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ご指摘がありいくつか修正しました。28.3.20
きっとレイドムス殿下に何かあったに違いない。もしかしたら訓練で頭を打ち付けたのでは。
多少の混乱は、ある。多少ではないかもしれない。でもそれ以外に考えられなくて立ち上がった私はすぐにレイドムス殿下の隣に立った。
護衛のアルバート様が間合いに入ってくる様子はなく、数歩後ろへと下がる。本当にどこか怪我をしているのではないのかと疑ってしまうわ。
普通に考えて私に結婚だなんて申し入れしないわよ。やはりおかしくなったのは頭だろうと思うので治癒の呪文を唱えながらゆっくりと頭部を覆うように手を伸ばす。
でも、それを遮るのは治療が必要ではなかろうかと疑っているレイドムス殿下。
あっさり腕を付かんでくいっとその腕を引かれればそのまま前へ体が傾いていく。呪文も最後まで唱えられずに拡散して不発に終わってしまった。
どういう訳か体はくるりと反転させられてレイドムス殿下の膝の上に着地させられる。声も上がらないくらい困惑して思わず視界に映るアーチェとグローグ様に助けを求めた。
しかしすぐさまレイドムス殿下が下がれと手早く追い払ってしまう。王族に逆らえるはずがなく………二人は何も言わずに繋ぎの部屋に引っ込んでしまった。待って!!
そして最後の頼みの綱であるアルバート様もどこかにお出掛けでもするかのような軽い足取りで、片腕をひらひらさせて「ちゃんと伝えろよ」と出ていってしまう。なぜ。
取り残された私はもう狼狽えるしかない。訳が分からないもの。いや、お話を伺うのだけど!これは予想外よっ。
なぜ私は捕らわれているのか。腕を離してくれたと思ったら位置を少し変えられただけで腰の定位置は変わらない。むしろ腰に腕を回されてしっかり固定されてしまった。恥ずかしいっ。
頬が、鼻が、目元が……顔の全体が赤くなっていることがよくわかる。
しかもため息を吐き出しながら私の頭に顔を乗せられた。頭部に息がかかるのでたぶん顔。むしろ頬?とりあえず逃げ出せない。
このドレスで逃げ出す―――むしろ軍の総大将から逃げ出せるとは思えないけど……密着が、心臓に悪い!
「王妃陛下と、母に怒られた」
怒られた、って当然でしょう。ほとんどレイドムス殿下が一人で突き進んでいったのだから。と言うか怒られたってなんだか可愛い響きね。やはり親には弱いのかしら。
「理由を話せば笑われた。だから話したくなかったんだ」
そんな事を言われましても。私なんか疑惑に消されそうになったんですよ。それよりましではないでしょうか。
「……その淡い桃のドレス、似合っている」
ありがとうございます。けどこれは私のではないのです。どこから出てきたんでしょうね?二人に聞けばよかったわ。
「ティエリアがまとう雰囲気と、淡いドレス。――それを柔らかく包むこの匂いはなんだ」
……教えません!少なくとも花ではないとしか言えませんが伝えませんよ!
「それより殿下。どうして責任を取るために婚約となったのですか」
「俺の問いに答えたら教えよう」
「王妃陛下――いいえ、マリアンナ様に取り次ぎます」
「ぬ。それは駄目だ。先ほどお二方に強く諭されたばかりだ。ティエリアが報告すれば俺は生きていけそうにない」
「生死まで関わるなんて一体どのようにしたらそうなるのです?」
王妃陛下たちはそこまで酷い………いいえ、凄い事を言われますか?私には想像ができそうにありません。
しかしこのままだと押し問答で私の心臓が持ちそうにない。
何を思ってかグッと腰を抱き締めるので苦しい。恥ずかしいを通り越してもう苦しいっ。こうなったら教えるしかない――かも知れない。いや、でも切り札をすぐに出すのは駄目よね。そうよね。
「こうしましょう。殿下が嘘偽りなく話してくだされば私は殿下が疑問に思っておられるこの匂いについてお話いたします。どうですか?」
「……いいだろう」
「では、殿下からお願いします」
私から教えて殿下が話さないようにするために、殿下から。それよりこれ以上は恥ずかしくて長くは話せないような気がするので先を促す。
少し渋られたが、下りようと無言の攻防を仕掛けたらぐいっと胸元に引き寄せられて殿下が折れてくれた。代わりに動くなとの厳命つき。
心臓は早鐘で聞こえるのではないかとはらはらしながら、ではどうぞと見上げれば………どことなく優しそうな、でも鋭すぎる眼光が。しまったと思ったがそれより先に迫ってきたレイドムス殿下に驚いて硬直する。
そっと近づいてきた顔は私の視線から上空へ。あれ?と思えば額に何かが当たる。レイドムス殿下の唇とわかったのは離れる際に音が鳴ってからで……そのままぐっと頭を抱えられたら何もできなくなった。
思考が羞恥で爆発しそうっ!
「一目惚れ、だ」
「……えっ」
「だから、ティエリアに……一目惚れした」
「え、こ、ここ婚約、の話はっ」
「責任を取れと王妃陛下に言われ、これ幸いと話をつけたのだ」
いや、いやいやいやいや。なんて自分勝手な!?一目惚れ!?これ幸い!?レイドムス殿下ってこんな人なの!?『冷徹の君』はどこ!?
「ティエリアとは一度しか面識が、ない。俺がもっとも酷い怪我を負った時だ……覚えているか?」
待ってください。今思い出そうとしますから!柔らかい桃色の髪なら思い出せると思いますから!!
そっと背中を撫でられびくりと体が弾んだが、どうだと催促されたからにはなんとか思い出さなくてはならない。すぐに思い出せるけどっ。
レイドムス殿下がそこまで負傷するとなれば………あれでしょう。あれしかありませんねっ。鮮明に思い出してきましたよっ。
もう半年も前のこと。南の領地には高い山があり、ある一部分が魔物の住み処となってしまった場所があった。
すぐに討伐依頼が出され、ほどなく強い個体を確認した末にもっとも武力が勝る第四部隊が排出された。私は緊急配置で白魔女としてそれに同行した時だ。
あの戦いはとてもじゃないが辛いものだった。身震いしそうな強い覇気で私が倒れそうになったので他の白の方々と共にあらかじめ施していた防御結界の強化と身体強化や支援できるすべてを騎士たちにかけて挑んだ戦い。
結果は回復してもすぐに誰かが深い傷を負う悪循環で白の回復が追い付かず、騎士も白も次々と倒れていき――レイドムス殿下とその魔物の一騎討ちにまで追い詰められて辛勝。
そう、その時に初めてレイドムス殿下に間近でお会いして苦痛に歪む顔に私まで痛くなって……私の持つ回復魔法の全力をレイドムス殿下を中心に注ぎ私はついに疲弊で意識を手放したはずだ。
――どこに一目で惚れる要素があったのでしょう?
「ティエリアが俺たちを全力で回復した後、意識を失っただろう。その時に初めてローブに隠れる素顔を見て――血生臭く見て気持ちよくもない戦いを見せられ、それでも俺や部下を全力で治して倒れた姿を見た時、儚くも芯の強い人だと思った」
「それは、私の役目でした」
「普通はな、どの白魔女も俺の顔をみない。怯えながら遠く離れて回復はまともに出来ない。痛みに歪んだ表情はさらにこの目付きを悪くさせるらしい。ティエリアだけなのだ。怯えず、俺を助けたのは……他の者と違い儚く見えるティエリアを、俺はもっと知りたいと思った」
――だから、第四部隊は常時魔法師がついていたのか。でもそれは――買い被りすぎだ。探せば絶対にいる。私だけではなく、必ずどこかに同じ反応をする人がいる。
だって私も怖い。その鋭すぎる眼力で人を殺せるのではないかと疑いたくなるくらい竦み上がり足が言うことを聞かない。
伝えているのに怯まない腕はますます私との距離をなくすように引き寄せられる。苦しいけど、恥ずかしいけど。
レイドムス殿下が私の名前を呼ぶとなぜか安心する私がいる。なぜ?
「俺はティエリア以外を妻にする気はない。だから王妃の責任をとれと言う言葉は俺には都合がよかった。その時は名前も知らなかったし姿だけでティエリアを探すが見つからない……俺の部隊はそもそも怯えられて白魔女を呼べないので会う手段さえも苦労していた。半年も時間を置くと会いたくてたまらずイライラする。腕を間違って切り落としたのは申し訳ないと思ったがこの機会を逃してなるものかと傷つけた責任とし解して婚約を取り付けたのだ」
「……それを、最初に伝えてくださらなかったのは、なぜですか?」
「……言えるか。この俺が一目惚れしたから婚約するぞ、など。俺のこの顔は逃げられるとよく知っている。逃げられる前に囲うのが得策だろう」
「得策ではないような気が……」
そのおかげでマリアンナ様にいらぬ誤解を生み王妃陛下には疑われる。私にしてみれば厄介でしかない。
まさかここまで一目惚れだけで私を探しだそうと奔走して婚約にこぎ着けたとは。天晴れとしか言いようがない。
そして私は決断に迫られていた。言われなくてもわかる。レイドムス殿下は私に惚れているのだからティエリアはどうだ、などと聞き返したくもなるでしょう。
そんな私は恋愛などしたことがないために好きと言う感情がいまいちで判断に困っている。
レイドムス殿下の事は素直に言うと怖い。鋭すぎる眼光に冷たく睨まれたら足がすくみ萎縮してしまう自信はある。そして囚われた私は目を反らすことも叶わずに逃げ出せない。
そんな私にレイドムス殿下はゆっくりと語りかけてくれた。婚約は取り消すつもりもなく、もし好きではないのならこれから好きになってもらう努力をすると言ってくれた。
それなら少しはレイドムス殿下の人柄を見れる時間が出来る。ありがたいとホッとしたけど抱擁するために触れる事はやめない。むしろ振り向かせるためにキスも止めないと宣言され途端に動揺が走った。
すぐさま宣言通りに行動を起こされたら動揺するなんて当然で。腰と頭を引き付け髪からこめかみへ頬へとキスが降ってきてすくむ。
今までされたこともない行動にもう私の脳内は爆発寸前。主に羞恥で。半年分だと訳の分からない事を言われてついには唇を許してしまった。
声にならなくてこんな間近で見つめ合うなんて出来なくて。けど赤い瞳を見つめてしまっては目蓋を閉じても脳裏に焼き付けてしまってなんだか意味がなかった。
結局見つめているような恥ずかしさに一人で悶えてレイドムス殿下の口づけに翻弄させられる。逃げられないように固定されればもう息も絶え絶えで力が入らない。
最後にレイドムス殿下の吐息が聞こえた。解放された私の体は火照り力もなくレイドムス殿下にだらりと寄りかかってしまう。
本当は逃げたい。もう何がなんだか。恥ずかしい……とにかく恥ずかしくて目は閉じたまま息を整えるのに必死だった。
「これは、脈ありだったか?」
「見るな。減る」
「そんなに抱えていりゃあ見えねーよ。この後に書類整理だろう?明日の監督、代わってくれるんならある程度はやっておいてやる」
「乗った」
「無事に届けてから報告しろよ?」
なんでしょう。すごく不穏な気がした。いつの間に近づいたのか分からない。
そのまま、また気安いような声色で「じゃあな」と去っていく。コツコツと聞こえるので入ってきた時ももしかしたら鳴っていたのかも知れない。私が聞こえなかっただけで……
そんな事を考えたら回りの音が聞こえないくらいそっちに集中してしまったのかと熱い顔がさらに熱を持つ。
そこで気づいた。私は抵抗をしていないことを。嫌なら手で押し退けたり噛んだりすればいい。それなのに私は……
「逃がさない」
耳にざらりと低い声が撫でた。ぴくりと肩と心臓が跳ねるが嫌では、ない。なんと言うことかっ。
これから少なくとも毎日会いに来るらしい。そんな事をされたら……私はたぶん、レイドムス殿に絆れるでしょう。
それから程なくして私とレイドムス殿下は改め王妃陛下とマリアンナ様に認められ、婚約を認められてから一ヶ月で私はレイドムス殿下の熱烈な想いを受け入れた。
受け入れたとはおかしいかもしれない。けど、本当に私を好きなのかまだ疑っていた私は一ヶ月もレイドムス殿下に翻弄されてついに好きだと認めた。
嫌だといいながら自分では怖くて捨てられなかった『純潔の魔女』と言う私の肩書きを捨ててもいいと言ってくれるし、何より彼は本当に私を惚れさせるためにずっと語りかけ傍で愛を囁いてくれたからなおさら。
思わず白の属性魔法を使って真意を確かめても、その熱烈さは変わらず私を鋭い眼光で捕らえながら直向きに接してくれて――
ついには私がレイドムス殿下に少しでも……好きだと伝えたくて結局言えぬままになっていた香る匂いをローズウッドだと教え、他にも色々と私だけの秘密を教えたり。徐々に私も受け入れようと示した。
いつも愛を囁いてくれるレイドムス殿下に答えるために私の好きな花であるブーゲンビリアを、あなたへ。
花言葉をなぜか知っていたアルバート様が言ってしまったので小さな悶着があったがお返しとばかりにより深い愛情をもらった。
おかげでレイドムス殿下の眼光も怖くなく、真っ直ぐ私だけを射ぬくその真っ赤な瞳に映る私は微笑んでいる。
「ティエリア・パンカー嬢。どうかこの新ヴェルドヴィア公爵が当主レイドムス・アルア・ヴェルドヴィアの妻に貴方を迎えたい」
「はい。喜んで」
私と無事に結ばれるため、全力で臣下を宥め抑え、各貴族方に掛け合って黙らせた貴方へ。新米公爵夫人の私は貴方を支え癒し、私にしか受け止めさせない愛情を一身に受け止めましょう。
今日、この日をもってレイドムス殿下は王位を捨て今まで培った軍で成し遂げた数々の功績を掲げて褒賞を手に、過去に失ったヴェルドヴィア公爵家を拝領し大公となった。
それと同時に私の持つ白の属性魔法を失うことを許され、それはゆっくりと弱まり一年後には生まれた息子に白の属性魔法が宿ったと分かって騒動が起こったのはまた別の話。
今が何より幸せで――諦めていた夢を与えてくれた貴方に愛を贈ります。
その鋭い眼光は私だけを捕らえ、ずっと射ぬく愛はいつでも、いつまでも。
私も貴方だけしか見えない。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。