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■ 終章 白い船

船が発見されたのは、夜明けのことだった。


 漁に出ていた者が最初に気づいた。


 沖合に、何かある。


 白い。


 巨大な、白い塊が——海の上に浮かんでいる。


 最初は霧かと思った。


 だが、霧にしては——輪郭が、はっきりしすぎていた。


 その日のうちに、知らせが広まった。


 翌朝、調査隊が出た。


 ミナトは、甲板に立って——それを見ていた。


 近づくにつれて、それはより明確な形を持ち始めた。


 船だ。


 だが——見たことのない船だ。


 滑らかな外殻。継ぎ目の見えない表面。そして——異様なほどに均一な、白。


 「旧時代のものか」


 隊長が、低い声で言う。


 「おそらく」


 ミナトは答えた。


 だが——何かが、引っかかっていた。


 旧時代の遺物は、各地に点在している。


 だがいずれも——時間の痕跡を持っている。


 劣化。腐食。風化。


 何かしらの、時間の爪痕が残っている。


 だがこれは——


 まるで、つい昨日作られたかのように、白かった。


 「……近づくぞ」


 船は、ゆっくりと進路を変えた。


 船内に入ったとき、ミナトは——言葉を失った。


 人が、いる。


 数えきれないほどの人が、整然と並んでいる。


 同じ方向に足先をそろえ、同じ姿勢で横たわっている。


 誰一人として、乱れていない。


 「……生きてる、のか?」


 誰かが言う。


 ミナトは、近づいた。


 ひとりの顔を覗き込む。


 目は閉じられている。呼吸は——ない。


 「死んでる」


 その言葉が、空間に落ちた。


 だが——その死は、異質だった。


 苦しみがない。歪みがない。


 ただ、静かに止まっている。


 まるで——正確な瞬間に、正確に止められたかのように。


 「……全員、白い」


 誰かが呟いた。


 そうだった。


 衣も、髪も、肌でさえも——すべてが白に近い。


 光を受けて、境界が曖昧になるほどに。


 壁と、人と、光が——溶け合いそうなほどに。


 ミナトは、広間を見渡した。


 恐怖はなかった。


 不思議なことに——恐怖は、なかった。


 あったのは——


 何か、完成されたものを前にしたときの——静けさだった。


 「記録を残せ」


 隊長が、かすかに震える声で言った。


 「すべてだ。映像も、数も、配置も」


 「了解」


 隊員たちが動き出す。


 だがその動きも、どこか抑制されていた。


 声を張る者はいない。足音も、無意識に小さくなる。


 この場所に——大きな音は、似合わない。


 そう感じてしまうほどに、ここは——


 完成されていた。


 調査を終えて、甲板に出たとき——


 ミナトは、しばらくそこに立っていた。


 海が、静かだった。


 空が、青かった。


 船が、白かった。


 「……なんなんだ、これは」


 小さく、呟く。


 答えられる者は、いない。


 この船がどこから来たのか。


 彼らは何者だったのか。


 なぜ——こんなにも、美しく死んでいるのか。


 そして——あの空白は、何だったのか。


 列の中に、ひとつだけ空いていた場所。


 誰もいないのに、誰かがいることを前提にしたような——あの間隔。


 そして——玉座の前には、誰もいなかった。


 あれだけの人数が、あれだけ整然と並んでいたのに。


 王だけが——どこにもいなかった。


 何ひとつ、分からない。


 ただひとつ、確かなことがあった。


 ここには、恐怖がない。


 あるのは——終わりきったものの、静けさだけだ。


 ミナトは、もう一度だけ船内を振り返った。


 白い光が、そこに満ちている。


 そしてその光景は——


 どこまでも幻想的で、


 どこまでも静かで、


 どこまでも——


 完成されていた。


 まるで、長い長い物語が——ようやく、正しく閉じられたかのように。


 港が、ざわめいていた。


 白い船の発見は、すぐに広まった。


 人々が集まっている。


 岸壁に、高台に、防波堤に——遠く沖合に浮かぶ白い船を、見ようとしている。


 誰もが、何かを言っていた。


 旧時代の船だ。


 いや、もっと古いかもしれない。


 中に人がいたらしい。


 全員死んでいたらしい。


 でも腐っていなかったらしい。


 言葉が、波のように広がっていく。


 その人混みの中に——


 一人の若い男が、いた。


 目立たない。


 普通の服をまとっている。


 年齢は、二十歳前後に見える。


 誰も、その男に気づかない。


 誰も、その男を見ない。


 男は、人混みの少し外側に立っていた。


 沖合を、見ていた。


 白い船を。


 遠く、太陽に照らされた——白い船を。


 その目は、深かった。


 この世界の誰よりも、ずっと深いところを見ているような目だった。


 男は、しばらくそこに立っていた。


 周囲の声が、波のように流れていく。


 「すごいな」


 「怖くないのか」


 「何者だったんだろう」


 男は、それらの声を——ただ、聞いていた。


 やがて——


 男は、小さく息をついた。


 そして、誰にも聞こえないような、小さな声で——


 呟いた。


 「終われて、よかったね」


 それだけだった。


 男は——かすかに、微笑んだ。


 穏やかな微笑みだった。


 悲しみはない。後悔もない。


 ただ——穏やかだった。


 そのまま、男は歩き出した。


 人混みの中へ。


 自然に、溶け込むように。


 誰も、その男が立っていたことに気づかない。


 誰も、その男がどこへ行ったかを見ていない。


 ただ——


 白い船だけが、そこにあった。


 太陽に照らされて。


 静かに、海に浮かんで。


 どこまでも、白く。


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