猪鹿蝶
あれからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。吾輩もタンスとして脂の乗り切った時期は、とうに過ぎてしまった。気がする。まあ、吾輩が相当な年代ものであることは、自他ともに認める事実である。
なにぶん、先日国の“重要文化財”とやらに指定されたと、神主らがお祝いをしておった。吾輩、それはそれは丁寧に磨き上げられ、在りし日の姿を取り戻したのだが、どうやら人間どもは感づいたらしい。開かずの引き出しがあることを。
力づくで開けようとしたところで開くことはないし、むやみに吾輩を傷つける訳にもいかず、人間たちは放置を決め込んだ。吾輩も正直ほっとした。古くなって歪んだせいだと思われたのは業腹であったが、吾輩は優しいタンスなので聞き流すことにした。
まあ、いっこうに容量の限界が訪れないことに、吾輩、違和感があった。こんなに広い空間だっただろうか。今頃もうひとつふたつ秘密のひきだしを増やしていてもおかしくはないのだが、まだ入るし良いかと押し込み続けた結果、いったいどれほどの思念がはいっているのか分からなくなってしまった。
吾輩がいくら器の大きなタンスであるとはいえ、自分の中がどうなっているのか分からないのは、非常に気持ちが悪い。
得体のしれない木の実を飲み込んでしまったような気分であった。吾輩、口はないけど。
気持ち悪いけど、確かめるのも躊躇われるし、想像を絶する事態になっていたらどうしよう。吾輩、怖いものなど火事ぐらいであるが、嫌なものは嫌だ。思念というのは、時折とんでもない化学変化を起こすのだ。小童同士で争いになどなっていなければよいが。
開けた瞬間、呪いの気が漏れ出すような事態にならないことを祈る。
吾輩、意を決して秘密のひきだしを覗いてみた。ほんのちょっとだけ空間に隙間を開けて、様子をうかがうと、とんでもない光景が目の前に広がっていた。吾輩、目はないけど。
星ひとつ出来ていた。
いつの間に吾輩の中で天地が開闢していたのだろうか。見た目は普通? の星である。出雲で知り合った神が、世界が造られたときの様子をとても“りある”に再現したものを見せてくれたのだが、その時に見た星によく似ている。
小童どもはその世界で悠々自適に暮らしているようだ。人間ぽいのから、明らかに人間じゃないのまで入り混じっていた。まあ、奴らは実態を持たぬ思念たちであるからして、姿かたちなど、どうでもよいのだろう。
しかし……ううむ。吾輩、自分で思っていたよりも、ずっと器のデカいタンスであったのだな。世界を創り上げてしまうとは。
吾輩は吾輩の才能が恐ろしいくらいである。秋津島の「八百万の神」から、だいぶ“ぶれーどあっぷ”してしまった。タンスとして誇らしい限りである。




