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吾輩が生まれてから、そろそろ二百年が経とうという頃だったかもしれない。まあそのくらいの頃に、吾輩の住処たる神社はそれなりに大きなものになっていた。
もとは嫁入り道具だった吾輩は、縁結びの神としても有名になり、良縁を望む若い女人たちに大変な人気であった。吾輩、仕舞うのは得意なのだが、結ぶのは専門外である。期待にこたえられるかどうか不安ではあったのだが、吾輩、“ちゃれんじゃー”精神旺盛なタンスであるからして、奮起せぬわけにもいくまい。
結果、頑張ったらできた。吾輩はどこまでも万能なタンスである。一国一城の主たる吾輩にかかれば、そのくらいはお茶の子さいさいであった。嫁入り道具からご神体にまで成り上がったタンスは、世界広しといえども、吾輩くらいではなかろうか。
色々なことに挑戦してみたのだが、どうも吾輩、収納だけではなく縁結びや安産のご利益が強いらしい。そういえば、あのご令嬢も子宝には恵まれていたなと思い出した。神社を建てた娘も、五児の母となっていた気がする。
万能なタンスたる吾輩の本業は、あくまで収納なのだ。神になった吾輩でも、初心に帰ることは大事。よく弁えている吾輩は、片付けが苦手な者たちを更生させなくてはならない。それができずして、何がタンスか!
天才タンスと巷で噂の吾輩が、専門分野で本気を出すとどうなるか。とくとご覧じろ!
エライことになった。吾輩の神社に詣でると、探し物が見つかると知れ渡って、北は蝦夷の地から南は鎮西まで、遠方から人が集まって来るようになってしまった。
もてるタンスはつらいのである。しかし、これほど気を振りまいているのに、逆に力がみなぎってくるのはなぜなのか。あれか、吾輩はかみさまとして成長していると言うことか。
そんなこんなでかみさま業に励んでいたある日、吾輩のもとに招待状が届いた。出雲へと参らんかという誘いであった。そういえば、かみさまは年に一度、出雲の地に集まるのであったか。招待状が届いたと言うことは、吾輩も一人前のご神体として認められたと言うことか。
この秋津島には八百万の神がいると聞くが、実際のところはどうなのか。意外に少ないのかもしれないぞ、と思っていた。
びっくりした。腰ぬけるかと思った。吾輩、腰ないけど。
八百万なんてちゃちなもんじゃねえ。もっと恐ろしいものだったのだ。この国はどうやらかみさまにとって、かなりの激戦区であるらしい。新参者でも信仰者が多ければデカイ顔できるが、古参でも小規模のところだと、肩身が狭いようだ。
吾輩は新顔と言うこともあって、先輩かみさまの顔を立てていたのが、この業界はなかなか過酷な世界である。吾輩はとっても困惑した。明らかに最古参組な相手に敬われると、どうしたらよいのか分からない。誰か助けて。
吾輩は孤独なタンスであった。ご神体がタンスであるなど、そうあることではない。同胞を見つけることは叶わなかった。
出雲に来て初めて知ったのだが、ご神体ごとに派閥があるのだそうだ。鏡と剣の派閥が強いらしい。吾輩はどこにも入れないので、一匹狼になるしかなかったのである。早く帰りたい。
吾輩の神社には、いわく付の小物や道具たちが集まって来るので、吾輩、ひとりじゃないのだ。人馬一体のごとく、彼らと吾輩は一体になってしまうのだけれど、ぼっちなんかじゃないのだ。




