3-6 未知なる能力 学の使い手
その声に男は一度立ち止まり訝しげな表情をして千博達を見る。
「おや?市民は既に全員避難させたはずだが…ここに踏み込んできたということは、君達も不運な迷い込んだ子羊かな?」
男はサラサラの髪をたなびかせる。
乱れ一つない所は、本当にラー家そのものだった。
しかし、男を見た千博は驚きを隠せないでいた。
だから、
「貴様、一体何者だ!?」
と、その言葉を言わずにはいれなかった。
プネウマを持つ者はラー家という意味だ。
その象徴として女でなければならない。
というより、ラー家は女しかいないと初音から聞かされていた筈だった。
ところが目の前の人物はどう見ても、どこの馬の骨ともしれない野郎だ。
とてもラー家の者とは思えない。
「答えろ!お前は誰だ、なぜラー家のオーラ・プネウマを放つ!?」
千博は甲高く叫ぶ。
その大声に少しビビる様な素振りをして見せ、
「簡単な事さ、私がラーだからだよ」
そう言い切った。
不思議な事に、この男のオーラは少しずつ強くなっている。
ラー家の人間であれば闘神化がある訳だが…
特に覚醒している様子はない。
今まで見てきたラー家の人間とは全てが異例の事だった。
しかし目の前の男がラーだというのなら、千博には妥当の策がある。
初音との模擬戦で得た、ラー家の特徴を知り尽くしている。
たとえ力は強くとも、その力を受け流す戦法で対処すればラー家には勝てる。
千博にはその自信があった。
「善之、そこの女性を抱えて逃げろ。この不可思議な奴は俺が相手をする」
そういって千博は、少し腰を低くして両腕を前にだし構える。
善之も安心しきり、
「わかりました」
と、素直に千博の元を離れた。
しかし、自信満々な千博を男は不思議な目で見ていた。
「お仲間がいなくて大丈夫かな?君は私のチカラを少し勘違いしているんじゃないのか?」
男は千博を挑発しにかかってきた。
しかし、千博も負けじと、
「大丈夫だ、貴様の相手は俺一人で十分だ」
挑発してみせた。
(ラー家の動きは複雑極まりないが、必ずどこかに隙が隠れている。それを見つけるまでが要だ)
千博は、心で自らに暗示をかけた。
ところがそんな千博に男は、
「もう君に勝ち目はない。大人しく身を引くんだ」
いきなりそんな言葉をかけてくるのだった。
一体、戦闘のゴングすらならない僅かな間にどんな敗因が現れたのか、千博には理解不可能だった。
「何を訳の分からない事を…こちらからいくぞ!」
そういって千博は駆けた。
男からすればまるで歩いているかの様に遅いのだろうが、千博は全力ではなく、ただ一直線に向かっていく。
「一度やられないと、君にはわからないだろうね…ならば望みどおりに」
バッキィー!!
強烈な蹴りを浴びる。
「ぐはぁあ…」
顎が切れ、宙を仰向け、逆エビ向きに舞い地面にドサッ!と倒れたのは千博だった。
もちろん、蹴りをかましたのは男の方だった。
ラー家の対処法を崩された最初の反撃を千博は受けたのだった。
霊法町/市場より離れてから数km先
ルシアに肩を貸して逃げ続けること約10分。
彼女は意識を取り戻し、善之が事の顛末を話す。
普通なら信用し難いのだろうが、ルシアはあっさりと善之に伝えられた言葉を信じた。
それだけ、彼女を襲ったあの男は強い存在だったということになる。
彼女とも打ち解け合えるようになり、そろそろ本題に入ろうとしていときだった。
「それで、ルシア様は一体何者なのでしょうか?」
善之は単刀直入に迫った。
だからルシア自身も真剣な表情で自らの本性を明かす。
「善之さんは御伽噺等ででてくる『魔法』というのは知っていますか?私は御伽噺の中でしかないチカラ、魔力を行使出来るんです」
「つまり、ルシア様は魔法使いそのものであると?」
善之は確認する。
「はい、私や他の者達は魔女と呼んでいます。そして魔女である私達はその魔力を用いて超常的現象を起こすのに必要なチカラ、それを私達は学と呼んでいます」
「マナ?また新しいオーラが出現したわけですか」
善之は感心するように独り言をつぶやいた。
「あの男はとても冷酷なものです。私達魔女は静かな暮らしを取り戻す為に、魔女同士の交戦を避けてきたのです。しかし、あの男はいずれこの世界の驚異になります。お願いします!あの男をなんとしても止めてください!私でよければお力になります」
突然ルシアは、善之にその小さな頭を下げた。
ルシアの故郷、魔導境界と呼ばれる場所には、数多くの魔女が暮らしている立仙の谷という渓谷があり、ルシアもその渓谷を棲み家としていた。
しかし、ある日を境に魔導境界の各所に存在する魔女達が自ら権力を勝ち取ろうと魔軍を結成し、同族争いを繰り広げることになってしまったのだという。
彼女の世界は、地球の中に存在する次元を超える直前、亜空間と別次元の境目にある。
魔女達は普段その空間を横断することは禁忌として不可能とされ、通ろうとする者には境界線の繋ぎ目に挟まり込み、次元の境目を作り出す空間遮断線によって別次元と亜空間の中心で真っ二つにされてしまうのだという。
ルシアは己に宿る全魔力を学と共有させることによって、ギリギリで地球の次元に入り込むことができた。
しかし消費しすぎた魔力と学のうち、学は時と共に回復したが、魔力は全く回復する傾向が見られなかった。
その為、同年代の成人女性能力者よりも遥かに弱い状態にあったのだ。
そんな中であの男に遭遇した。
「最初は友好的な態度で接してきていたので、この世界の人達はいい人だと信じていたんですがある時、急に私の学を必要とする、と言い出して怖くなってその場から逃げたんです」
魔女にとって学と魔力は命と同等の意味を持つ。
それを差し出すということは、自らを亡骸に変えられても文句は言えないという事。
易々とその指示に従うことは愚か、男から遠ざかった。
「その途端、あの男は学を差し出さないと、私を殺してでも奪い取ると言って襲って来たんです」
それが今回の未知のオーラとプネウマが突発的に現れる原因だった。
「わかりました、千博様も心配ですし、ルシア様の言葉を信じましょう」
「あ、ありがとうございます」
長く聞いていたような決断だが、本当は千博の指示を受けていた時から彼女に協力する意思は見せていた。
「急ぎましよう。ルシア様が手も足も出せないような者ならば千博様もおそらく苦戦を強いられているはず、救援に向かいましょう」
そう言って、ルシアと善之は、千博の元へと戻ろうと歩みだした。
セイレーン教/教祖室
「ついに現れたか」
普段の黒葉とは思えないスピリトゥスが放たれる。
千博達がちょうど、交戦を開始した頃の事だった。
大量に引き連れた華楼美母の配下、天使達が一斉に散っていく。
「いよいよですね。あの者がこの街に現れました!」
「『彼女』の相手は千博達には重い!僕が行ってくる。お前はあの子を…」
「勿論です」
華楼美母が黒葉の指示を受け、教会をでる。
「さて…俺も行こうか」
巨大な黒き翼を生やし、教祖室を駆け出るとそのまま手摺に足をかけて飛び上がり、ステンドグラスをぶち破って外に飛び放った。
今の霊法町はとても危険な状態にあるのだという。
それは言葉のままに、ただ危険人物の始末が危機回避の最終手段。
その切り札が黒羽なのだった。




