ある元公爵令嬢の回顧録
後編。嫁視点です。
え? ええ。わたくしが元公爵令嬢ですわ。なぜご存知なのかしら?
あー、お、お夫、ですわね。はい、ええ、そうですわ。お恥ずかしい。
わたくしが元公爵令嬢になった理由、ですか。話せば長くなりますわよ? かまわない、そうですか。
わたくしは北の国の公爵家に産まれました。兄が三人いての初めての女子で、それはもう喜ばれたそうですわ。
王家に嫁がせる娘ができたと。
当然のように、産まれた瞬間から王子の婚約者でしたわ。反論どころではありませんわね。
教育、マナーレッスン、教育、ダンスレッスン、教育、王子妃教育、教育教育教育…………。
自由などありませんでしたわ。唯一あったとすれば、学院に通っていた時ですわね。王子妃教育は終了しておりましたので、執務を減らしていただいて、学院に通いましたの。楽しかったですわ。
だのに、あの愚王子ときたら……!
平民の女生徒に手を出して、逆に絡みつかれてしまったのですわ。引き離すのが面倒になって諦めるほどに。
愛妾ならば許容範囲でしょう、と王妃殿下が仰いましたので、その予定でしたの。
女生徒がやらかすまでは。
あろうことかわたくしが彼女を虐めて、果ては命を奪おうとしたと、騒ぎだしたのですわ。
嫉妬で狂ったのだと。
ふふっ、誰が誰に嫉妬するのかしら。おかしなこと。愛なき愚王子が欲しいのならいくらでもくれてやりますのに。
そもそも、わたくし白い婚姻の予定でしたのよ。あんな汚い手で触れられるなど、我慢なりませんもの。
愚王子には、然るべき家柄の側室を迎えて御子を生していただく手筈でしたの。それを、あのお馬鹿さんときたら。
命を奪おうとするなら、確実な手を使いますわ。ミスして後々面倒なことになる策などわたくしたちがとるはずありませんのに。
まぁ、愚王子ですから。あっけなくわたくしを国外追放にしてくださいましたわ。本当に、テンプレってありますのね。
国王夫妻は外交で不在。父である公爵もお供で一緒に。舞台は愚王子のために整えられておりましたわ。
そうして、わたくしは捨てられましたの。それはもう軽やかに、ポイッと。
しかも、国外どころか魔の森に。魔物が溢れるそこに、なんの武器ももたないただの公爵令嬢が捨てられたら、命など一日もつかどうか。
え? でも生きてるでしょう? ええ、生きてますわね。
実際は死にかけたのですわ。魔物に襲われて。
死に際の、火事場の馬鹿力とでも言うのかしら。思い出したのは前世でしたわ。わたくしシューティングプレイゲームが大好きでしたの。
すぐに産まれた時からずっとつけることを強要されていた、アンクレットを壊しましたわ。このアンクレットを通して、わたくしの魔力はあの国に搾取されていたのです。
身体の隅々まで魔力が行き渡るのを感じて、身体が軽くなりましたわ。ええ、体力の限界まで搾取されておりました。
次に魔力で創り出したのは二丁の銃。弾は魔力です。わたくし、なかなかの腕前でしたのよ?
わたくしは生き延びましたけど、あの国はわたくしからの魔力供給が無くなって、機能停止する魔道具が増えたそうです。
街灯も生活様式の諸々も全て、王宮からの魔力供給で賄っておりましたから。実際はわたくしの魔力ですけど。
そのまま、魔の森で暮らし始めたわたくしは、魔王であるリトさまに出会いましたの。彼女にスカウトされて魔王城に就職いたしました。
隣国で冒険者登録もしましたわ。気づいたらSランクになってましたけど。まぁ、魔王サマ直々に手ほどきを受けましたし、ねぇ。
え? おお、夫との出会い、ですか? この後ですわ。
なにやら視線を感じるようになった辺りで、冒険者を見かけるようになりましたわ。魔の森は素材の宝庫ですから、冒険者がいても不自然ではありませんけど、彼はなにか、わたくしを見ておりましたので。
彼に見つかる前に逃げることを繰り返していたら、読まれて先回りされましたので、剣にて応戦しました。銃は接近戦には向きませんでしょう?
最後は丸一日戦い続けて、彼が泣きながら倒れてしまって。反省しましたわ。話くらい聞くべきだったかしら、って。
追手かと思ってしまったんですの。あの方々がしたいのは死亡確認でしょうから。アンクレットが壊れたことを知らなければ、素直に死んだから魔力供給が途絶えたと考えるのが普通ですし。
まぁ、もし生きてたとしたら連れ戻してまた酷使するつもりでしょうけど。お断りですけども。
介抱したのが、わたくしだと気づいて土下座されてしまって慌てた所までは良かったのですわ。
惚れたので結婚してくださいって、なんなんでしょう?
真面目に頭を打ったかと心配しましたわ。
ですのに、半年ですわ。ずっとずっとずーっと! 好きだのかわいいだの愛してるだの! は、恥ずかしくで死ぬかと思いましたわ!
そんなこと言われたことがない小娘に、ガチ攻めってなんなんですの!? 落ちますわよ! チョロいですわよ! だってカッコよくて好みだったんですもの!
そこからお互いの事情を話し合いましたわ。国外追放あたりから不穏な空気でしたけど。犯罪は許しませんわよ?
彼があの国に、依頼完了報告に向かうついでに釘さしてくるね! と意気揚々と出かけましたけど、釘だけですむかしらと思わず呟きましたわ。
ぶっとい釘か、王宮なくなるか、賭ける? と魔王サマが楽しげに仰いましたけど、丁寧にお断りしましたわ。ありえる話でしたので。
わたくしは、あの国と縁が切れて自由になれるなら、なんでもかまわないのだし。
彼と冒険者としてもふ、ふふふ夫婦としても共に在るのなら、それでいいのですわ。
ちょっと、聞いておいて笑い堪えるのやめてくださいます!? 魔王サマ! あなたも! 魔王サマが笑うからと笑わなくてよろしい!
わたくしの産まれた国の次期国王に、縁戚から立太子されたと聞いたのは、しばらくしてからでした。
あの愚王子がどうなったのかは、誰も存じません。ただ、平民の夫婦の男が次期国王は俺だ! と叫んでいたと言う噂を聞きましたけど、気のせいですわね、きっと。
なんか、もっと動かしたいなと思うふたりです。
ありがとうございました。