全てのものは一に還る
元気にしているだろうか諸君。吾輩はタンスである。名はあったような気もするが、忘れてしまったのである。吾輩はそんな些事には縛られぬ、大きなタンスである。
思い返してみると、吾輩、けっこう“はーど”な経歴を持っていた。愛に溢れたタンスから、恨みに飲み込まれた呪いのタンスまで、すべてのタンスを網羅したと言ってもよいのではないだろうか。ここまで多様性に富むタンスも珍しかろうよ。
タンス界における吾輩の地位は、他の追随を許さないほど圧倒的である。重鎮中の重鎮、いや、タンス王と言っても過言ではないのだ。なにせ吾輩、ひきだしの中に世界を創ってしまったのであるからして、有象無象のタンスどもと、比較するのもおこがましい。
そんなタンスを究めた吾輩の日課は、いわく付の小物や道具に宿ってしまった邪気を祓い、思念を取り除いてやることである。奴らは、ほとんどの場合、すでに使い物にならなくなっている。壊れたものに宿ったままでは苦しいだけなので、器のデカいタンスたる吾輩が、こう、ぺいっと思念をはぎ取ってやる。そして、その思念を秘密のひきだしに入れてやるのだ。
吾輩も気が付かぬうちに天地開闢していた、吾輩の中の世界は、云わば幻想の世界なのである。住人は実体をもたぬ思念たち、ゆえに、一タンスにすぎぬ吾輩のひきだしに存在できるのだ。
最近ようやくそのことに思い当たったのは、誰にも言えない秘密である。吾輩、舌はないけど。
それなら、目いっぱい空間を広げてやった吾輩の気遣いが、無駄であったのかと思ったのだが、そう簡単た話ではなかったらしい。
いくら実体がないとはいえ、狭い・広いくらいは認識できる。つまり、小童どもが世界を創って暮らせるようになったのは、吾輩が空間を広くしていたおかげなのである。狭いところでは空間の奪い合いになっていたであろう。吾輩の勘が冴えわたっていたと言うことだ。
ひきだしの中の世界を見ていて、ふと思ったことがある。空が寂しいぞ。
太陽も無いし、星々もない。世界はただ一つだけが、そこにある。物足りないなあと思った。吾輩、完璧主義なタンスなので、やり始めたからには最後まで仕事を全うしたい。それに、と考える。
吾輩を創りだしてくれたご令嬢の父親とご友人、大切に使ってくれたご令嬢とその子孫。吾輩に第二の家をくれた娘。今も神社を守り続ける神主たち。
幾多の魂たちの疲れを癒す場を、吾輩は創り出せるのではないか?
そう思念と魂の“りぞーと”。いまどきのタンスは観光産業にも進出できるのだと、吾輩が証明してみせようぞ!
まずは、吾輩中のひきだし空間をつなぎ合わせ、壁を取っ払う。こうするとひとつの大きな空間ができる。これを更に引き伸ばして、限界まで空間を広げていく。吾輩の中は、もはや現実の時間とは切り離されてしまっているから、こっちの作業に集中することにした。さすがの吾輩とて、これだけの大事業を片手間で進めることは不可能だ。
端っこから端っこまで、どれくらいの広さになっているのか、吾輩にも分からなくなった頃、ようやく限界が来た。ここまでやれば、あとは一息である。
吾輩のひきだしは爆発した。