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Climb Crime  作者: 蒼月湾
第二章 盗人
9/10

9:声

お待たせしました。形式上第二部になります(第一部は1~3章)





「はぁ……」

 またやってしまった。

 少女は手に握られた「それ」を見てそう呟いた。

 振り返ると、黒い背広のサラリーマンが去っていくのが見える。

「あ、あのっ!」

 声をかけると、そのサラリーマンは直ぐに振り返った。

「えっ?」

「あ、あの、これ……」

 そう言って少女は手に握っていたそれ……サラリーマンのネクタイピンを手渡した。

落としましたよ(・・・・・・・)

「あれ? ああ、ありがとう」

 サラリーマンは少女の嘘に気付かずそれを受け取ると、笑顔でそう言った。

「い、いえ……」

 違う。

 本当に言いたいのはそんな事じゃない。

 謝らなきゃ。

 「私が盗りました(・・・・・・・)」って。

 だがその思いとは裏腹に、少女は踵を返して歩き出した。

 いつもそうだ。いつも、「悪い癖」が出てしまう。

 何度も直そうとしたが、人の物を見るとつい出来心で盗ってしまう。

「どうしたらいいんだろう……」

 上を見上げると、青く澄んだ空が少女の愚かさを嘲笑っているようだった。

『……か……?』

「えっ……?」

 突然聞こえてきた声に振り向いたが、後ろには誰もいなかった。先程のサラリーマンも、もうどこかに去ったようだ。

「……まあ、いいか……」




*     *     *




 目の前に、子供が踞っている。

 自分の膝を抱き、地面をじっと見つめたまま動かない。

 その顔は影が射して表情は見えない。だがそれが誰なのか、尋は既に知っているような気がした。

 尋は、その顔を見ようと手を伸ばす。

「おい……」

「人殺し」

 が、その子供は俯いたまま、その短い言葉で尋を拒絶した。

あの人達(・・・・)を死なせて、それでもなお誰かを死なせるんだね、君は」

「…………」

「罪を償うって言っておきながら、また罪を犯すんだ」

「…………」

「だから君は、」

 一拍起き、子供は憎しみを込めて呟いた。


「人殺しなんだよ」





「…………」

 起きた後も、尋はベッドの上で暫くぼんやりとしていた。

 妙にリアルな夢だった。

 ここ最近、こんな夢ばかり見る。あの日……来が死んだ日以来ずっとだ。

 来の死から一ヶ月。『不能事件』は、そんな事はお構いなしに起きていた。まるで、人一人の死など、日が登って落ちるのと同じ位普通の事だとでも言うように。

 あれからというものの、尋は『A・I・C』に『能力看破担当』として協力していた。極力、『(ちから)』を使わないようにするために。

 正直、自信が無かった。自分の『(ちから)』が相手を死に追いやらない自信が。周囲は……世間だけでなく事情を知っている唐澤や翔子さえ来の死を受け入れているのに、尋だけは未だにその事に引きずられていた。それこそ、一ヶ月経っても夢に出てくる位に。

 あの夢の子供は……。

 だが、尋のそんな回想は、突然聞こえてきたインターホンに遮られた。

『ちょっとー、起きてるのー?』

 最近聞き慣れつつある、凛とした高い声。

「……なんで家まで来るんだ」

 非日常から日常を守る仲間に悪態を吐きながら、尋はベッドから這い出した。



「あそこまで意気消沈されたら、流石に私でも心配するわよ」

「だからって家まで来るこたぁねえだろ」

 尋と同じ『A・I・C』メンバーの一人である転校生──三原翔子の言い分に幾分か身勝手さを感じながらも、尋は自らの振る舞いを反省した。

 昨日は翔子達と『否定者(ディナイアー)』を追っていたのだ。それが、尋のミスで目標を見失いかけてしまった。幸いにも周囲に被害を出す前に発見出来たのだが。

「まだ、迷っているの? 私達のしている事に」

「…………」

 翔子の言葉に尋は押し黙ってしまう。

 実際その通りだった。現在『A・I・C』は尋以外に『クリモイド』──異能力発動の根源である地球外生命体──を体内から取り除く術を有していない。そのため、能力者への対処法はほぼ二極化される。

 説得し仲間にするという形での監視、あるいは……『戦力的無力化』、つまりは『抹殺』ないしは『意識を奪う』。

 もし対象が既に『覚醒者(アドバンサー)』となっていれば、問答無用で仲間となる事を推奨する。今の所例を見ていないから分からないが、断った場合どうなるのかは不明だ。

 しかし、対象が『否定者(ディナイアー)』だった場合、まずは説得を試みる。もしそれで『覚醒者(アドバンサー)』となってくれればいいが、不可能と判断された場合……或いは『中毒者(アディクター)』と判断された場合、即刻『処理』対象となる。周囲に被害を及ぼさせないようにする必要があるのと、能力を根本から奪う方法が殆ど無い為だ。

 無論、周囲に被害を及ぼせないような能力であったり、脱走や相手の目を欺く事が出来ない能力であれば、身柄の確保だけに留める事も可能だし、極力そうするつもりだ、と上司である唐澤は言う。

 だが、それはごく稀な場合だ。大抵の場合、『処理』する以外の手段は無い。

「……そうならない為のあなただって言うのに」

「……分かっちゃ、いるけどさ……」

 そう、尋の場合は話が別だ。尋の『罪を受け継ぐ』能力であれば、対象に身体的危害を加える事無く無力化出来るのだ。唐澤が尋の能力を欲した理由も頷ける。だが……。

「そのせいで死んじまった奴がいるなら、変わらないだろ」

「…………」

 来の事は、まだ尋に根強い影響を与えていた。

 あれ(・・)以来、尋は自身の能力を『自分の身を守る』事以外には使おうとはしなかった。

 確かに、尋の『能力を奪う能力』であれば、その時点では(・・・・・・)対象を殺す事無く無力化出来るかもしれない。だが、それが『臨死の恐怖』を対象に付与する事を前提としている以上、来のように自殺、そうでなくとも精神的に深刻なダメージを与える可能性が高いのだ。それでは、これまでの『処理』と変わらないではないか。

 そのような理由から能力の使用を拒む尋に、反論する者はいなかった。今の尋は相手の能力を防ぐ『盾』としての役割を果たしている形だった。

「俺は、誰も死なせないために『A・I・C』に入ったんだ。誰かを死なせてでも皆を守るなんて覚悟、俺には……」

「私達が、望んで誰かを傷付けるような事をしてると思う?」

 だが尋の主張は、翔子の言葉に遮られた。

「言ったでしょ? 『覚悟が必要だ』って」

 歩きながら翔子は続ける。

「人を傷付けて平気でいられる人なんていない。私達は特にそう。私達の『(ちから)』はどこかで必ず人を傷付ける事と繋がってるから。でも、私達は戦う。それだけの覚悟が、私達にはある」

 言い切って、翔子は尋に向き直った。

「あなたには、その覚悟がある?」

「…………」

 キッ、と鋭い視線が向けられる。

 今までと違い殺意や非難は込められていない、だが詰問するような視線だった。

「……俺は……」

「おっはよー!」

 なにか言おうとした尋の言葉は、後ろから追ってきた尋の幼馴染み、愛に遮られた。

「尋君家出るの早すぎ! 弁当持っていったらもう出掛けちゃってるし」

 口を尖らせながらも、愛は尋に弁当を渡してきた。

「悪い悪い、ちょっとこの仕事仲間に話があるって叩き起こされてな」

 言った後で尋はしまった、と心の中で舌打ちした。話の流れでつい部外者の筈の愛に口を滑らせてしまった。

「仕事仲間……?」

「あ、えっと……」

 まずい。どう誤魔化せばいい。

 恐る恐る翔子の方を見ると、翔子ははぁ、と呆れたように溜め息を吐きながらも尋を手助けした。

「尋君はバイト仲間よ。バイト先が同じで、そこで知り合ったの」

「あ、そーなんだ……って尋君バイトしてたの?」

「あ、ああ、まあ、な……」

 尋がそう答えると、愛は珍しく深刻そうな表情を見せた。

「……シスターには言った方がいいんじゃない?」

「いや、迷惑かけたくないし……」

「そっか……」

 愛はそのまま暫く考え込んでいるようだったが、直ぐに元の笑顔を取り戻した。

「分かった。じゃあ私も黙っといてあげる」

「ああ、助かる」

 ほら、遅刻するよー、と愛は駆け出していく。

「……悪かった」

「次はないわよ」

「分かってる」

 次からは愛と話す時も気を抜かないようにした方がいいだろう。

 だが、尋は頭の中では別の事を考えていた。

 先程の翔子の質問に、俺は答えられたのだろうか?

 俺は本当に、覚悟が出来ているのだろうか?

 俺は、また(・・)……。

「ところでさ」

 と、翔子が不意に切り出してきた。

「ん?」

「『シスター』、って誰?」

「……あー……」

 そういえば、翔子は夕菜の事を知らないのだった。

俺ら(・・)の育ての親だよ」

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