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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
来襲侍女と襲来

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Ⅲ310.舞台は騒然とする。


数十分前。


「速く行け!!翼男に見つかる!!」

「黙れ押すな!!声で気付かれたらどうする?!」

「どうせ奴に見つかれば皆殺しだ急げッ!!!」


隠し通路は、静かにそして酷く混雑した。

一人、また一人と二階席の客の目にも届かない位置で回転扉の先へ特別な客達が逃げ始めた頃合いは、殆ど一緒だった。

最初の内には、別段その通路を使うほどではないと判断する者はいなかった。奴隷が暴れ出した時の座興からあまりの圧倒に危機感こそ覚えたが、それでも奴隷はただ向かってくる相手を攻撃するだけ。客席にいる自分達に攻撃はしてこないとわかれば、時間が解決してくれるだろうと高見の見物をしていた。一階席と違い、二階席に被害は皆無だったのだから。

しかも途中からは奴隷の姿も見せず舞台上だけの撃ち合いが行われれば、つまらないと思うほどの余裕も持てた。……突然の振動とその正体を知るまでは。


振動が起きた時から収まるのを待たずに会場を出ようとする者はいた。

護衛の人間に外の様子を確認に行かせた者が殆どだ。入り口が破壊されている、翼を持つ特殊能力者だと、それだけでも引き際を知る者ほど一刻も早くの逃亡を決めた。特にレオナルドの存在を知る者は、彼の襲来に血相まで変えていた。


貧困街の首領。翼を生やす化け物であり、特殊能力者である男はその地では有名だった。

ミスミのオークションこそ各国から幅広く集まるが、闇オークションの存在を知る者はもともと限られている。ミスミ王国国外でも、隣国であるラジヤ属州であるパボニアの富裕層も多く招かれていた。特に今回はレオナルドらしき奴隷商品の噂を聞いて、強く参加を希望した者も少なくない。

翼の特殊能力者、希少品というだけではなく報復の意図が強い。


貧困街。ラジヤ帝国の属州という小さな地だが、その中でも首都で数年前から幅を利かせる違法組織は表も裏も関係なく邪魔な存在だった。

ただ犯罪行為を行う組織だけであれば良い、そんなものは貧困街以外にも数多い。しかし貧困街と裏家業とには大きな差があった。

金もない力もない〝浮浪者〟まで囲い、保護してしまう。奴隷制度のある地に住まう裏家業にとって、家もない後ろ盾もない〝価値のない〟人間こそが、絶好の狩りの標的であり大事な収入源だ。いなくなっても騒ぎ立てる者はいない人間を狩って捕らえては、奴隷収容所や市場や商人に売りつける。元出はいらず、自分達の懐がひたすら潤う。狩りで獣の肉を売るよりも遙かに金になる商売だった。

それなのに、数年前から発起し始めた貧困街の存在で一気にその収入は低下した。貧困街は裏家業のように人員を組織に引き入れるのではなく、力のない者まで保護をする。それでは自分達が狩りを行う獲物もいなくなる。


当然、そこで諦める奴隷狩りではない。

貧困街という囲いの中に獲物が集まっているのならと、総取りしようとその地域の裏家業や人身売買組織〝全て〟が貧困街を狙った。

奴隷商や奴隷収容所など、裏で無料の奴隷で稼いでいた組織が裏家業を雇うこともあった。しかしその全てをたった一人で返り討ちにし、制したのがレオナルドだ。

貧困街を襲う奴隷狩り集団を殲滅し、根城も掴めば乗り込み潰し、雇い主がわかれば裏も表も立場関係なく必ず報復をする。自分が発足した貧困街の安寧さえ守られれば全てを捨てる。


戦闘でのあまりの建物などの被害数に、領主が動き衛兵が掃討に動いたことがあるが結果は同じだった。

それを必ず、欠かさず、手を抜くこともなく行い、報復を繰り返した。レオナルドの悪行は善良な一般市民には騒動の渦中として恐怖と不快を与え、そして行き場を失った浮浪者には逃げ場を与えた。

裏家業はレオナルドと貧困街から手を引くことを決め、人身売買や奴隷狩りも何者も貧困街の庇護下の人間は容易に狙えなくなった。事実上敗北を認めたことの屈辱と、そして狩れる奴隷が急減した実害に業を煮やしながらも報復は叶わない。

商売にならないと、裏家業の中には商売の地を変えた組織もこの数年で多い。


それほどまでに恨みを買い続けていたレオナルドが、とうとう奴隷として出品された。

彼を嘲り笑い、あわよくば競り落とし生き地獄を味わわせてやりたいと、その存在を知る者は誰もが心から願った。開始直後、競売リストから外されたと聞いた時は落胆を隠せなかったほどに。

デマだったのか逃げ出したのかもわからない。しかし、レオナルドがまだ健在であることも、報復が叶わないことも全てが彼らには訃報でしかなかった。人身売買、裏家業、奴隷に関わる全ての者達にとって忌むべき存在だ。



その彼が、この会場に現れた。



「速く!!上れ!!仮面は外せ!!」

「ドレスなんか破け!金具も捨てろ!!命が欲しければ上れないなどと言っている場合か!」

「ちょっと!私に譲りなさいな!!」

レオナルドが捕まっていたのが本当で、脱獄し報復に現れたのか。闇オークションの賞品に貧困街の住民が紛れ込んでいたのか。闇オークションの何者かが彼の不興を買ったのか、もはや理由や経緯などどうでも良い。

しかし、彼が入り口を破壊した時点で自分達を逃がすつもりはないことは確信できた。この会場の出席者全てが皆殺しにされる。彼を相手に自分達の武器どころか、どれほどの腕利きの護衛も役に立つわけがない。たった一人で奴隷狩り集団も裏家業の巣窟も殲滅し当時街一番の奴隷商会すら雇われていた護衛全員を殲滅した男だと有名だ。

レオナルドを知っている者ほど、戦うという選択肢も今更湧くわけがなかった。あんな化け物を相手に勝てる人間などいるわけがないと無数の死体で証明されてきた。


レオナルドを誰かが殺してくれるのを願うくらいならば、地上に上がり客に紛れるか騒動を起こして逃げる方が遙かに生存確率が高い。その選択をしたのは、奴隷商や噂を知る貴族富裕層だけでもなかった。

闇オークションの幹部達もまたレオナルドと貧困街を知る者は多い。裏家業である彼らが、賢く生き延びる為に必要な知識情報を持っているのは当然だった。レオナルドが出口を封鎖した時点で皆殺しは確定。それならば、自分達が逃げ出したところで闇オークションの組織から報復もない。どうせ全員刃向かえば死ぬのだから。

そして、ここで同じく逃亡を選択した時点で全員が共犯である。

もう貴族も、王族も、商人も二階席客も幹部も裏家業もスタッフも何も関係ない。レオナルドに気付かれる前に我先にと、蜘蛛の糸を辿るように誰もが必死に梯子を登り続けた。


一番先頭で誰よりも先に逃亡を決めたのは、当時ロビーに立っていた幹部スタッフだった。

レオナルドが現れた時点で会場へと逃げ込み、その後の振動が起きてから出口封鎖情報を聞く前に撤退を選んだ。続く人間などどうでも良く、ただひたすら生きながらえる為に上がり続けとうとう出口に手が届いた。長年開けられる機会などなかったその戸は施錠こそされていなかったが、内側から固く閉じられ、レバーを掴み下ろすのにも力をかけてもすぐには開かなかった。固まったレバーをギリギリと歯を食いしばり、鈍い金属同士を擦らせながら開く間に、次に登り始めた常連客の商人が「さっさとしろ!」と怒鳴った。

梯子を掴んでいた両手をレバーへと注ぎ、渾身の力を込める男は焦燥と苛立ちのあまり思わず商人の顔を蹴りつけた。あとの報復などどうでも良い、自分はもうそれどころじゃないと心の中で叫びながらようやくレバーを下ろし、出口を開くことができた。足蹴にされた鼻を押さえる商人も、今は文句を言う余裕もなく飛び出す男の後に息を潜めて続いた。

脱出口を主催者から聞いた時点で、この上がどこに繋がっているのかもそして今まさに何が行われているかも全員が知っている。


「それでは次の品に移ります。クレマチス王国より─……」


ミスミ王国オークション会場の舞台裏。音を遮る分厚い鉄の扉を開いた途端、最初に聞こえたのは丁寧で気品の感じられる進行役の口上だ。

地下と異なり、地上の正当な最大規模オークションは滞りなく行われていた。ランプや炬火の明かりで煌々と照らされる舞台と異なり、裏側はスタッフの動きが客の目を煩わさないように最低限の明かりで行われている。そのほんの一角の物陰から飛び出した影に、最初はミスミ王国のスタッフ達も気付けなかった。

一人二人と闇に紛れて飛び出したところで、商品を動かすことと進行を滞りなく進めることに誰もが文字通り脇目も振らず集中を高め続けていた。


一人目の男は会場スタッフの振りをして早足で紛れ、逃走を図った。

二人目の商人は関係者のふりをして胸を突き出しふんぞり帰り男の後ろに続いた。

三人目と四人目の商人の護衛もまた同じように関係者のふりを装い、五人目の貴族は客のふりを……と、そこまでいけば流石に表の会場スタッフも違和感に気付いた。自分達の見覚えがない人間というだけではない、打ち合わせと予行練習を何度も行った流れに存在しない人間が次々と我が物顔でうろついていれば異常も感知する。

声を掛けても無視してどこかへ向かおうとし、追いかければ逃げる。侵入者だと、逃げられた途端に声を上げたスタッフが次の瞬間には商人の護衛にナイフを突きつけられた。そして一度でも小さな「侵入者」の声に、優秀な警備達は当然確認へと連携の取れた動きで行動する。

護衛の男だけでなく、その先を進む商人にも、そのさらに先へ行こうとする元幹部の男も警備に呼び止められた。ナイフを突きつけた護衛も警備に駆けつけられればあっという間に追い詰められた。


最初は舞台や観客に気付かれないように、速やかに処理をしようと警備も動く。多くの主要人が参列する催しに騒動など立てられない。

小さな異常にも過敏に、そして全体の警戒を強めていく警備達が次々集まっては怪しい人物を一人一人問い詰めた。ナイフで人質を取った護衛の男を殆ど音もなく対処し、その先に立っていた商人も招待状を提示できずに別室へと連行された。

商人のもう一人の護衛の男はとうとう銃を取り出しつきつけ、逆に呼び止めてきた警備を人質にしたが、やはり警備複数人で取り押さえ事なきを得た。

その後にも引き留められた貴族もふんぞり返ろうとしたが、やはり招待状を持たず舞台裏にいることで連行をされ、その貴族の護衛の一人が銃を撃とうとし止められもう一人の護衛が逃げ出し舞台に躍り出る前に止められその後に出てきた令嬢が掴まり喚きだし同行者の男性が剣を振り回しさらにその護衛二人が揃って警備と戦闘を繰り広げ後続の幹部が舞台裏の宝物庫方向へと逃亡し捕まりその次の幹部が警備をナイフで刺し殺しその次の王族が走り抜けようとしたところを警備に飛びかかられその護衛が警備に襲いかかりもう一人の護衛が銃を取り出しその後続の商人がこれから出される商品を盗もうと欲を出しその護衛は逃げる為に銃を天井へと乱発しもう一人の護衛がスタッフの女性を人質に取りその後続の幹部が物陰に潜んで間もなく警備に見つかり殺し合いを始めその次の王族が警備を撃ち殺し護衛が警備へ襲いかかり応援がさらに呼ばれ幹部がとうとう舞台へと躍り出て観客をざわつかせさらにもう一人の幹部がまた舞台に逃げ出し観客の一人を人質にしたところで警備の数に怯え舞台裏にまた逃げ込みさらに人身売買組織の首領が銃を乱射し始めその部下達がさらに人質を取り最初に逃げ客席後方まで出た幹部の男もその騒動により見つかり拳銃を構え打ち鳴らし偶然傍にいた小国の王女を人質に取り武器を持たない護衛を二人殺した。


……次々に、レオナルドの恐怖に押されるように命からがら逃げてきた闇オークション関係者の数に、あっと言う間に会場は騒然とされた。


客席で人質を取り暴れる者、人質を取り舞台裏にこもる者、そして偶然とはいえ王族まで人質に取る者まで現れ混乱を極めた。

最初の何が起きているか判断を要する数秒を理解する者ほどその時間を無駄にしない。人質を取り、本来であれば自分達が敵わない相手であろう護衛を武器を使い無力化し周囲を牽制する。


スタッフも誰もが逃げ惑い、警備が収束に走る中で、ほんの物陰からこっそり現れた後続へ気付くのは難しかった。

舞台裏から沸いているとまでわかっても、その出所を判明するよりも既に暴れ出している侵入者の対処と観客の安全保護でそれどころではなくなった。砂崩し程度のささやかな綻びから、気付けば蟻地獄のように次々と被害が広がり取り込まれていく。


騒ぎが起きてからすぐ、各要人の護衛達は避難を促すがその気配を察知すれば黙っていない。大規模な催し会場の外にまで騒ぎが知られれば、武器を持つ兵士や騎士護衛達までなだれ込んでくる。

動くな、と最初に叫んだのはやはり一番最初に逃げた幹部の男だった。そしてまた彼を追いかけるように、人質を取る者達は誰もが同じ脅迫で声を荒げる。

「人質の命が惜しければ今すぐ会場を封鎖しろ」「会場から一人でも出ればコイツを殺す」「全員膝をつけ」「この場で乱射しても良いんだぞ」「殺されたくなければ大人しくしろ」「王族を死なせたいか」「はやくしろ」「従え」と、要求が一つ上がれば次々と拍車がかかる。

王族を含む人質の命を縦に、各国で強靱さを誇る護衛達も手を出せない中で堂々とさらなる人質を取る者がまた現れる。人質を取れば、そこで自分の命も保証されると錯覚し盾代わりに御しやすい人間か見捨てられないほど価値のある人間を選び人質にしていく。

小国の王女をはじめとする王侯貴族大商会の命を第一優先とされ、警備達も苦渋の想いで一度会場の分厚い扉を封鎖した。闇オークション参加から逃げ出した王侯貴族の中には、今のうちに観客に紛れようとする者も現れる。オークションに相応しい正装と、護衛の衣装、スタッフの衣装も全て闇オークションとミスミオークションに系統としての大きな差はない。

警備にはバッジ、客には招待状の有無もあるが、混乱した最中では敵と味方が違いもわからなくなり、武器を掲げる者が奇襲者ということしかわからない。いつ、誰が殺されるか人質にされるかと、奇襲者の要求も判明せず緊張が走り騒然とする中でまた一人観客から人質を取ろうとする者達がとうとう階段を上がり出す。人質にすれば間違いない、決して切り捨てられない人間の席しかない二階席に侵攻し銃を




パァンッ!



……その、小さく乾いた音は、騒然とした会場と牽制に会場中で侵入者により打ち鳴らされる無数の音の一つに過ぎなかった。


防音も徹底された壁と、閉ざされた分厚い扉の中で銃声も覆い隠し、舞台を際立たせる為の薄暗い客席で血を流し倒れた人間が護衛であろうとも警備であろうとも王族














「さて、ここからどう対処しましょうか。ローザ・ロイヤル・アイビー女王陛下」

「……何故、貴方がこの会場で銃を所持しているのでしょうか」















王族、の指示により射殺された侵略者であろうとも。

仲間同士ではない彼ら逃亡者は誰も気付かない。二階席に初めて踊り出た侵略者を、どの国よりも先に処理させた王子に、ローザ一人だけが冷静な眼差しと声で言葉を掛けた。

「許可を頂けたので」と滑らかな笑みで返すアネモネ王国第一王子による反撃の狼煙。


それを知る者は、まだ二階席にしかいなかった。


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