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5-1

 

『ハチミツ、あまあい! このハチミツとバターの豊潤さにレモンの爽やかさが組み合わさっている』

 さて、ルキーノの慈悲によって失った翅の一部を取り戻し、感動的な別れを遂げた妖精は、なぜか「わんわん探索部」の部室でお菓子を頬張っていた。


 妖精とは気ままにあちこちをふらふらしているものであるという。それが、トレントが目覚めた気配を感じて学院にやって来たのだそうだ。


『こんなところで、アーテルさまのような方にお会いするとは思いもしませんでした』

 妖精はほかの誰に対しても、良く言えば気さく、つまりはぞんざいであったが、アーテルに対してだけはていねいに接した。

『眷属にしてください!』

 というのに『イヤ』とすげなく断るも、しつこくつきまとっている。何事にもそう関心を抱かないアーテルが珍しく冷たいのは、リエトがこの妖精のことを可愛いと言ったことがあるからだ。焼きもちをやいたアーテルに、リエトはアーテルが一番だと言った。それで溜飲を下げはしたものの、やはりリエトの近くをうろつくのは面白くない。アーテルにつきまとうということは、リエトの傍にいるのと同義だ。


 機嫌が悪いアーテルに、リエトは一計を案じた。父から「魔装器具研究部」の部員と将来的な研究を見越した契約をしたと聞いたことからも、その妖精に彼らの研究を手伝ってくれるように依頼した。そうすることでアーテルから興味を逸らそうとしたのだ。

 その報酬に関して、妖精は菓子を所望した。

 研究は細かなことをこつこつと積み上げることが多い。いろんな手法を試す必要がある。時間も労力もかかる。そこで、生徒たちが休んでいる間や授業があるときに、妖精がそれらの作業を行う。


 妖精も「魔装器具研究部」も快諾したことから、リエトは父に話した。

「素晴らしいよ、リエト、アーテル! ライネーリ伯爵家の事業の手伝いをしてくれるなんて、お父さま、感激だよ」

 満面の笑みで父はリエトを抱きしめる。ちなみに、アーテルに対しては、あまりリエト以外の者から触られたくないだろうという配慮から撫でるくらいしかしない。


 リエトからしてみれば、アーテルの機嫌を回復し、収まるところにに収まるように知恵を絞った甲斐があるというものだ。

「お父さまは部室を整えてくれたし、僕もなにかできないかと思ったんです。このくらいしかできないのですけれど」


「なにを言うんだ、リエト。君は入学早々にすばらしい才能と可能性を持つ人材を父上やわたしに教えてくれたんだよ。さらに、その手伝いまでしてくれた」

「そうですわ。それに、トレントを目ざめさせ、妖精などという滅多に会えない存在に出会うなんて」

 兄も義姉も口々に賞賛するが、それはアーテルのお手柄だ。そう言うと、父を含めた三人が首を横に振る。


「もちろん、アーテルの力は必要だ。でも、それを使うようにもっていったのはリエトだよ。アーテルはそういった使い方をしない。なぜなら、彼は人間社会の基準からは外れた存在だからね。でも、そんなアーテルが率先して手伝おうとするのがリエトだよ」

 父の言葉に、兄も義姉も熱心にうなずいた。

 家族はそう言ってくれるが、リエトは違うことが気にかかる。


「僕、アーテルがやりたがらないことを強いたくはないなあ」

「もちろん、そうすれば良い。でも、リエトが願うことならば、アーテルはたいていのことは喜んで協力してくれると思うよ」

「父上のおっしゃる通りだよ。そうして、リエトはできることを増やせば良いし、やりたいことをすれば良い」

「きっと、アーテルもそれを望んでいると思いますわ」


 リエトは家族が熱心にいろいろやってみると良い、思うままにしてみろと言う気持ちをありがたく受け取ることにした。

『任せて!』

 アーテルもリエトの手伝いならば喜んですると顎を上げる。

 家族の語らいを、執事がにこやかに見守っていた。


 そうして、また腹ペコキャラが増えた。「魔装器具研究部」の手伝いを終えた後、「わんわん探索部」の部室にやって来ては我が物顔で振る舞う。『もう、あいつらまた片付けもせずに出かけて行ったんだよ!』『それ、ボクのお菓子!』『そっちもちょうだい!』ぎゃあぎゃあうるさくもあるが、アーテルには弱い。鼻息でころころ転がっていく。


 一度、リエトのクッションの真ん中で眠っているのを見つけたアーテルが、妖精が布団にしている端っこを咥えて振り回した。転がり落ちて目を覚ました妖精は『どこのどいつが———』と言い差し、アーテルの冷たい視線に口をつぐんで早々に退散した。


 ちなみに、アーテルのクッションをルキーノが間違って使ってしまったときも大騒ぎだった。取り返したアーテルは『おれのくっしょん、リエトの匂いがなくなった!』と愕然とし、クッションをリエトにぐいぐい押し付け、匂いを移したことでようやっと落ち着いた。


「ごめんなあ、アーテル」

「リエト、定期的にアーテルのクッションをぎゅってしてやると良い」

「そうだな。アーテルが心安らぐだろう」

 気づかなかったこととはいえ、ルキーノは心底謝り、アルフォンソが提案し、シストも同意する。ところが、アーテルは違う感想を抱いたらしい。

『リエト、おれもぎゅってして! くっしょんじゃなくて、おれをぎゅってして!』


 一連の出来事を少し離れたところで眺めていたルーベンは、リエトが女性にくっつかれて香水の移り香でもしたら、このくらいの騒動では済まされないんだろうなあ、と考えたが、賢明にも黙っておいた。なんでもかんでも口に出さない方が良いと、齢十三にしてすでに知っているのだ。少年とはときに無鉄砲であるが、ときに賢者でもある。


 ちなみに、バルドといえば、腹を抱えてずっと笑っていた。残るリエトはもちろん、アーテルのリクエストに応えて抱き着いた。アーテルのごきげんそのものの表情に、バルドの腹筋は酷使された。


 そんな様子を見聞きしたてアーテルの特別だと知った妖精はリエトにはぞんざいな態度は取らず、彼の要請を受けて「魔装器具研究部」の手伝いも真面目にやっている。

「魔装器具研究部」ではいつの間にか、妖精も「わんわん探索部」の一員とみなしていた。


「でも、妖精って学院生じゃないだろう?」

「それを言うならトレントさんもだよ」

「じゃあ、妖精も部員?」

「特別ゲスト枠で良いんじゃないか?」


 そうして、「わんわん探索部」の学院外協力部員として妖精が申請された。申請書を見た学院長はしばらく穴が開くほど見つめたものの、結局は顧問の欄にサインをした。




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