をみてろ。その目の奥を読み取れ。ヤベェなと思ったらすたこら逃げろ、振り返らず考えず、ただ逃げろ」
いなくなった段ボールじいさんのその言葉通り、私は今まで大人しくしてたけど、いつものように保とうろつきながら家に帰ると、まだ珍しく母が家にいた。
失敗した、もうとうに遊びにいって朝までいないはずなのに今夜はいた。
リビングにいつものように綺麗なワンピースを着たまま静かに座っている母は、通いの家政婦さんが私達二人のために作っておいてくれる夕食をただじっと見ていた。
それから私達が帰ってきたのをみた。
何度か私と保の顔を行き来し、その視線はやがて保に固定した。
いつもこうしてお互い会いたくないのに会っちゃった時なら、私と弟二人どちらかのお腹やほっぺをつねったり、ずっとずっといかに悪い子か怒り続けて、運が悪いと叩いてくるけど、それでもひどくやられて学校にいけなくなる時でもそんな感じはしなかった。
だけどこの時私はこれが逃げなきゃ本当にダメな時だと不思議にわかった。
「クソガキ逃げろ!」そんな段ボールじいさんの声が聞こえてきた気がした。
このままじゃ絶対悪い事がおきる。
私は保の手を取りそのまま靴をはいて逃げようとした。
だけど保はなかなかもう片方の靴がはけなくて、私があせって母の方を見るといつのまにか持っていたひょろ長い包丁を手にして、それも保に向けていて、後ろを同じように見ちゃった保はそのまま動けなくなって泣きそうな顔になっていた。
私はまだはけてなかったもう片方の保の靴をえい、と母の顔に向けて投げつけた。
母は綺麗な自分の顔が一等好きだから、顔をかばってひるんだそのすきに、保の手をグイッとひっばって玄関を急いで開けて、母が大好きな母の実家を真似て、実家の庭師をよんで作ったその大事にしている花壇をまっすぐ踏み入りそのまんま突っ切った。
ざまあみろ、だ。
綺麗にさいてる花々は私達が駆け抜けるたび、夜の暗さにほの白くうかび上がりその昼間とはちがう色合いに見える花びらをはらはらと散らし、追いかけてきていた母の悲鳴をひきおこしていた。
門外に出ても私達は頑張って走っていたが、徐々に遅れる弟を見て、その足元に靴が一つもない事に気づいた。
どうやら私もテンパって保の靴が抜けたらしいのを気がつかなかった。
こんな時も保は声を出そうとしない。
それこそ赤ちゃんの時から母が怒りだすから。
ベビーシッターさんは本当に気をつかっていた。
いつから出ろう、こんな風になったのは?顔を忘れてしまった父がまだいた時はましだった。
私が小学校に上がる前、父と母は離婚をした。
母は生粋のお嬢様育ちで、けれど父を好きになり、家を飛び出した。
これはいつも怒りだして私達をぶったりしながら言うことだ。
「こんなはずじゃなかったの。嫌になって家に戻ろうとしたのに、お父様達が言うのよ。ちゃんと母親なのだからしっかりしなさい、戻ってはいけないって」
「こんな家小さすぎるわ。お庭も小さいしメイドもいない。あんなにパーティーに呼ばれていたのに、今はお母様のパーティーとほんの少しだけ。おかしいでしょ?みんなみんなあなた達のせい!絶対許さないわ!」
そう言って泣きわめく。
私達が普通の小学校に通っているのも、みっともないと怒る。
祖父に言わせれば、せっかく小さい頃から素晴らしい婚約者もいて、家の為にと大事に育てたのに、全てを台なしにした馬鹿な娘で、もはや母はその醜聞で使えないそうだ。
私達もその血に混じりものがあるので使えない。
少なくともある程度の贅沢な暮らしをさせてやってるのだからと、家に戻りたいとすがりつく母にそう言っていた。
贅沢な暮らしって何だろう?
少なくとも私と弟は母がいる時には家にいる事はできないし、家政婦さんが来ない日は食事もできない。
凄い綺麗な服を家政婦さんが用意してくれるけど、私もきっと声のだし方を忘れてしまった弟も、そんな贅沢はいらないと思う。
早く安全な所にいきたくて、私達はいつもの場所に向かっていた。
ブランドものですよ、すごいお高いんですよと家政婦さんの言う私の靴を半分ずつ仲良く分け合いながら。
値段の高い服と靴をはいてうろつく私と弟は、どんなに遅い時間にいてもそれだけで誰も気にしない。
今も片方ずつの靴をはいてるのに。
後ろをふり返り母が来ないのを確認しても怖くて怖くて早くあの場所にたどり着きたかった。