はじまりの実験 5
い、一体、これは・・・・・・
書斎で、なにか重大な異変が起きているのは確か。
どうやらオイラ、新しい自分自身についての混乱にかまけている場合ではなさそうだ。
オイラは、おそるおそる隣の書斎へ移動していった。
書斎の扉を開け、中をのぞいてみる。
中には、先ほどまでご主人が着ていたボロボロの服が床に落ちており、その服を押しのけるようにして、なにかが暴れている。
モゾモゾ・・・・・・
やがて、服の端から顔を出したのは・・・・・・
「バブ~~~!!」
毛のない裸の小さな生物だった。そいつは自分を包み込んで、動きを拘束していたご主人の服から、ようやく抜け出した。それから、座り込んで、自分のちいさな手足を、目を丸くして見つめている。
「バ、ブ~~!!! バブバブバブ~! バ~ブ~!」
やがて、部屋の隅の姿見の前まで這っていくと、鏡面を伝うようにして、立ち上がり、自分自身の姿を映した。
「バブ~~~!!!」
途端に、悲鳴のような声を上げ、倒れた。
よほどショックだったのだろう?
両手両足を床について、凹んでいるし。
今、オイラの目の前には、珍妙な生物がうずくまっている。
その生物、オイラよりも小さく、やわらかい。
ええ~っと・・・・・・
な、なんなのだ? このちんちくりんな生物は?
そいつは、隣に立ち尽くしているオイラの方を見た。
そして、
「バブ~ ババブ~ バブブ~ バブッ!」
まったく言葉になっていない。
オイラには理解できなかった。
なにはともあれ、さっきまで声が聞こえていたご主人がどこかへ消えうせ、代わりにこのまともに言葉すらも話せない小さな生物が存在しているということは、どういうことなのだろうか?
ご主人がどこかへ去ってしまったのだろうか?
それとも、この小さな生物が、ご主人を食い殺してしまったのだろうか?
どちらにせよ、オイラは、これで仕えるべき主人をなくしたのだろうか?
もしかして、この小さな生物の世話をすることが、オイラに課せられた新たな使命なのだろうか?
オイラは、脳みそがないにも関わらず、考えた。
もちろん、答えなんて出なかった。
と・・・・・・
「ふふふ・・・・・・ うふふふ・・・・・・」
どこからともなく、笑い声が聞こえてくる。
オイラは、慌てて周囲を見回した。もちろん、笑い声の主は目の前の小生物でないことはたしか。
どこか、虚空の方から、聞こえてくるようだ。
オイラは、心の中で思った。
「だれ? いま笑ったの、だれ?」
と、オイラの毛をそよがして、風が通り抜ける。
「え?」
「ふふふ・・・・・・ 私は、ここよ・・・・・・」
「え? どこ?」
書斎のあちこちから聞こえてくるみたいだ。女性的な声。
今度は、風がオイラのまわりをグルグル回るように、吹き上がっていった。
一瞬、風に巻き込まれ、回転しそうに。
つむじ風?
「ふふふ・・・・・・ あなたはだーれ?」
「え? オイラ? オイラは箒、君は?」
「ふふふ・・・・・・ さあ? 私はだれでしょう?」
今度は、風が柄をなでるように吹きすぎていく。
オイラにも、だんだん分かってきた。
「も、もしかして、風さん? 風の精霊さん?」
とたんに、落胆の声。
「あら! もう分かっちゃったの! つまんない!」
正解だったようだ。
ん、でも・・・・・・!?
風の精霊といえばシルフ。精霊といえば、普通、こんな風に会話をしたり出来ないはずなのだけど・・・・・・
精霊使いだとかで、高度な訓練を積まなければ、会話どころか、存在自体も感じ取れないはず。
どうして、魔法生物のオイラごときと会話することができるのだろうか?
大体、オイラには発声器官なんていう高尚なものがついていないので、さっきから音声を発していなかったはず。なぜ、さっきシルフと会話が成り立ったのだろうか?
「どうしてかしら? 不思議ねぇ~ さっき、ヘンなゼリーみたいなものを浴びて、金色の煙まみれになっちゃったりしたから、そのせいかしら?」
オイラの疑問に、シルフはそう答えた。