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【 立ちんぼ×殺し屋 】死にたい・から始まる恋愛があったっていいでしょ  作者: T.T


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2/2

第2話

 衣擦れの音を立てながらゆっくりと上半身を露わにしていく。

 俺は視線を違う方向へと向ける。

 夜遅くの路地裏。

 湿ったコンクリートの匂いと、遠くで鳴る車のクラクション。

 他に人の気配はない――とはいえ。


「……最近の立ちんぼは、ここまでやるのか」


 と呆れたその瞬間。


 ムニュ……。


 柔らかな感触が俺の腕を包み込んだ。

 そこへ視線を送ると、彼女は自身の大きな胸で俺の腕を挟み、逃がすまいと抱き着いてきたのだ。

 化粧の崩れた頬が、俺の二の腕にそっと擦り寄せられる。

 

「……タダ……でいいから」


 囁くような、消え入りそうな声。

 その言葉に、俺は眉をひそめた。

 立ちんぼをする理由――その九割は金銭目的だ。

 それを「タダでいい」と言う。

 となれば、残る一割の理由ということになる。

 恋路か。あるいは単なる体目的か。

 それとも――。

 一応、聞いてみるか。素直に話すとは思わんが。

 吐かぬなら、吐かせるまでだ。


「西の者か?」


 俺は声を落として問うた。

 最初に接触した際、武器の類は見当たらなかった。

 だが、巧妙に隠している可能性も、対人戦に特化した手練れである可能性も、ゼロではない。

 そもそも彼女自身が囮で、俺をこの路地へおびき出す算段だったのなら、話はまた変わってくる。

 警戒を最大限まで引き上げ、答えを待つ。

 腕に絡みついた指の力。呼吸のリズム。瞳の揺れ。

 そのすべてから、彼女の本性を見極めるために。


「……えっ? 西? 何ですか、それ」


 ぱちりと、彼女が瞬いた。

 小さく傾げられた首。本気で何のことか分からないという顔。

 演技だとしたら大したものだ――いや。

 仕事柄、相手の目を見れば嘘の有無は分かる。彼女は嘘をついていない。

 裏の世界の者ではない、か。

 俺は肩の力を抜き、わずかに息を吐いた。

 警戒したのが少し馬鹿らしくなる程度には、彼女の目は澄んでいた。

 澄んでいる、というよりは――何も映していない、と言うべきか。


「気にしないでくれ。……それより」


 言葉を切り、彼女の顔を覗き込む。


「君の目的は何だ?」

「……」


 沈黙。

 ようやく俺が話を聞く気になったとでも思ったのか、彼女は腕からそっと身を離した。

 自由になった腕を軽く回しながら、俺は彼女の正面に立つ。

 そして――息を呑んだ。

 リストカット……いや、違うな。

 街灯にさらされた彼女の体には、無数の傷があった。

 新しいもの。古いもの。火傷の痕。骨が浮くほど痩せた腕。

 鎖骨の下に走る、明らかに人の手で付けられた打撲の跡。

 これは、自傷じゃない。

 誰かに、繰り返し、傷つけられてきた体だ。

 彼女の唇が、震えながら開く。


「私を、殺して」


 囁かれた言葉に、俺は心底不快な気分になった。

 その不快感の正体が、彼女に対するものなのか、それとも彼女をここまで追い込んだ「誰か」に対するものなのか――自分でも、判然としないまま。

 彼女は俺の手を取り、自身の胸へと押し付けてきた。

 再び柔らかい感触が伝わってくる。


「私の体、お兄さんの好きにしていいです。顔も、胸も、下も。どんなプレイでも受け付けます。ですが、それが終わったら……私を……殺してください」


 彼女の瞳は真っ黒に染まっていた。

 この言葉にも嘘は見受けられない……本気で、殺してくれ、そう言っている。

 

「……そうか」


 俺は一瞬だけ目を瞑り、周囲の気配を確認した。

 時間帯のせいか、人一人いない。野良猫の影すらない。

 目を開ける。

 そして俺は――彼女の細い手首を、無造作に掴んだ。


「えっ……?」


 戸惑いの声を上げる暇も与えず、体勢を崩し、壁際へと追いやる。

 背中がコンクリートに叩きつけられる、鈍い音。

 もう片方の手には、既に懐から抜いたナイフを握っていた。

 刃先を、彼女の白い首筋にぴたりと当てる。

 ひやりとした金属の感触に、彼女の喉が小さく上下した。

 

「ならば、死ぬか? 今、ここで」

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