19話
「私に、手伝わせてください!」
真っ先に声を上げたのは、衣料品店「メルティ」で働く最年少のスタッフ、高橋美咲であった。その瞳には、これまでの焦燥とは異なる、建設的な熱が宿っていた。
「フライヤーのデザインや、SNSでの情報拡散なら私ができます。東京のファッション専門学校の資料を読み込んで、最先端の見せ方は勉強してきました。地域のイベントをもっとお洒落に、今の若者にも刺さるようにPRする自信はあります」
美咲のこの積極的な申し出は、葵にとって大きな驚きであった。彼女はつい先日まで、この街のしがらみを憎み、一刻も早く都会へ飛び出したいと焦っていたはずだからだ。
「美咲ちゃん。本当にいいの? 東京へ行くための準備や勉強で、今は一番忙しい時期でしょう」
葵が心配そうに尋ねると、美咲は少しだけ視線を落とした後、力強く首を振った。
「確かに夢は大事です。でも、このままメルティが理不尽に潰されて、ここで出会ったみんながバラバラになってしまうのは、やっぱり嫌なんです。それに、おばあちゃんも言っていました。『この街をちゃんと知ってから行け』って。このイベントを成功させてメルティの在庫をしっかり捌けば、私の渡航資金も増えるかもしれません。これは、私の夢を叶えるための戦いでもあるんです」
美咲は、燃え上がるような自分の夢と、逃れられない冷酷な現実、そして祖母の遺した深い教えの間で、自らの手で「行動」という名の新たな妥協点を見出そうとしていた。
閉ざされた聖域:佐藤悠馬の拒絶
企画会議は、連日のようにカフェ「リセッタ」で開かれるようになった。淹れたての珈琲の香りと共に、商店主たちの活発な意見が飛び交い、停滞していたオリエント・スクエアにはかつての熱気が戻りつつあった。しかし、古書店「黄昏文庫」の主である佐藤悠馬だけは、その輪に加わろうとはしなかった。
「佐藤さん、今回のフリーマーケットに参加しませんか。あなたが選んだ古書を並べれば、間違いなく大きな話題になりますし、ビルの深みも伝わります」
葵が意を決して誘いに出向くと、佐藤は積み上げられた古い文献から顔を上げることすらなく、淡々と、しかし拒絶の色を滲ませて答えた。
「私は関わらない。私は本を『売り物』として扱っているのではない。私はただ、本を守っているのだ。不特定多数の、価値も分からぬ人々の手が触れるような場所に、私の分身ともいえる本を差し出すことはできない」
佐藤にとって、この薄暗い古書店は外界の嵐から身を守るための、最後にして唯一のシェルターであった。彼にとって本を外の世界の光に晒すことは、かつて東京で負った深い挫折の傷跡を、再び衆人環視の元に晒すことと同義であった。彼は依然として、本という名の強固な殻の中に閉じこもり、自らの静寂を死守しようとしていた。




