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Climb Crime  作者: 蒼月湾
第二章 盗人
10/10

10:偽りの

大変長らくお待たせいたしました(土下座)

遅れた要因としては合宿とか合宿とか講義とか色々です。

ほんっとすいません。

こんな不定期投稿の僕ですがどうか見捨てないで(懇願)





「ただいまー」

 家のドアを開けて為帆はそう言ったが、返事をする人は一人もいない。

 いつもの事だ、と為帆は心の中で呟いた。両親はまだ働いていて、今はまだ帰ってくる時間帯じゃない。

 いや、今はそんな事はどうでもいい。

 為帆はすぐさま自室に飛び込み、周囲に誰もいないのを確認すると、目の前に自分の掌をかざした。

 瞬間、ブゥン、という不気味な音と共に、掌から約一センチ程の空間に、紫色の丸い円が浮かび上がった。

 そしてその円の中からポタリ、と銀色の物体が落ちる。

 指輪。

 銀色のリングに波を表現したような金の装飾が施されており、中心には大きなダイヤが嵌められている。

 無論、為帆が元々持っていた物ではない。

 だが、為帆が直接(・・)盗んだ物でもない。

 それが何故為帆の手の中にあるのか、この紫色の物体が何なのか、分からない事だらけだ。

 為帆は、昼に起きた事を思い出した。




 学校からの帰り道。為帆は、通学路沿いにある宝石店の前に立っていた。

 ショーウィンドーの中には、高価な指輪やネックレスがズラリと並んでいる。見ていて目が痛くなる程にきらびやかだ。

「いいなぁ……」

 そう無意識に呟いて、為帆ははっとした。

 いけない。またこんな事を考えてる。また「欲しい」だなんて。

 自分のあまりの強欲さにうんざりして、為帆はその場を離れようとした。

 その時だった。

『…………』

 はっきりとしないが、男の声が聞こえた。

「えっ……?」

 驚いて辺りを見回すが、周りには誰もいない。

(……そう言えば、前にもこんな事……)

 そう考えると、また声が聞こえてきた。今度は、よりはっきりとした声で。

『それがお前の『罪』か?』

 そう、確かに聞こえた。

「だ、誰……?」

 驚いてもう一度辺りを見回す。当然、誰もいない。

 もう一度、ショーウィンドーの中に並ぶ宝石類を見る。

 金銀きらびやかな指輪が、先程と変わらず並んでいる。

 いや、決定的な違いがあった。

 並んでいる物の内の一つ。金色の装飾が施されたダイヤの指輪。

 その指輪の横に、紫色の物体が浮かんでいた(・・・・・・)

「え……」

 否、それは物体かどうかすらも怪しい。紫色のそれは非常に薄い円盤状をしていて、糸か何かに吊り下げられているのでもなく、ただそこに重力に逆らって浮かんでいた。

 そして次の瞬間、その指輪は紫色の物体に吸い込まれた(・・・・・・)

「えっ、な、何……」

 警報は鳴らない。当然だ。ショーウィンドーは割れていないから。

 ショーウィンドーを(・・・・・・・・・)割らずに商品を盗む(・・・・・・・・・)事など、想定されていないのだ。

(ぬ、盗まれた? 誰に? どうやって?)

 突然の事に、為帆の頭は混乱していた。

 だが、胸の奥には、何故か確信があった。

 今その指輪が自分の手中にあるという事を。

 自分が盗んだ(・・・・・・)という事を。

「違う……違うっ!」

 為帆は逃げるようにその場を走り去った。

 だが為帆の耳には、先程の男の言葉がこびりついていた。


『それが、お前の『罪』だ』





(本当に、私が盗んだんだ……)

 そうする気など、無かったというのに。

『違う』

 が、為帆の内側から(・・・・・・・)聞こえてくる声はそれを否定する。

『お前が望んで盗んだのだ。お前の手の中にあるそれ(・・)は、お前の『罪』だ』

「違う! 確かに欲しいとは思ったけど、盗もうだなんて思ってないの!」

 自分以外誰もいない(・・・・・・・・)部屋で叫び、頭を抱えて踞る為帆の脳裏に、男の声が容赦無く。

『受け入れろ、『罪』を……』

「やだ……嫌だ! 私は罪なんて犯してない!」

 逃げるように部屋から飛び出す。

 こんな、得体の知れない声の聞こえる場所に居たくない。どこか、別の場所へ……そう願って。

 だが、そんな彼女の行く手を阻むように。

 為帆の目の前に、巨大な紫色の円(・・・・・・・)が現れた。

「え……」

 考える暇も、立ち止まる余地も無く。

 為帆は、その不気味な円の中に音もなく吸い込まれた。

 後には、静寂だけが残った。




*     *     *




 英語と日本語の入り交じった言葉がリズム良く耳に木霊する。

 その言葉が物語るのは愛の囁き、或いは絶望への抗い。

 調子のいいそのテンポに合わせ、尋の意識は暗闇へと引きずられ……

 ズポッ。

「尋! 起きてよ! 授業終わってるよ!」

 ……無かった。

 音楽を聴きながらの快眠から尋の意識を引きずり出した闖入者を確かめようと顔を上げれば、頬を膨らませる見慣れた童顔と健康的な胸元が視界に飛び込んだ。

「……相変わらず元気そうで」

「今、失礼な事考えたでしょ」

 じっとりとした視線を向けてくる愛を尻目に、尋は大きく背伸びをした。

「で、何の用だ?」

「あ、そうそう」

 思い出したように手を叩くと、愛は満面の笑顔で答えた。

「これから()でご飯食べに行こう、って!」

「皆……?」



「……って、何でお前もいるの?」

「しょうがないでしょ。誘われちゃったんだし」

 何故か、翔子も同行する事になった。愛曰く、「尋の友達なら私の友達」という事らしい。無論、(あきら)も一緒だ。

「で、だ。愛」

 店の前に辿り着くと、尋は不意に愛に尋ねた。

「ん? 何?」

「お前が横浜名物を翔子さんに教えたいというのは分かる」

 翔子がずっと横浜に住んでいたという事実はさておいて、だ。

「うん、そうだけど?」

「けどさ……」

 そう言って尋は『お客様は我が味の師なり』と書かれた赤い暖簾を指差した。

「それで選ぶのがここか?」

 尋達が来たのは横浜駅から程近いラーメン店だ。確かに横浜名物と言われ、行列が出来る程の人気店なのだが……。

「……こんだけ並ぶのは目に見えてたろ」

「えっとー……」

 そう。今日も今日とて大繁盛しており、既に長蛇の列となっている。並んだらどれだけ待つ事になるのやら。

「2、3時間待ちと俺は見るが……どうする?」

「ま、俺は嫌だね。待つのは苦手だし」

 ここで真っ先に音を上げたのが晃だった。諸手を挙げ、辞退の意を示す。

「ちょっと! 晃君までそんな……」

「わ、私は何でもでもいいですよ」

 愛が食って掛かるが、ここで翔子が割って入った。

「え、でも……」

「私は皆さんと楽しくお話しできればいいですし」

 何故かひどく丁寧な口調で翔子は続ける。正直尋にとっては、仕事中とのギャップが凄い。普段はお嬢様設定だったりするんだろうか。

 尋は思い悩む愛の肩をポン、と叩き、

「翔子もこう言ってるんだ。現状2対1だし、諦めた方がいいぜ」

「ぐぬぬ……」

 愛はそのまま暫く頭を抱えていたが、やがて近くのファストフード店の赤い看板を指差し、

「……じゃあ、ナクドで……」

 酷く無難な結論に落ち着いたのだった。



「……そういえば、翔子ちゃんと尋は何のバイトしてるの?」

「「えっ?」」

 近くのナクドマルドに移って四人で雑談に耽っていると、不意に愛がそんな疑問を発した。

「朝、それを聞いてなかったなって……」

(あー、そういや朝そんな事言ったような……)

 尋の失言が引き起こしてしまった誤解だが、ここまで尾を引くとは思わなかった。

「あー、えーっと……」

 言葉を濁しながら隣に座る翔子の方を見ると、何故かすました顔をしていた。そして、まるで何でもないことのように淀みなく答える。

「あの、実はね……私の親は、大手スーパーの経営者なの。こっちに越してきたのもそれが理由で……」

「あ、ひょっとして三原スーパー?」

 ここで晃が割って入った。

「名前聞いた時どっかで聞いた事あると思ってたけど……そっか、三原スーパーの……」

 三原スーパーは、横浜駅から徒歩数分の所にある大型スーパーマーケットだ。多里沢高校とは反対側にあるが、利用する高校生は多い。晃もその一人だ。

「あ、じゃあ尋が働いてんのは……」

「そう。うちでバイトして貰ってるの。まさか、引っ越し先で案内して貰った人が同級生で、しかもうちの会社で働いてるなんて思いもしなかったけど」

 そう言って翔子はチラリ、と尋を見た。まるで『これで満足?』とでも言いたげなドヤ顔で。

「へー、すっごい偶然だね! それもう『運命の人』って感じじゃない?」

 愛が目をキラキラさせて、ノリノリでそう言う。コイバナ大好き女子か。

「バーカ、そーいうのじゃねーよ」

「ちょっ、バカって何よバカって!」

 愛とそんなやり取りをしながら、ふと翔子の方を見てみる。その表情は……何故か浮かなかった。俯いたその視線は手の中のコーヒーをじっと見つめ、その目にはどこか憂いが混じっている。まるで、今の話をした事を後悔しているように。

(何だってんだ?)

 その理由は、尋には一向に分からなかった。

 そして、気付かなかった。

 そんな翔子を見る人物が、もう一人いた事に。




*     *     *




 ここは、何処だろう。

 果てしなく広がる紫色の空間で、為帆は一人漂っていた。

 何もないこの無重力の空間に飛び込んでから、どれくらい経ったのだろうか。もう何日もここを浮遊している気がする。

 その証拠に。

「……お腹すいた」

 生理現象に負けて鳴りそうになる腹を押さえながら、為帆は呟いた。

 この空間に迷いこんでからというものの、ろくに何も食べていない。

 何か食べたいな、と為帆がそう考えた時。

 目の前の空間がぐにゃり、と気味悪く歪み、次の瞬間ぽっかりと大きな、人一人飲み込めるくらいの穴が開いた。

「えっ?」

 突然の変化に状況を理解する間も無く。

 この空間に入り込んだ時のように、為帆の体はその穴に吸い込まれた。

「きゃあっ!」

 得体の知れない力で、為帆が飛び込んだ(・・・・・)穴の先。

 そこにあったのは……。




*     *     *




「で、で! 翔子ちゃんは好きな人とかいるの?」

 愛の転校生に対する質問攻め(せんれい)はまだ続いていた。

 前の学校での生活に始まり、趣味、好きな食べ物と来て、今度は好きな人についてだ。

(なんか……申し訳無いな)

 心の中で尋は翔子に謝罪した。愛は見た目に似合わず武道派である一方、性格面では見た目通りの少女なのだ。このようなガールズトークが好きなのである。

「え、えーっとぉ……」

 予想以上にぐいぐい来る愛に対してしどろもどろになりながら、翔子はちらと尋の方を見た。あんたの幼馴染みなんだからどうにかしろ、と言うように。

 仕方無いな、と尋が愛に声をかけようとした、その時。

 ドン、と重いものが床に落ちる音が響いた。

「……ん?」

 何の気も無しに尋は音のした方を向いた。誰かが店の中で転んだんだろう、位に思いながら。



 それは、一人の少女だった。

 茶色の髪はショートカットで、眼鏡をかけたその顔は何故かやつれている。見覚えのある制服から見るに、多里沢高校の学生だろうか。

 そして、目が合った。

 その綺麗な目は突然の事故に理解が追い付かないようで……何故か怯えていた。

「えっと……だ、大丈夫、か?」

「え、あ、あぅ……」

 恐る恐る声をかけるが、少女は恐怖で縮み上がったような声しか出せない。

(人見知りする子なのか?)

 いつの間にか、翔子達も話をやめてこちらに注目している。好奇心旺盛な愛に至っては、目をキラキラと輝かせて少女を見つめていた。

「その子、うちの学校だよね? 誰? 名前はなんて言うの?」

「いや、怖がってんだろ。ほら、大丈夫か?」

 そう言って尋はその少女に手を伸ばした。

 怯える少女の目は尋を捉えていたが、ふとその視線が反れた。その視線を尋が追った先にあったのは、皆でつついていたナゲットの箱。

「ん? これがどうかしたか?」

 尋はそう少女を振り返った。が……

「あれ?」

 少女は、忽然と姿を消していた(・・・・・・・)

「あれ、あの子は?」

 愛も気付いたらしく、尋の横からひょいと顔を出して少女を探す。

「お前がずいずい来るから怖がって逃げ出したんじゃねえか? なあ?」

 呆れた尋が同意を求めて晃達を振り返る。

「まあ、愛が好奇心旺盛で迷惑かけるのは今に始まったことじゃ無いし……ねぇ?」

「ちょっと! 私のせいなの?」

 溜め息混じりに言う晃に対し愛は頬を膨らませる。ぷんすか、という効果音が実によく似合いそうだ。

「ま、だろうな。一目散に逃げ出すくらいだし。ねえ、翔子さん?」

 そう尋は翔子の方を振り返った……が。

「…………」

 翔子はテーブルの上の一点を見つめたまま顔をしかめていた。

「お、おい?」

 翔子の様子を不信に思った尋は翔子の視線を追ってテーブルの上に目を向けた。

 尋と翔子、愛、晃のテーブルの上に置かれたトレイと、それに乗るドリンク。中央には皆で食べるために据え置かれたフライドポテトとナゲットが……。

「あれ?」

 尋がその異変に気付いたのと、晃が不意に声をあげたのはほぼ同時だった。

「ナゲット、もう食い終わってたか」

 空になった(・・・・・)ナゲットの箱。

「…………」

 いや、そんな筈はない。先程少女と共に箱を見た時は、まだ中身はあった。

 ちらりと翔子と目を合わせるが、翔子は僅かに首を振って応えた。つまり、誰もナゲットに手はつけていない。

 この、不可解な現象(・・・・・・)。最早、疑う余地はない。


 『不能事件』だ。

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