いわくが付いた吾輩
朝はめっきり冷え込む季節になった。吾輩は、暑いとか寒いとかその辺の感覚がよくわからないので、家人たちの様子から冬になったと知る。吾輩がいる所は、もともと雪などめったに降らないので、家人が冬支度を始めたころが、冬の到来だと思っている。
吾輩は人の顔の違いなど、判別できない。こいつ主人っぽい、と人の放つ気の違いで判断しているだけだ。そんな吾輩をもってしても、最近、家の中を知らぬ人間がうろちょろするようになったことには、気が付いていた。不穏な気配を放っていることが多いので、タンス界の“ぷりんす”たる吾輩が、ちょっと威圧感を使って、そやつらに釘を刺してやる。
大抵の人間は、それだけで吾輩に恐れをなして、すごすごと退散するのだが、気骨のあるものは吾輩を見るなり、にやりと笑う。いやらしい笑みで吾輩を舐めまわすように見るので、いくら器のデカイ吾輩であっても、許してやることはできない。そんな奴には、その辺で捕まえてきた悪い気の塊や、怨霊のたぐいを、ぺたりとはっ付けてやるのだ。
吾輩はささやかないやがら……っげふん。お灸を据えるつもりでやっていたのたが、人間はタンス界の大御所たる吾輩ほど強くはないので、薬が効きすぎたらしい。
吾輩、「守り神」の称号だけではなく、「祟り神」の称号まで得てしまった。吾輩はどこまで進化するというのか、自分の偉大さが、ちょっと怖い。
このときの吾輩は、まあ正直なところ、かなり調子に乗っていたと思う。吾輩の中では、俗に言う“黒歴史”というヤツだ。最初から“びっぐ”な吾輩であったが、頂点に上り詰めたときこそ、謙虚な姿勢を保たなければならないと、吾輩は学んだのである。
麗らかな春の日差しが窓から差し込み、“すぽっとらいと”のごとく吾輩を照らしていたある日のこと、事件が起こってしまったのである。
異様な気を放っている人間の群れが、家に押し入ってきたのだ。吾輩が手ど出す間もなく、家人や使用人たちが次々を切り殺されていった。幾人かが、吾輩が“せんたー”を守る衣裳部屋に逃げ込んできたが、後を追ってきたならず者たちが、家人らに切りつけた。
ぶしゅっと血が噴き出ると、家人たちの流した血が、吾輩を染め上げた。吾輩のうるわしい木目が、赤い“ぺんき”でもぶちまけられたように、真っ赤な血で覆い隠されてしまった。
あろうことか、家人を皆殺しにしたならず者たちは、吾輩を家から運び出した。そして、家の襲撃を企てた首謀者に吾輩を差し出したのだ。首謀者らしき人間は、ことさら嫌らしい笑みを浮かべて、気色の悪い気を放っていた。奴は吾輩に自分の家を守れなどと言ってきたが、誇り高いタンスたる吾輩は、大事に使ってくれた家人を決して忘れない。
吾輩は、そこらから拾ってきた飛び切りの怨霊を首謀者に憑ける。家を襲ったならず者たちにも、それぞれ質の悪そうな悪鬼をくっ付けてやった。仕上げにと、家の悪い気を祓うのではなく、逆に悪い気を集めてやったら、あっという間に首謀者の家は潰れた。
思ったよりも早かったが、まあいい。これで吾輩の弔い合戦は終わった。と、思っていたのは吾輩だけであった。家の主人の政敵とやらが、相次いで非業の死に見舞われる事件が続いた。仕舞いには、街に疫病が流行り、天変地異が起こったと世間様は騒ぎ出したのである。
なぜか全部吾輩のせいにされた。