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33話

佐藤は、その重厚なファイルの表紙に積もった薄い塵を、指先で静かになぞった。


プロジェクト名:『ニュー・オリエント・シティ構想』。


それは、現在の阿部が冷徹に進めている破壊と構築の再開発計画とは、対極に位置する内容だった。今から二十年前、このビルがまだ街の誇りであり、未来への可能性に満ちていた時代に提案された「地域活性化計画」。オリエント・スクエアという歴史ある器を活かし、地元の熟練した繊維業者と、次世代を担う若手デザイナーたちを密接に繋ぐ。そこを複合的なクリエイティブ・ハブとして再生させるという、血の通った野心的な夢が綴られていた。


「これは……、再開発などではない。この場所を再び生かすための、壮大な再生計画だったのか」


佐藤は、カビの匂いが漂う暗がりの沈黙の中で、思わず息を呑んだ。


懐中電灯の光に照らされた企画書には、若き日の阿部俊介の写真が添えられていた。そこには、現在の冷淡な政治家の面影を微かに残しながらも、未来への希望を信じて疑わない情熱的な眼差しをした一人の青年がいた。ページの下部には、迷いのない力強い筆致で彼の署名が残されている。もし、このプロジェクトが成功の軌道に乗っていれば、オリエント・スクエアは老朽化した負の遺産として疎まれるどころか、新しい時代の活力を絶え間なく生み出す、この街の心臓部になっていたはずだった。


佐藤は、高鳴る鼓動を抑えながら、プロジェクトの最終報告書へとページをめくった。しかし、そこに記されていた現実はあまりにも無慈悲だった。ページの中央には、乾いた血のような色の赤字で、大きく「計画中止」の四文字が書き殴られていた。


中止の直接的な原因は、あまりにも皮肉なものだった。責任者であった阿部による、あまりにも杜撰な予算管理。そして、事業を強引に進めるために地元の有力者たちへ振りまいた、到底実現不可能な過剰な約束による資金難。理想ばかりが先行し、実務が伴わずに現実に足を掬われたのだ。その結果、プロジェクトは再起不能なまでに頓挫し、期待を寄せて関わった多くのテナントたちが路頭に迷うこととなった。阿部が籍を置いていた広告代理店「フロンティア企画」は、その巨額の負債に耐えきれず、倒産へと追い込まれた。


このプロジェクトの無惨な失敗こそが、阿部俊介という男にとって、一生消えることのない深いトラウマとなっていたのだ。彼がこのビルを跡形もなく破壊し、この街から遠ざかりたいと切望する理由。それは、理想に燃えていた自分自身の挫折と、その後に続いた破滅の記憶を物理的に抹消したいという、歪んだ防衛本能の現れだった。


佐藤は、ファイルの中に挟まっていた一枚の古い写真を見つけ、指を止めた。


それは、かつて開催されたプロジェクトのキックオフパーティーで撮影された記念写真だった。中央には、これから始まる輝かしい未来を信じて疑わない、自信に満ちた笑顔の若き日の阿部俊介が立っている。そして、そのすぐ横には、まだ若く精悍な顔立ちをした小川葵の父と、まだ若く髪の黒い鈴木宗一郎が並んでいた。


だが、佐藤の背筋に冷たい衝撃を走らせたのは、その隣に写っている人物だった。


そこにいたのは、今よりもずっと鋭い眼光を放ち、野心に満ちた表情でカメラを見据えている、若き日の佐藤悠馬自身の顔が写っていた。

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