ん
意識が消えていきます。
思い出すのは、私がマグナト店内で射殺された時。あの時は私も普通の人間でしたので、ここまで痛みに対する耐性がございませんでした。
気が付けば、死んでいたのです。
今、私は同じ状況にありながら、己が絶えていくのが理解できます。
ゆっくりとゆっくりと、意識が途絶えていくのです。身体の芯が冷えていく感覚。
「……て、あおかーー」
「食べさ……グ」
声が聴こえます。
美しいその音色は、私の耳に溶け込むようにして、ボンヤリと言葉を伝えてきます。
この声には聞き覚えがあると言いますのに、どうしてでしょうか。誰の声だか思い出せません。
どうして私は、ここで死ぬのでしょうか。
確か、お客様の為だった筈です。お客様の幸せを守る為に、私は戦った筈でした。
私は負けたのでしょうか。
守れなかったのでしょうか。
「もうマグが……する」
言葉の後、私の頬に暖かな水滴が落ちてきました。頬を伝い、そのまま落ちていきます。
その感触はくすぐったいものでございました。
薄っすらと目が開きます。けれども、視界はぼやけて、何も見えません。
暫くして、何かが迫ってきました。
それは私に覆い被さると、そのまま更に接近を試みてきました。抵抗することもできない私は、成されるがままでございました。
唇に、柔らかな感触が到来しました。
それだけでなく、何か温かく、ぬるりとしたものが、我が口内に侵入してきました。
「ん」
慣れ親しんだ味が、私の口内にやってきました。そして、喉を通過しました。
「お……おや?」
意識が覚醒しました。
体の痛みや倦怠感が消失して、一気に私がどのような状態に置かれているのかがわかりました。
私の眼前。
本当に瞳の真ん前。鼻と鼻がぶつかり合う距離。
そこにマグさんのお顔がございました。
彼女の唇は、私の唇を捉えておりました。何なのですかね、これは。
動転して、彼女の肩を掴んで突き飛ばそうとしたのですが、魔界族さんの膂力によってビクともしません。
「んー、んー!」
言葉は紡げず、私は顔を左右に振ろうとするだけです。けれども、マグさんの唇は離れません。
まだ必死に私にバーガーを食べさせようとしています。私が死ぬと思っているのでしょうね。
我が『創造せよ、至高の晩餐』には治癒能力がありますからね。
死ぬ前に召し上がれば、誰だってたちまち生き返ります。
死んでいないというのに生き返るとは如何に。
まあ、生きていますから何でも宜しいです。また、美少女にキスまでされて最高の気分です。
けれども、申し訳ないですね。
救命活動に対して、やましい思いを抱いてしまうなど、マグさんに申し訳がありません。
ですから離れようとしているのですけれども、彼女は本当に夢中で離してくださいません。
ナルさんへ視線をやりますと、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしておりました。
指の間から、我々をチラチラと覗いております。
何ですか、その初心さは。
初対面の時、私は貴女様のお尻見ていますからね。裸体も普通に記憶しておりますからね。
何でしたら、今でも鮮明に思い出せますからね。
私はマグさんの頭を撫でて、宥めようとします。五分ほど続いたでしょうか。
私が酸欠で再度息絶えようとしていたところ、マグさんが正気に戻りました。
マグさんの瞳は涙に濡れ、けれども驚愕に溢れておりました。
さっと、彼女が離れます。
口移しの弊害ですね。
唾液の糸が互いの口を伝います。それには流石の私も恥ずかしくなって、顔を背けてしまいます。
それはマグさんも同様でございました。
気まずい雰囲気がやってきました。
この雰囲気に流されると、心が持ちませんので意識を無理矢理ドラゴンさんへと持っていきます。
「そうです! ドラゴンさんたちは!?」
「そ、それなら妾が倒した。君次、わ妾は御褒美を所望しちゃうぞ!?」
「何キャラですか、貴女様は」
まあ、我々は仲間です。働いた方へはそれなりの報酬を出すのが礼儀ではございましょう。
大抵のことは聞き届ける覚悟はございます。
まあ、その話は後ですね。先に、重要なのはドラゴンさんたちのお話でございましょう。
既に、襲ってきたドラゴンさんたちは全滅しております。
ナルさんが三体を倒して、マグさんが一人倒しました。
彼らはギルド都市ラピーセルを襲った方々なのでしょうか。
『創造せよ、至高の晩餐』に拮抗する力を保有していたのですから、彼らの持つ力は確かです。
一般人から見れば、脅威以外の何者でもないでしょう。
「決闘は結局有耶無耶になりましたが」
「……まだ、だ」
「おや?」
ドラゴンさんたちの長であるアグメルさんが立ち上がります。フラフラと身体を揺らしつつも、着実に立ち上がります。
「まだ……我輩は生きている」
「ええ、殺しはしませんよ? 諦めてください」
「決闘はどちらかが死ぬ、までよ」
「困ります。私たちは誰も、殺害を良しとしておりません」
「であれば、お前たちが死ぬまで」
アグメルさんは御子様の姿を捨てました。一気に元の巨龍の姿に戻ります。
「君次、気を付けろよ。ドラゴンは人の姿の時、少しだけ弱くなる」
「では、どうして彼らは人型になっていたので?」
「ドラゴンの姿では、妾たちサイズ相手に連携などできないからな」
それもそうですね。
本来の姿を取り戻したアグメルさんが、我々に牙を剥きました。




