第3話 クラリッサ――身内だからこそ、お断りします
息子を連れて実家を訪ねた日のことだった。
昼食を終えると、母が話があると言って、私だけを居間に残した。
「クラリッサ。叔父様からお話が来たの」
「何の?」
「エレノアの縁談よ」
相手の見当はついた。
「弟と?」
「ええ」
当たってほしくはなかった。
「断った?」
「まだよ。本人にも聞いていないもの」
「なら、断ればいいじゃない」
母には、私がなぜ反対するのか分からないらしい。
「あなた、エレノアと仲が悪かったかしら」
「悪くないわよ」
「なら――」
「だから余計に嫌なの」
エレノアを知らない相手なら、条件だけを見て縁談を受けるかもしれない。けれど、私たちは違う。
「身体のこと?」
「違うわ。そんなこと、昔から知っているでしょう」
エレノアが熱を出しやすいことも、ときには長く寝込むことも、親戚なら皆知っている。それで嫌なら、これまで親しく行き来してはいない。
「ジェラルドよ」
今度は、母もすぐには返さなかった。
「叔父様は、結婚したらジェラルドも距離を改めると言っているわ」
「なら、なおさら嫌よ」
「どうして?」
「改めなければならないような距離だった、ということでしょう」
先日、エレノアのところへ遊びに行ったときのことを思い出した。
アメリア様は、ジェラルドに妻との家庭を大切にしてほしいと求めただけだ。けれどエレノアは、アメリア様のほうが理解できないと言った。
「エレノアが悪い子だと言っているんじゃないの。そこは間違えないで」
「従妹としては好きなのね」
「ええ」
「でも、弟の妻には嫌?」
「嫌」
好きか嫌いかで決めているのではない。弟と家庭を築ける相手かどうかを考えている。
「エレノアが熱を出したら、誰を呼ぶと思う?」
「結婚したあとの話?」
「そうよ。自分の夫ではなく、ジェラルドを呼ぶんじゃない?」
「叔父様が止めるでしょう」
「毎回?」
熱を出したときだけではない。夫婦で意見が合わなかったときも、弟に不満を持ったときも、そのたびにジェラルドが出てくるのではないか。
母が答えを出せないまま、扉が叩かれた。
入ってきたのは弟だった。
「姉上が、私の縁談を勝手に断ろうとしていると聞きました」
「耳が早いわね」
「母上の侍女が教えてくれました」
「悪かったわよ。では、あなた自身に聞くわ。エレノアと結婚したい?」
「嫌です」
母が確かめたかったのは、結論よりもその理由だった。
「身体のことではないのよね?」
「それなら昔から知っています」
私と同じ答えだった。
「では、何が嫌なの?」
「ジェラルドですよ」
やっぱり。
「あの人の義弟になりたくありません」
「もう親戚でしょう」
「今と、妻の兄になるのとでは違います」
親戚である今なら、ジェラルドがエレノアの世話を焼こうと、弟の生活には直接関係がない。だが、エレノアの夫になれば、無関係ではいられなくなる。
「エレノアは、何でもジェラルドと比べるでしょう」
「まあ、するわね」
「それだけなら、我慢できるかもしれません。でも、三度も婚約がなくなって、それでも二人とも自分たちに問題があると思っていないのでしょう?」
否定はできなかった。
「それが一番嫌です」
そこまで聞けば、母も弟を説得しようとはしなかった。
「分かったわ。お父様にも話します」
「お願いします」
弟の用件は、それだけではなかった。
「姉上」
「何?」
「姉上が余計なことを言わなくても、私は最初から断るつもりでしたよ」
「分かったってば」
「兄弟だからといって、何でも口を出していいわけではないでしょう」
ジェラルドのことをあれほど言っておきながら、私も弟の返事を聞く前に縁談を断ろうとしていた。
「……そうね」
弟が出ていったあと、母が言った。
「叔父様には、私からお返事するわ」
「お願い」
エレノアは嫌いではない。
今後も親戚として会えば、普通に話すだろう。子供を連れて遊びに行くことだってある。
でも、弟の妻には勧めない。
昔から知っているからこそ、それだけは決めていた。




