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はじまりの実験 3

 小屋中にモクモクと金色の煙が立ちこめ、目と鼻の先のものですら見分けるのが困難な状況になった。

 箒の見ている目の前で、マーサが調合した薬の入ったグラスが爆発したのだ。

 箒は至近距離で爆発に巻き込まれたはずなのだが、吹き飛ばされることもなく、しかも、幸運なことに、無傷だった。

 ま、もっとも、所詮、箒なので、吹き飛ばされていても、大して被害もなかっただろうけど。

 やがて、全開になっていた窓から、もうもうと立ち込める金色の煙をともなって、風が出て行った。代わりに、外の新鮮な空気と入れ替わる。

 そのおかげで、しだいに煙が薄まり、部屋の様子が見通せるようになってきた。

 グラスの爆発で、テーブルの上には大きなくぼみが出来ており、そのくぼみの底に、金色に光るゼリー状の物質がたまっている。よく見ると、箒の体のあちこちにも、飛び散ったゼリーが付着していた。

 また、くぼみを中心にテーブルの上一面には、きらきらと光を反射する粉状の物体が・・・・・・

 粉々になったさっきのグラスの欠片。

 このとき、箒は思った。

 グラスが爆発したということは、マーサの今回の実験失敗だったということだろう。

 マーサがこの実験のための材料を集めに、ここ数日、数週間、体がくたくたになるまで一日中出歩いていたというのに・・・・・・

 今までの努力が今の一瞬のうちに、まったくのムダになってしまった。

 主人のマーサがこの結果を知ったら、どんなに落胆するだろうか?

 箒は、マーサが悲しむ顔を想像し、痛ましく感じた。

 ともあれ、箒は、本来の自分の製造目的に従い、失敗した実験の後始末を始める。

 まずは、棚から新しいグラスをとりだして、くぼみの中のゼリーを移しておく。

 おそらく、このゼリーは、何かもっと別のモノになるはずだったモノだろう。マーサが実験の失敗の痛手から立ち直り、気を取り直した後、分析してみて、なぜ実験が失敗終わったのか、確かめようとするはずだ。

 そのためには、とりあえず大事に部屋の隅の棚に保管しておいた方がよい。

 箒は、自分の機転に言い知れぬ満足を感じていた。

 

 さて、次はテーブルにもどって、飛び散ったグラスの破片を片づけなければ!

 箒は、再び、テーブルにもどり、どこから掃き始めればいいかと考えようとした。

 だが、そのとき、隣の書斎から突進してくる人影が・・・・・・

「箒、なにしてるの! そこをおどき!」

 叱声が飛んでくるよりも早く、突進してきたマーサの容赦ない腕の一振りで、箒は弾き飛ばされ、気がついたときには、すでに部屋の壁にたたきつけられていた。

 くっ! い、痛い~!

――一体、なんなのだ? なぜ、ご主人は、オイラを乱暴に押しのけたりするんだ!

 箒は抗議の思いをこめて、テーブルにかぶりつくようにしているマーサをにらんだ。

 もっとも、箒ににらまれていることなど、マーサは気づいてなんかいないが。いや、自分が、箒を弾き飛ばしたことすら、すでに念頭にない。

 ただただ両手をいっぱいにつかって、テーブルの上に散らばる粉状のグラスの破片を集めるのに夢中だった。

 一心不乱に、丁寧に、慎重に・・・・・・

 一粒たりとも、破片を残したりしないという強い意思が、オーラとなって、マーサの老いた体を包み込んでいる。

 箒は、その姿に圧倒されていた。身動きひとつすらできなかった。

 マーサを手伝うことも忘れて、呆然と見守ることしかできなかった。

 


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