罪と罰
窓ひとつない石造りの廊下。
前方で薄明りが闇を四角く切り取っていた。出口だ。
だが、それは地中に射す救いの光では決してない。
出口の向こうからは、命乞いの声や断末魔が絶えず聞こえてきていた。
淡々と歩みを進めるが、たとえ立ち止まりたかったとしてとも許されなかっただろう。前後左右は武装した兵士たちで囲まれていた。
辿り着いたその場所は、城の中庭だった。
美しかった庭は、見るも無残に荒れ果てていた。
樹木は雑に切り払われ、むき出しになった土の上に筵を敷いた急ごしらえの処刑場からはたった今刑を執行された罪人が運び出されるところだった。
血や汗の匂いが強く立ち込め、色濃い死の匂いに兵士までもが顔を歪めている。
護送されてきた男は兵が追い立てるまでもなく、自ら刑場の真ん中に進み出た。
その中庭を見下ろすテラスには複数の人影があり、場違いにも笑い声が響いている。政敵の処刑を肴に酒宴に興じるのは、狂った王とその取り巻きの貴族たちであろう。
己を死に追いやる敵の顔すら確認せず、男は黙って刑場に膝をつく。
既に仕えるべき主はこの世にない。ならば、今更何をどう感じようと、すべては無意味だった。今となっては一刻も早く主の元へ向かいその足元に頭を垂れるしかない。
首切り役人が剣を洗い流し、何度目か知れない汚れを拭い取る。
「ニムル・アスワド。元第一王子・ナズィールに加担し反乱を企てた罪、その他十二件の余罪により……」
書記官が罪状を読み上げる。
男は頭を垂れた。
罪があるとするならば、ただひとつ。今は国王の地位にある男がクーデターを起こした際、主人の傍を離れていたことだ。主命であったとしても、離れるべきではなかった。
収監されている間、何度も何度も地を叩き天に吠え悪夢にうなされ、寝ても覚めても己の不甲斐なさを呪った。そして、どんなにのたうち回ってもただ取り返しのつかない現実がそこにあるだけだった。
「……よって、この者を斬首刑とする」
裁判官の宣告に、いっそ苦しみから解放される気持ちで男は目をとじた。
「――待て」
刑場に響いたその声は、主のものだった。
はっとしてアスワドは目を見開く。
反射的に声がした方を見上げた。テラスの上からだ。
首切り役人が振りかぶっていた剣を下ろす。
「つまらんな」
退屈そうな声が降ってくる。アスワドの主は、ナズィール殿下はそのような話し方はしない。
そうわかっているのに、声だけはどうしようもなく主のものだった。
混乱するアスワドを碧の瞳が見下ろしている。
前王の第二王子にして現国王、ハディードその人だった。
アスワドがその声を聞くのは初めてだ。
こんなにも兄とうり二つの声をしているとは……
「お前、死にたがっているな」
ハディードは兄のナズィールとは似ても似つかない醜悪な表情で唇を吊り上げる。
「これでは刑罰になるまい」
底意地の悪い笑いを含んだ、主と同じ声が命じる。
「お前にふさわしい苦役を私が与えてやろう」
そうして、地獄だと思っていた場所の底はあっさりと抜け、終わりのない悪夢のような日々が始まった。




