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41話

一方、佐藤に過去を握られ、屈辱的な取引を強いられた阿部俊介の心は、底知れぬ憎悪と焦燥によって深く蝕まれていた。豪華な調度品に囲まれた執務室に一人、彼は窓から見える夜の街を忌々しげに睨みつけていた。政治家としての自尊心だけでなく、一人の人間としての尊厳をも、自分よりも遥かに格下だと思っていた一介の古本屋に完膚なきまでに踏みにじられた事実は、彼の喉元に突き刺さったまま抜けない棘となっていた。


「あの古本屋め…!私を脅迫し、過去に縛り付けた。このままでは、私は永遠にあの失敗から逃れられない!」


阿部はデスクの上のグラスを、叩きつけるように置いた。彼にとって今回の再開発の成功は、単なる利権や功績を積むための手段ではなかった。それは、二十年前に自分が犯した致命的な失敗を、現代的な巨大建築物で物理的に上書きし、汚れた過去から脱却して新しい人生を始めるための「贖罪」そのものだったのである。しかし、その唯一の希望は、佐藤という「過去の亡霊」の手によって無残にも阻まれてしまった。


彼は佐藤の持つファイルが公になり、自分の立場が完全に失われる前に、物理的に全てを終わらせることを決意した。彼の次の行動は、もはや法的・行政的な正当な手続きの範疇を遥かに超えた、破滅的で強硬な手段へと舵を切った。阿部は市議会の裏側で、長年築き上げた人脈と権力を総動員し、「オリエント・スクエアの緊急解体命令」を密かに画策し始めたのである。


静まり返った部屋で、阿部の秘書は恐怖で全身を震わせながら、狂気に取り憑かれた上司へ必死に進言した。「議員!それはあまりに強引すぎます。住民への正式な通達も避難期間も設けないまま、解体業者の重機を送り込み、ビル周辺の強制封鎖を強行すれば、法的に大きな問題になるのは火を見るより明らかです!」


阿部は血走った目で秘書を睨みつけ、低く、しかし断固とした声で言い放った。


「構わん。老朽化による突発的な崩落の危険性が現場で急遽確認されたと、後で報告書をいくらでも偽装すればいい。猶予期間を与えた直後というタイミングだからこそ、世間も『予期せぬ悲劇的な事態』と受け止めるはずだ。あの忌々しいビルと、そこに住まう全ての過去の記録、そしてあの忌まわしい記憶までも土の中に埋めてしまえば、死人に口なしだ。誰も私を責めることはできない!」


阿部は、己の過去という名の傷跡を葬り去るためだけに、ビルとそこに懸命に生きる人々の未来を無情にも道連れにしようとしていた。解体業者への極秘の報酬と手配は闇の中で迅速に進められ、強制執行の日が、猶予期間の開始からわずか一週間後に設定された。

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