船乗りの歌
依頼をこなして日々を過ごし、エスノアの漁港に対する恐怖感もだいぶ薄れた日。
とうとうハクたちが船に乗る日がやってきた。勿論、全員分の料金はしっかり払えるように依頼は頑張った。
「チケットとかはいらないか?」
「船に乗るときに直接払います。わざわざ一度別のものを介入させる必要はありませんから」
「混雑防止に役立つんだがなぁ」
この世界のお金、ガラは硬貨として流通しているが、そんなものを毎回船に乗るときに払っていたんじゃ無駄に時間がかかる。なので、こういう場所こそチケット制度にした方がいいんじゃないかとハクは考えて……船に近付き必要がないことを知る。
「ふむ、これが私たちの乗る船か」
「はい。近隣用のものなので、そこまで大きくはありません」
その船は、ヨットをそのまま大きくしたような見た目をしていた。甲板や客室の概念はあるが、どのみち一度に運べる数は十人前後だろう。
エスノア曰く、そもそも近隣用に船を使う人などいない。わざわざ高い金を出して海路を進むくらいならば、普通に陸路で進んだ方が何も損はない。船自体もそこまで快速じゃないならば、他の島に行くくらいの目的じゃなければ使い道はないのだ。
「ただ、この船は結構ちゃんと客室がありますし、甲板で釣りをすることもできるそうです。評判も高いみたいですよ」
「よく調べたなエスノア」
と、二人が眺めていると、ファネがそうそうに船の乗り口へと移動して、二人を待つ。早く!と言わんばかりに手を振る姿にほっこりする二人。
「船は初めて!」
「まあ精々数日の旅路だ。これも経験だと思って楽しもう」
三人揃って船に乗ると、小さめの客室へと案内された。三人で一部屋のようで、三つのベッドが置かれているだけで、仕切りはベッドの手前にかかるカーテンのみ。ハクたちのような、異性が交じるパーティには少々使いづらい。
だが、流石にこの船で一人部屋なんてものは使えず、むしろそういうことをすると知らない人が入ってくることになるので、致し方なくハクは自分のベッドに入った。
ベッドはそこまで大きいものではなく、寝心地は……ふむ、非常にふわふわに作られているのは船の揺れに対応するためだろうか。
「ハクさん、あまりこちらは見ないでくださいね」
「見ないさ。それに誰にも見させない」
「ファネはフード外せない?」
「うーむ」
ファネがフードを外せる場面というのは非常に少なく、確実に誰も入ってこないと分かっている宿の部屋などでしか脱ぐことができない。
フードやローブを被るようにした当初は、ファネも翼にこすれたりして気にしていたようだが、ここまでの長い旅でそれもすっかり慣れてしまって、ずっとフードだとしても不快感はない。
だが、ハクとしては気が抜ける場面というのはあるべきだと考えており、その対処法を考案する。
「ならば一旦こうしてみるか」
ハクの魔力が流れ、カーテンの見た目が変化する。
今までのような簡単に開けられてしまいそうなものから、しっかりとした扉のようなものになった。例えるならば、某猫型ロボットが寝ている押し入れのようなものだ。
ちゃんと内鍵をかけられるようになっているので、ファネが中にいる間に見られることはない。
「おおー」
「まあ眠るときくらいはな」
「わーい。ありがとうお父様!」
ファネがハクに抱き着く。
ハクはこういう時に、しっかりとお父さんをするのだ。ファネのことを第一にに考えて、一番有効的な手段でファネを守る。
「あの、私のところもお願いできますか?」
「いいだろう」
エスノアの願いで、カーテンを変化させる。ついでに、ハク自身の分のものも変化させておく。
こうして、三人部屋に三つの押し入れが出来上がった。字面は非常に悪いが、こういう不特定多数が使用するような施設の部屋で扱うならば、とても安全性と機密性の高い間取りである。
「あ、動き始めました!」
揺れを感じ、エスノアが外を見る。見れば、確かに少しずつ街から船が離れていく。
窓に張り付くように外を見るエスノアとファネの様子を暖かい目で見守るハク。自分も子供の頃はこうして船の外を見ようとして……と、こっちではまだ子供世代だったと思い出す。
とはいえ、張り付くくらいならばとハクは二人を伴って甲板に出る。風のせいでファネのフードが外れないように注意しつつ外に出ると、同じく客と思わしき数名が既に甲板で風を感じていた。
「おおお!」
「あまり口を開けない方がいい。海水が入ってくるぞ」
「むっ!」
やはり素直に口を閉じるファネ。これにはエスノアもほっこりとする。
この船はこのまま絶妙に涼しい程度の速度で次の街を目指す。道中一度補給のために小さい街に寄り、その後中央都市最寄りの港を目指す。
その間はそれなりに自由時間だ。珍しく、特に何にも迫られないゆったりと時間を過ごせるということになる。なんせ、この船の上ではお金稼ぎなどできない故に。
そうしてしばらく甲板の風を感じていたファネだが、ふと遠くを眺めて呟いた。
「この海の向こうに……ファネの家が」
「いつか行く機会はあるのだろうか」
「危ないからやめたほうがいい。お父様もお姉様も」
真面目な顔でそう言うファネは、自分たちの種族が一般的に危険思考であるということをはっきりと自覚している証明になっていた。
ファネからしても、同種族というのは他の種族に悪影響と被害を及ぼす種族なのだ。
「船は出ていないんだったね」
「うん。だから結局近づけないと思う。それとも、お父様は鳥に変化できる?」
「うーむ、羽を持ったとしても動かせないだろうなぁ」
ハクの変化はあくまで見た目だけ。翼を手にいれたところで、その翼を動かすことができるようになるのは別の問題だ。
だから、ここでハクが魚に変化したところで素早く泳ぐことはできないし、跳ねることもできない。
「……いつか、帰ると思うかい」
ハクが尋ねた。それは、ハクの中で一つ思っていたこと。ファネの中で父親はハクだからと伝えられて、なおハクが悩んでいたことの一つ。
「多分、ファネのお父様の問題を解決するなら、島に戻るんだろうなって思う」
「そうか」
ファネは、いつもの雰囲気とは別に、非常に聡明な子だ。いつか自分を取り巻くすべてを解決する、その時を見据えている。
「でも、全部終わったらまた出てくるよ!お父様と、お姉様のところに!」
にっこりと笑顔を浮かべる。
ファネの中で、家はもうここだ。故郷は変えられずとも、家はこうして変わったのだ。
「だから、待っててね」
「なに、その時は私たちも行くさ」
「うん。ファネだけにはしないよ」
故郷の戻るときが来たなら、ファネだけには背負わせない。三人一緒だと決意を固める。
船に揺られ、遠くを眺めつつ、まだ来ぬ時に思いを馳せて、船は行く。




