Ⅲ250.来襲侍女は聞き、
「も、もし怖くなったり不安になったら本当に言って下さいね……?すっすぐ出しますから……」
「うん、はい……、全、然……、……」
オスカー!オスカー!?と、また私はペチペチ壁を叩きながら呼びかける。こうすれば一言くらい返事はくるけれど、また段々と口数が減った気がする。
ステイルがエルドを説得してくれている間、私は私で土壁超しにではあるけれどオスカーから話を聞くことができた。最初はヴァルからまるでベビーガードみたいにいきなり強制面会謝絶されて困ったけれど、相手の顔色を見て話したい私に反しオスカーの方は逆に少し話しやすくなったように教えてくれた。名前と年齢だけじゃない、彼がこうなるまでの経緯も大方把握できた。
話も一区切りつき、そろそろエルドの方の意見も聞こうかと彼にその状態のままで良いか尋ねれば快諾だった。話し疲れたからか、その前にエルド達に痛めつけられたからか、……気のせいか声がぽやぽやとぼやけて聞こえる。まさかこんな状態で船をこいでるのかしら。
オスカーの、今日までの生活を思えばある意味いまが一番安心して眠れる状況なのかもしれない。まだ私達のことまで信頼してくれたとは思わないけれど、囲まれている空間が結果として彼の為になったのならば良かったと思うことにする。
ヴァルに念の為彼の監視と護衛、もし異変か本人が出して欲しいと言ったらちゃんと壁を解除してあげてくださいと命じて私はその場を立つ。不満げに舌打ちでオスカーの壁に寄り掛かっていたけれど、そもそも彼が作った壁なのだからこれくらいはして貰おう。
ハリソン副隊長とエリック副隊長と共に、ステイルとエルドの方へと歩み寄る。私達の方と違い、エルドとステイルはまだ問答を続けているようだった。
「フィリップ様。こちらは事情をいくらか聞けました」
「!そうですか。ご苦労様です。こちらは、…………首領がどうにもこうにも役立たずで困ってます」
「アァ?こっちの都合を考えてねぇのはお前の方だろうが」
ゴゴゴゴゴゴッと、二人の間に深い断崖絶壁が見えるかのようだった。
にっこりと黒い笑みで殺気を浮かべるステイルに、エルドも腕を組んで睨みをきかせている。ちらりとステイルの背後に控えてくれているアーサーとアラン隊長に目を向ければ二人もどこか苦そうな表情で私に返してくれた。
さっきまではオスカーとの話で精一杯だった私だけれど、どうやらかなり不毛な会話が続いたらしいとそれだけで察してしまう。
事情を伺っても?と尋ねれば、エルドが口を開く前にステイルが「僕が話しましょう」と少し前のめりな声色で言ってくれた。……多分、エルドに話させたらまた嫌味と私情と脱線が凄まじいのだろうなぁと思う。
エルドも私の為に二度も説明はしたくないのだろう、腕を組んで黙ってステイルと間に入った私を睨み付けた。
こことは違う、以前居住区にしていた貧困街内の井戸が毒に侵された。ここまでは、さっきの貧困街の人達に聞いた話と同じだ。
「被害規模は大きく、貧困街のおよそ半数が毒に侵されたそうです。当時の幹部も殆どが倒れ、ホーマー夫妻は娘が死にかけたとか」
娘?!と、さらりと言い進めたステイルの言葉をうっかりひっくり返った声で反復してしまう。ちょっと待って娘って?!
あくまで侍女である私がここで「いつの間に?!」と言うわけにもいかず、意識的にそれ以上は唇を噛んで堪える。ふんぞり返ったエルドの不機嫌な眼差しに、今は怪しまれているんじゃないかと背中に冷たい汗まで伝う。
焦って一度顔を伏してしまう中、ステイルはそれを流すように説明を進めてくれた。結果的にホーマーの娘さんは幸いにも一命を取り留めたけれど、手遅れになった人も大勢いたと。
貧困街はもともと出稼ぎ……という名の軽犯罪で稼いでくるのが若い人や男性で、その分動けない身体の人や女性、子どもが全体的に貧困街で生活基盤を支えている。だから食事も貧困街でまとめて作ってみんなで食べるし、水汲みも一度でまとめて汲んで動けない人に配ることも多い。洗濯にも当然水を使うし、女性だけでなく子どもも……と、ここまでステイルに細かく説明されれば今度は背筋に汗ではなくただただぞっとした。
井戸に毒という被害の壮絶さを頭では理解していたつもりでも、具体的にその規模の恐ろしさを思い知る。つまり、一度のタイミングで大勢が一斉に毒を摂取してしまったということだ。
一人二人が倒れてどうした原因はという話じゃない、ほんの一時間で例えてもその間にどれだけがの人数が体内や肌から毒を摂取してしまったか。もともと貧困街で共有している井戸は一つだけだったこともあり、その被害は致命的だったらしい。原因が最初は井戸ともわからず、毒を飲み流そうとさらに毒入りの水を飲んで倒れた人もいる。身体が弱い老人や病人は助けを呼ぶこともできなかった。……正直、オスカーの毒の恐ろしさをゲームの設定で知っている私としては余計に被害のえげつなさが目に見えるようだった。
さっきあれだけ殺気立っていた貧困街の人達も当然だ。
急いで貧困街の資金を回して薬を手に入れたけれど、それでも乳幼児から老人までかなりの人数が間に合わず、亡くなってしまった。
「本来なら貧困街の半数はそのまま死んでた。井戸も使えずこっちは死に物狂いで住処ごと変えた。犯人を消すまで安心して俺達が暮らしていけると思うか?」
そう憎々しげにステイルの説明に補足するエルヴィンは、これ以上なく顔を歪めていた。組んだ腕の筋肉が酷く強張っている。トントントンと指先が自分の肘を叩いていた。思い出したように歯を軋ませる音まで耳に届く、
自分の新しい城を崩壊されかけたからか、仲間を想ってか、首領としてか、それとも弟であるホーマーのことか。そのどれ一つを取っても、彼がオスカーの命を狙うには充分過ぎる理由だ。
きっと私達から資金を提供するから犯罪行為をしないでというのも、本音は都合が良かったのだろうと今思う。人が常に出払っていたのもオスカーを探していたからと考えれば、私達が資金を提供したことで彼らも人捜しに集中できたということになる。
そして今朝やっとオスカーを捕まえたけれど、その際にまた一人が毒にやられて倒れた。オスカーに特攻して縛り上げるまではできたけど、それから間もなく倒れてしまったらしい。オスカーも殆ど抵抗はせず、彼を縛った縄を引っ張る形でここまで連れてきた。
どうやって毒を仕掛けてきたかもわからないオスカーを一先ず住宅地から離れたここまで連れて瓦礫に縛り上げ、その間にも貧困街の人達は全員が彼を八つ裂きにしたいと武器を持って集まった。被害が一人また出たと広まってからは、いつでも反撃できるようにの意図もあったのだろう。……いや、反撃ではなく殺害か。
「ですがっ……彼も故意に侵したわけではなく」
「ッ聞き飽きた!そういう問題じゃねぇんだよ!!ここらじゃ俺達〝程度〟何人殺したところで大した罪にもならねぇのはこっちもわかってる!!」
弁護しようとした途端、キンと耳に響く声で至近距離から怒鳴られる。聞き飽きた、という言葉にきっとステイルも何度もそう言って弁護しようとしてくれたのだろうと理解する。そして、全く受け入れられなかった。
エルドの言葉に、今度は言葉が詰まってしまう。元王族である彼の言葉の本心がどちらかはわからない、けれど事実だ。
ラジヤ帝国の植民地、ラジヤの法とは別にその領地を司る領主の意思がこの地では反映される。井戸に毒、といえば大罪だけれど、エルドの話から考えても被害は全て貧困街の住民なのだろう。そして彼らはただの貧困層の人間ですらなく、貧困街という軽犯罪組織の人間だ。残酷だけれど、……その命もきっと軽く扱われる。
彼らがもし衛兵にオスカーを突き出したところで、きっと彼は普通の大量殺人と同等の罪には問われないだろう。それこそ先生……ノアのように保釈金を払えば釈放される程度かもしれない。
仲間を大勢死に追いやられて、大したお咎めもなく釈放されるくらいなら自分達の手で復讐したいと燃えるのは貧困街全体の意思だろう。エルド一人の意思で成立しないところまできてしまっている。
頑と吠えたエルドにステイルは片耳を押さえると、そのまま私に向けて首を左右に二度振った。どうやら、ここから先はずっと互いの意見の平行線ということのようだ。
オスカーを回収したい私達と、そして彼に報復したい貧困街で妥協点も見つからない。何より、貧困街にとって私達はラジヤの人間ですらない部外者だ。
互いに顔を見合わせる私達に、そこでエルドは一度鼻で笑った。ハッ、と馬鹿にするように胸を突き出して私達だけでなく騎士達も一人一人目で舐めるようにして嘲笑う。
「お前達の国じゃあ確か、化物のやったことは許されるんだったな?神から啓示を受けた特殊能力者は特別な存在なんだろ?」
「あくまで故意の有無に焦点が当てられる場合だけです。特殊能力を持とうが、大罪人には相応の刑罰が与えられる。教師に習わなかったのか」
若干さっきよりも苛立ち混じりのステイルの声が間髪を入れずエルドに返される。本当にその通りだ。
我が国では確かに、特殊能力者による大規模な被害もある。けれど、故意にではなかったり特殊能力の暴走ということであれば釈明の余地があるというだけだ。最近ならブラッドの件だろうか。
あれは未然に防ぐことができたけれど、もし村ごとの大規模炎上になったとしても彼の意思によるものではないと判断されれば重罪には問われない。実際、ゲームのブラッドは少なくとも三年後には普通に学園に通っていた。
だけど、だからといって特殊能力で侵した罪が全て無罪放免になるわけじゃない。故意で悪用したのならむしろ通常よりも重い刑になるし、希少な特殊能力を持っているからといって減刑になるわけではない。……と、思っていると今まさにオスカーのすぐ側にいるだろう前科者を思い出してちょっぴり自分でも頭が重くなる。いや、彼も隷属の契約にはしっかり処されている。その上今では色々あって自由の身どころかがっつり過剰労働してくれているのだから、特殊能力を持って減刑というとまた違う。
ステイルの言い返しが勘に障ったのか、エルドは歯茎が見えそうなほど口を引き攣らせると一度目をそらした。オスカーのいた方向へ目を向けた後、自分の間違いを認めたくないように訂正も謝罪もなくまた話題が変えられる。




